いろは唄 | ナノ


やはりと言うべきか、忍たま側のそれぞれの組は順当に三年生が二人ずつ勝ち残っていた。
既に全員場外となっている一年生、そしてほんの僅かに残っている二年生とほとんどが残っている三年生で戦うも、最終的に立っているのは二つの萌黄色で。
たかが一年といえど、その月日は決して短くはない。学年の間の力量差は埋められなくはないように見えても大きなものなのだ。
い組の仙蔵と文次郎、ろ組の小平太と長次。そしてその二組に比べて時間はかかったものの、たった今は組の伊作と留三郎が勝ち残ることで第一戦の幕が下りた。


「今日こそ決着つけてやるこの馬鹿文次郎、三年最強はこの俺だ!!」
「あほのは組が何言ってやがる、お前なんか敵じゃねぇよ!」
「やかましい」


ゴンッ


落ち着いた声と共に、額を擦り付けあって睨み合っていた留三郎と文次郎の頭上に拳が振り下ろされる。
的確に急所を狙ったのか、それ程派手な音がしなかった割には暫く二人とも無言で肩を震わせながら蹲ったかと思うと、その拳の持ち主を半ば涙目で睨みつけるものの当の仙蔵はどこ吹く風で。
それを見て喧嘩をするなら私も混ざるぞとうずうずしている小平太を止める長次、そしてそれらに苦笑を浮かべる伊作。これからまだ大会は続くというのにわいわいと騒ぐ彼らは結構な余裕である。寧ろ先にリタイヤした外野組の方が疲れていそうな程だ。
逆に、だからこそ勝ち残ったと言えるのかもしれないが。


「ねぇ、くの一教室の方見に行ってみようよ。まだやってるみたい」
「ふむ、確かに気になるな」
「なんだなんだ、伊作気になる女子でもいるのか!?」


い組、ろ組、は組、そしてくの一教室。
それぞれの組から勝ち残った二名ずつが、今度はい組対ろ組、は組対くの一教室で対戦を行い、そして勝った組同士で決勝戦を行うことになる。
千茅や九子といった妹分がいる伊作と留三郎はやはり気になるらしく、また伊作の提案に仙蔵も興味深そうな様子を見せた。
忍たまとくのたま、普段はあまり相容れることのない故にお互いのことを知っているようで知らないことも多い。特に将来忍として男性に筋力面では完全に劣ることが明らかであるくのたまは、どのような戦いを見せるのだろうか。学ぶことも多いだろう。
そう考えるとこの武術大会も中々に意義のあることのように思えてくるが、如何せんあの人騒がせな学園長が考えることであるからどこまでが計画通りなのか分かったものではない。


「くのたま相手に無様に負けないようせいぜい敵情視察するんだな」
「うるせぇ、首洗って待ってろよ」


未だ終わっていないらしく結構な人だかりが出来ているくの一教室の場所へと足を進めながら、再びぎゃんぎゃんと騒ぎ出した留三郎と文次郎の怒声に周囲の視線がちらほらと集まり、二人の頭上に第二撃が振り下ろされた。


***


立っていたのは、僅かな萌黄と二つの桃色の背中だった。


「嘘だろ…」


文次郎たちが顔を見合わせる間もなく、九子が一気に体勢を低くしたかと思うとその上を千茅が飛び越えていき、足払いと飛び蹴りを同時に食らったくのたまの三年生がゆっくりと崩れ落ちていく。


「勝負あり!くの一教室代表、初芽千茅に播磨の九子!」


千茅の手を借りて立ち上がったのは勿論九子で、その場に立っているのは桃色の忍服のみになって。
勝者として宣言された二人の名前も、周りの盛り上がった歓声も、少しばかり居心地悪そうにしている姿も。どこか遠くの出来事のようで。
立っているのが二年生という目の前の事実に唖然としている文次郎とは対照的に、伊作と留三郎は最初こそ驚いた表情を見せたもののそれが誇らしげなものへと変わっていく。


「あー!!あの子!」
「なんだ伊作、九子知ってんのか」
「うん、少しね。留三郎は千茅のこと知ってるでしょ?」
「あぁ」


今すぐ駆け寄って頭を撫でまわしてやりたい衝動を、何度も騒がしくするなよという隣からの冷たい視線故に必死に抑えこみながらもだらしなく頬が緩むのは抑えられない。
ほぼ入学当初から、自分の、自分たちの可愛がっている後輩が三年生を相手にして勝ち残ったなど嬉しく思わない筈がないだろう。誇らしくて、自慢したくて仕方がない。
その雄姿を見られなかったのはとても残念だけれど。もう少し言えば彼女たちは次の自分たちの対戦相手でもあるし、そして勿論そこで負けるつもりもないけれど。
今はただ、よくやったなと褒めてやりたい。




「九子と…もう一人誰だ?」
「千茅ちゃんだよ。三郎は二人とも知ってるよね?」
「…まぁ妥当だろうな」


「二人とも二年生だな」
「ねー。じゃぁ次三年生の忍たまと戦うんだ」


ざわざわと沸き立つ周囲の中には、先程の六人だけでなく忍たま一年生二年生の姿も少なくは無い。
いつの間にか随分と増えている観客たちに少々肩を窄め気味にしながらも、顔を見合わせた千茅と九子はこつんと互いの拳を合わせた。




20130721