いろは唄 | ナノ


がやがやと騒がしい教室内であれやこれやと囁かれる声は、どれもこれも少し気が昂ぶったように興奮がちらついていた。
手元に配られたのは紙片に包まれた白い粉末。そしてそれをじっと見つめては、意地の悪い言葉ばかり飛び交う。

女とは総じて恐ろしいものだ。例えそれがまだ幼い十ほどの少女であろうとも、それは変わりないようで。
彼女達は楽しげに、ある意味とても恐ろしい表情で、本日の課題についての作戦を練り続ける。






「今日は皆さんに簡単な実習をしてもらいます」

授業開始の鐘が鳴ると共に現れたシナがいつも通り美しい笑みを湛えながら言った言葉に、教室内は俄かにざわめきだった。

学園に入学して暫く経つものの、彼女達が学んできたのは座学と基礎的な体術程度のもの。
実習が初めてなわけではないが、やはりまだ数を熟しているとは言えない時期であったので不安と期待の声が上がる。

そんな生徒たちを満足そうに眺めた後、シナは手際よく小さな紙片を皆に配った。
告げられたのは本日の実習内容。

「大丈夫よ、そう難しいものじゃないから。くの一としては基本中の基本、『騙す』ことを体験してもらうわ」

そうしてシナが説明した内容は至極簡潔で、各自用意された薬を飲ませる、或いは騙して何かを貰ってくること。
勿論まだ一年である彼女達にはその対象として、やはり同じ一年の忍たまを指定されていたが、これがまた宜しくない事態なのである。


特に何という因縁があるわけではないが、くのたま達は総じて忍たま達に対して友好的とは言い難い節があった。
そしてそれは勿論彼女達一年にも共通していることであり、堂々と忍たまをいびり倒せる機会と実習という大義名分を得た彼女達はまさに水を得た魚の様である。

嬉々として如何にして薬を盛るかを話し始める彼女達に「期限は夕暮れまで、確り策を練りなさい」と言い残し消えたシナ。
恐らくこうなることを予期していたのだろう、消える際の不敵な笑顔がそれを物語っていた。



そうして冒頭へと遡るわけである。

薬の正体は単なる下剤であり、大して危険なものではないのだがやはり皆其方の方が面白そうだと薬を盛る方を選んで手段を模索していた。
財力もない忍たまから物を貰ってもたかが知れているから、苦しむ姿を見て面白がった方がいいということなのだろう。

飲み物に入れるか、それとも何か料理に混ぜてしまうか。
まるで遊びのように楽しげに案を出す彼女達の中、小さく溜息を溢す者が約二名。


「………」
「………」

同時に漏らした溜息にどちらともなく視線を交わして、目だけで意志を伝えると揃って教室を出る。
話に盛り上がる生徒たちは二人が出て行ったことに気付く様子は無く、静かに戸を閉めた二人は再び揃って溜息を溢した。

「…九子はどっちにするの?」
「さぁ、まだ考え中。千茅は?」
「…私も。やるとしたら薬の方が楽な気はするけど、状況に寄るからね」

右手に握られた包を弄びつつ千茅がそう返せば、九子はほんの少し声を和らげて続ける。

「…気乗りしないんでしょう」
「そりゃあね。まぁでも実習は実習、ちゃんとやるよ?」
「ならいいけど。皆みたく積極的にとは言わないけど、躊躇って失敗しないようにね」
「あはは、大丈夫。そこら辺は弁えてるから。…でもいくら実習とはいえ、あそこまで嬉々として取り組む内容かなぁ」
「それは気性の問題でしょう。まぁ、逆に言えばあれだけ普段嫌っている人間から差し出されたものを忍たま側が警戒せず食べてくれるとも思えないけど」
「あぁなるほど」

淡々と言う九子の言葉に、千茅はほんの少し嬉しそうに口元を歪めて笑う。

シナの笑顔が若干引っかかっていたが、どうやらそういうことらしい。
まったく無警戒な人間であれば薬を盛ることなど容易く、いくら一年である自分達でも簡単すぎる。だが普段から諍いの多い、忍たま相手となれば当然警戒を解かなくては課題を乗り越えられないのだ。


面白い。少なからずやる気に火の付いた千茅はひらりと手を振って踵を返す。

「それじゃ、お互い頑張ろうね九子」
「うん、また後でね」



さて、実習の始まりだ。




20120730