怖い夢を見た。化け物が私を追いかけてきて、私はそれから逃げていた。鍵がかかっている扉を何とか抉じ開けて、勢いよく開いた瞬間…。
「っは…あ」
「未美!目覚めたのね!」
気付くと、私は寝ていたようで…体にはコートが掛けられていた。これはギャリーのだ。ぼろぼろで…微かに、ギャリーの香りがする。その香りがあまりに心地よく感じて、私はコートに顔を埋めた。
「酷く魘されていたようだけど…どうかしたの?」
「……怖い夢を見たの」
思い返したくなかったけれど、ギャリーに知ってほしかった。私の恐怖を打ち消してほしいと思ったから。夢の内容をなるべく具体的に分かりやすく、記憶を辿って…一生懸命に伝えた。ギャリーは微笑みながら、時にうんうん、とか、そう…と相槌を打って、私の話を聞いてくれた。
「……こんな気味の悪い美術館にずっといたら、怖い夢も見るわよね…」
ギャリーは苦笑して、私の頭を撫でてくれた。お母さんはいつも私の頭を撫でて褒めてくれるけど、この時のギャリーの手の温もりは、今の私の絶望感を半減…否、殆ど消し去ってくれた…気がした。
「あ…未美、コート…何、私の匂いでも嗅いでるの?」
私がコートに顔を埋めているのを見て、冗談混じりに聞いてくるギャリー。コートを羽織っていないギャリーはなんだかとても色っぽく見えた。あの大きな胸に飛び込んでみたいなあ…とかあらぬことを考えて。…なんだか顔が熱くなってきた。
「恥ずかしがってる?ふふ…冗談よ。疲れが取れるまで休んでなさい。出発する時になったら返してくれれば良いから」
図星だったから…話が逸れて、少しホッとしてる。本当にギャリーは優しい。ギャリーだって疲れているはずなのに…どうして私のことをそんなに大切にしてくれるのだろう。私も何かギャリーにお礼をしたい。
「ギャリー、目を閉じて」
「ん?どうしたの、未美」
ギャリーは不信感の欠片も抱いていないようだ。相手は子供だから…まあ、当然と言ってしまえばそれまでだけど。私の背丈まで屈んで、それから静かに目を閉じた。…睫毛…長い。女の人みたい。喋り方はまるきり女の人だけど、外見だけ見るとギャリーは美男だと思う。見惚れてたらギャリーがなんなのよ、ねえ、未美!なんて言いながら頬を膨らませて見せた。怒っているのかと思いきや、案外楽しそうだ。安心した。
「ギャリー、…ありがとう」
「え?改まっちゃってどうし、…っん」
キスしたけどこれはお礼…お礼なんだから。でも…ギャリーの唇は柔らかくて、なんだかとても嬉しくなった。
「んっ…ちょ、ちょっと未美!いきなりどうしたのよ!」
ギャリーは驚いたのか目を見開いて私を見る。心なしか頬が赤くなっている気がする…のは私の勝手な見間違いだろうか。
「…た、助けてもらってるから…!ありがとうって、伝えたくって!」
「…………そう……。……ふふ」
私が俯きながら小さく呟くと、ギャリーは微笑んで頷いた。何を納得したんだろう…何だか見透かされてるみたいで余計に恥ずかしくなってくる。
「…アタシも、アンタがいてくれて、助かってるのよ?お互い様」
「……!う、うん………ギャリー、その…だ、だ…だい、すき」
「ええ、ありがとう。アタシも未美が大好きよ!」

その時、唇に柔らかい、あの感触が戻ってきた。

0511 執筆 0518 修正