ノスタルジア




 

 ほこりっぽい田舎の農道を私は歩いている。

  

 黄色い太陽が真上から照りつける。時折風が微かに吹き抜ける。くすんだ濃緑の垣根。音もなく空気の底に沈む家々。何もかもがどこか色褪せた、真夏の昼下がり。

  

 ふと、道の向こうから誰かが歩いてくるのに気付く。顔はまだ見えない。年齢も解らない。長い髪でかろうじて女性だと解るだけだ。それなのに、どこか懐かしい。



 彼女はゆっくりと歩いてくる。私もゆっくりと彼女に近づいて行く。
 すれ違う瞬間、彼女は足を止めてふわり、と懐かしい微笑を浮かべた。私も自然に足を止めた。



 私は彼女を知らない。私は彼女を知っている。私はこの場所を知らない。私はこの場所を知っている。知っているのに知らない。知らないのに知っている。



 彼女はもう一度微笑んで、私に小さく手を振った。



「またね。」

 

 一言だけだった。その一言で私は悟った。彼女は誰でもあって誰でもない。此処は何処でもあって何処でもない。そしてきっとまた私たちはめぐり逢う。きっといつか、この場所で。



 私も彼女に手を振り返す。彼女は背を向けて遠ざかってゆく。私は彼女がもう振り返らないことを知っている。それでも私は手を振り続ける。



 彼女の姿は段々小さくなり、やがて見えなくなる。私はゆっくり手を降ろす。





 ほこりっぽい田舎の農道を私は歩いていく。

  

 黄色い太陽が真上から照りつける。時折風が微かに吹き抜ける。くすんだ濃緑の垣根。音もなく空気の底に沈む家々。何もかもがどこか色褪せた、真夏の昼下がり。



 知っているのに知らない。知らないのに知っている。



 私は誰だろう。私は本当に私なのだろうか。自分。他人。そもそも私は今まで誰だったんだろう。



 名も無い私。名も無い彼女。誰でも無い私。誰でも無い彼女。



 まるで自分が溶けていくような感覚を覚える。この場所と同化していく。私は誰でもあって誰でもない。



  

 ほこりっぽい田舎の農道を私は歩いていく。

 

 黄色い太陽が真上から照りつける。時折風が微かに吹き抜ける。くすんだ濃緑の垣根。音もなく空気の底に沈む家々。何もかもがどこか色褪せた、真夏の昼下がり。



  ふと、道の向こうから誰かが歩いてくるのに気付く。まだ顔は見えない。見えないけれど解る。あれはきっと私。私だった、私として生きていく私。



 すれ違う瞬間、私は私に微笑みかける。


 



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