8-1


 新しい街の復興作業の帰りに久しぶりにエルミナさんの所へ寄ったら、マリンちゃんは元々暮らしていた人達の元へ戻ったらしい。エルミナさんは私の顔見て開口一声、今日は随分晴れやかじゃないかと言って微笑んだ。

 マリンちゃんは大通りから少し入ったところにある酒場で暮らしているそうだ。元々はミッドガルの七番街スラムにあった店らしく、あのプレート事故で街ごと潰されてしまったのだろう。その店が少し前にこの新しい街に移転して再会したという話だった。
 あのプレート落下がマリンちゃんの生活にも影響していたのだと初めて知って、腹が立って仕方ない。結局のところアバランチへの制裁は有耶無耶になっていて、ルーファウスももう何かするつもりはないらしい。セフィロスを倒したのが彼らだからという理由なんだろうけど。

 私が歩みを止め見上げた先には『セブンスヘブン』と書かれた看板が掲げられている。エルミナさんに聞いた、マリンちゃんの預けられている酒場はここらしい。
 酒場とはいえ昼間も空いているらしく、窓から見える店内にはまばらではあるもののお客さんの姿が見えた。カフェテリアのような感覚で利用できるのだろう、せっかくだからコーヒーの一杯くらい飲んで行こうかと思っていると、店のドアが開いて箒を持った女性が出てくる。

「あなたは神羅の……」

 長い黒髪のその人は私を見て動きを止めた。それは私も同じだった。

「大空洞で会った、よね。覚えてるかな」
「もしかしてアバランチの……どうしてここに?」
 
 ティファ。ルーファウスとスカーレット統括が処刑しようとした、ハイウィンド号を強奪して逃げたクラウド一味の一人。伍番魔晄炉を爆破し、七番街のプレートを落とした主犯の一人とも言われている。

「ここ、私の店なの」
「え……そうだったんだ……」

(ちょっと待って? セブンスへブンは元々七番街スラムにあったのにこの人達は七番街を破壊したの?)

 私は相当険しい顔をしていたらしい。ティファは怪訝な表情で箒の柄を握りしめた。
 そんな彼女によって私の思考は中断される。

「……マリンなら、今は遊びに行っていないけど」
「マリンちゃんから聞いたの?」
「ええ。怪我してたって聞いたけど、治ったんだね」

 どうやら彼女がマリンちゃんの身元引き受け人というのは当たりらしい。なんという巡り合わせなのだろう。世間は狭いというか、奇妙な縁というか。

「ナマエ……だよね、名前」
「うん、そうだけど」
「ありがとう。マリンのこと」

 ティファは赤みがかった大きな茶色の瞳で私を見据えた。沢山の人を星に帰したとは思えない、真っ直ぐな瞳だと思わされる。

「この街はあなたが設計したんでしょ? そのことも、ありがとう」
「どっちも、ただ私は指示に従っただけ。感謝されることなんて何もしてない」
「けどマリンは喜んでたよ」

 ティファがあまりにはっきりとそう言い切るから、私は黙るしかなくなってしまう。マリンちゃんのように純粋無垢な子供に喜んでもらえるようなことは何もしていないのに。

「私はあなた達を殺す武器や兵器を作ってたんだよ。たくさん戦ったでしょ? ほとんど壊されたけど」

 ティファは相変わらずじっと私を見つめながら、小さく頷いた。

「私達も沢山の人を殺したから……」

 そう言った彼女の指先が微かに震えていたのを私は見逃さなかった。でも、私がティファを責められる理由はどこにもない。

 これ以上この場にいても互いを傷つけるだけだと思ったので、私は首を横に振って話はもう終わりだと示した。

「マリンちゃんによろしく」

 そう言い残して踵を返した私もただ無言で見送るティファも、すぐ近くの路地裏で一連のやり取りをじっと聞いていた赤い影には気がついていなかった。


 陰鬱な気持ちを抱えたままの私がクリフ・リゾートに戻ったのは夕刻に差し掛かった頃だった。あれ以来ルーファウスと同じロッジに滞在させてもらっているので、寄り道する場所もない私は真っ直ぐ帰ろうとする。
 するとロッジの外階段に差し掛かった私を呼び止める声があった。

「お疲れ様、と」
「レノ。戻ってたんだね」

 赤毛のタークスはへらりと笑って私のすぐ近く、階段の一段目までやってくる。

「ついさっきな。お前も車に乗せて帰ってやろうと思ったのに作業場に居なかっただろ」

 相変わらずレノもボランティア達の指導や資材の確保のために新しい街やミッドガルを行き来していた。今日は私も彼も新しい街の西側の地区で作業することになっていたのだ。

「あ、うん……寄るところがあったから、その帰りにボランティアの人に送ってもらったんだ」

 復興ボランティアの中には星痕の患者をクリフ・リゾートに輸送する役目を引き受けてくれている人もいて、私は時々今日のように便乗させてもらうこともあった。
 私も車の運転くらいはできるけれど、車体も燃料も一人に一台支給できるほどの余裕はないのだから仕方ない。

「んでそんな辛気臭いカオして帰ってきたわけかよ、と。セブンスへブンで一杯引っ掛けてくりゃ良かったのに」

 レノは笑みを消して、昔私があげた特殊警棒で自分の肩を叩きながらそう言った。

「なんで知って……」
「七番街。落としたのはオレだぞ、と」
「え……?」

 レノの言っている意味が一瞬分からず、私は彼の言葉を頭で反芻する。
 七番街を落とした、ということはあのプレート崩落のこと以外考えられない。でもあれはアバランチの仕業で、タークスは彼らを止めるために投入されたのではなかったのだろうか。

「社長のーー勿論先代のな、命令だった。七番街スラムにはアバランチのアジトがあったんだ」

 レノは私が理解したかどうかなんて気にせずに続けた。

「止めに来たクラウド達とやりあって大怪我負わされたのはカッコつかねぇよな。せっかくあんたに新しい武器も作ってもらったのによ」
「レノ、言ってる意味がよく……」
「そういう仕事だった。それだけだぞ、と」

 ーー仕事。タークスの仕事。汚れ仕事。

「だからソルジャーじゃなくてタークスが投入されたの?」
「だな。そんでオレが支柱切り離しのパスコードを入れた」
「そんな……」

 なら先代社長はスラムどころかプレート上の住民すら見殺しにしたのだ。たった数人の、神羅に歯向かう人間を潰すために。

「見損なったか?」

 考え込んでしまった私にレノが言う。悲しんでいるようには見えないけれど、笑ってもいなかった。

 ーー神羅カンパニーは決してテロリストに屈しない。
 先代社長が繰り返しメディアに訴えかけていた言葉と悲痛な表情が思い浮かぶ。
 あれが嘘だったなんて……。

 でも、私だって同類だと思う。
 開発した兵器や武器は必ず使われる、ということは誰かを傷つける。時にはモンスター相手に使われることもあったけれど、反神羅組織に対抗するために作った武器は数知れない。そんな私は人のことをとやかく言えるほど綺麗な道は歩んでこなかったのだから。

「私もたくさんの人を殺したんだよ。もしかしたらレノより多いかもしれない……救えなかった人の数も」

 仲間を守りたいから沢山の兵器を作ってきたつもりだった。でも実際には一番大事な時に間に合わなくて、大勢の人を傷つけてしまった。大怪我をしたのはその報いだったのかもしれない。そんなもので償えるようなものでもないけれど。

 レノは首を横に振ると特殊警棒を私の前に差し出す。

「オレもあんたも仕事をこなしただけだ。もし罪を償おうとか思ってるならやめろよな、と」
「そんな簡単に割り切れないよ……レノは辛く思ったことないの?」
「疑問に思うことくらいあるけどよ、これがオレの仕事だからな、と」
「しごと……」
「他の手段が取れなかったのはオレに命令を覆せるほどの力が無かったからだな。悔しかったらもっと成果を上げるしかねぇ」

 タークスは完全実力主義だ。レノもこれまで沢山の汚れ仕事を負ってきただろうに、折れずにこうして実直に仕事に向き合う姿勢は眩しかった。それこそが彼の流儀なのだろう。

「自分を責めるんじゃねえぞ、と。みんなそれぞれの立場があるんだ」

 それだけ言うとレノは彼とルードさんの二人が使っているロッジに向けて歩き出す。

「あとは社長に慰めてもらえー」

 明るい調子でそう言いながら、私に背中を向けて片手をひらひらと振るレノ。彼には慰めて欲しい時に縋り付くことができる相手はいるのだろうか。そう思いながら私はレノの細い背中を見送った。



 たまたま、少し窓を開けて換気をしていたところだった。そよ風に揺れるカーテンを見つめながらもう直ぐ戻るであろうナマエを待つ。側で座っていたダークネイションが扉に目を向けたので、それももうあと少しだろう。

 そんな、ゆったりと流れる時間も悪くないと思うようになった己の変化に驚いていたところだった。

 外が騒がしいと思えばナマエとレノが何やら話している声が聞こえていたのはその時だ。内容を聞き取ろうとロッジの入口に近づくと、どうやらすぐ扉の向こうにいるようだった。

『私もたくさんの人を殺したんだよ』

 何の話か聞き耳を立てていると、ナマエが吐き捨てるような声でそう言った。どうやらこれまで彼女が作ってきた兵器や武器が多くの敵を屠ってきたことを言っているのだろう。
 対するレノは流石タークスなだけあって仕事として割り切れと諭している。

 俺はふと、自分の掌に視線を落とした。朝ナマエが巻いてくれた包帯には黒い膿が薄く染み出してきていた。そろそろまた替えてもらわないとならない。

「俺の手はこんなに汚れているぞ、ナマエ」

 勿論これは星痕の話ではない。
 かつておやじを陥れるためにアバランチと結託し、結果的に何人も死んだ。その中には神羅の社員もいた。
 社長に就任してからはそれどころでは無く、直接的に人の命を奪うようなこともほとんどなかったが、危うく星ごと消滅の危機に晒されていたものを結局はクラウド達がいなければどうすることも出来なかったのだから。

「だが今度こそ……神羅は生まれ変わる。俺の、この手で」

 じっと自分の手を見つめたままの俺を見上げ、ダークネイションが不思議そうに首を傾げた。



「戻りました……ルーファウス、具合は?」
「変わりない」
「なら包帯替えようか」

 ほとんど毎日の決まりとなったやり取りをして、私はルーファウスの車椅子を押す。あの日以来彼は律儀に包帯の交換を私に専任していた。

「今日は街の西側で大通り沿いに街灯を設置しました」
「そうか。夜が暗いほど治安は悪くなるからな」

 包帯の交換はルーファウスの寝室で行い、私達はその日にあったことを報告し合う。それも今では二人の間で暗黙の決まりとなっていた。
 ルーファウスからは新しい街に関する更なる計画や各地に散った元タークスたちの動向、そこから寄せられる世界の状況を教えて貰い、私は新しい街の再建状況を彼に教える。少しずつでも前に向かって進んでいるのだということを認識するためにもこの日課は必要なものだった。

「ルーファウスは? 今日はリーブ統括……元統括と連絡を取るって朝言ってましたよね」

 仕事の話になるとついかしこまった口調になってしまうのはなかなか抜けない。これに関してルーファウスは寛大で、逆にいえばプライベートな話題のときは敬語になるたび指摘してくるので気を使うけれど。

「リーブはもうしばらくジュノンで復興公社の準備を続けるらしい。奴のことだから純粋な復興以外にも色々と企んでいるだろうな」

 私が背中を拭いている間ルーファウスはそう言って笑っていた。薬が効いているのだろう、最近ではこういう穏やかな時間も少なくない。それが堪らなく尊くて、私は彼の身体に滲む黒い液体を拭いながらこのかけがえのない時間を噛み締めていた。


 クリフ・リゾートの夜は早い。ミッドガルのように灯りが煌々としているような都市ではないので辺りが暗くなれば自ずと皆割り当てられたロッジに帰って過ごすのだ。そもそもここに住んでいるのは殆どが星痕の患者なので静かに休養する時間は長い方が良い。

 ルーファウスと私は寝室を別にしていた。私としては夜中に彼の容態が急変でもしたらと心配で同じ部屋に簡易ベッドを持ち込むことを提案したけれど、彼は頑として首を縦に振らなかった。
 これには何故かツォンさんを始めレノもルードさんもルーファウスの肩を持った。なので何かあれば必ず呼ぶ、と約束して私は仕方なくもう一つの部屋で寝ることにしたのだ。

「薬、ここに置くね」

 これも毎日決まったルーティンで、私はルーファウスの枕元のサイドテーブルに水の入ったグラスと痛みを和らげる薬を置く。いつ星痕が痛んでもいいように、すぐ飲める状態で。

「いつもすまないな」

 そう言って車椅子から私の手を借りて立ちあがるルーファウス。彼も骨折の方は治って歩くことはできるけれど、無理に力を入れると星痕のせいで身体が痛むことがあるようだった。
 私はルーファウスがベッドに横たわると腰を屈める。これが決まった日課の最後、おやすみなさいのキス。

 でも今日はいつもと違った。
 ルーファウスは私からのキスを待たずベッドの反対側に体を動かす。避けられたと思った私が硬直していると、彼はブランケットを持ち上げて私を見上げた。

「今日はここで寝ろ」
「……え?」
「残念な事に抱いてはやれないのだが」

 ルーファウスは苦笑いを浮かべて、さあ早くと言わんばかりに顎で自分の隣を示す。

「自制してまで共に寝ようと誘う俺の気持ちを無下にするのではあるまいな?」
「ルーファウスの場所が狭くなっちゃうよ……?」
「そんなことは分かっている」

 この部屋には私の使っているベッドを並べるほどの余裕は無くて、だからこそ小さい簡易ベッドを置こうとしていたくらいだった。でもルーファウスが言いたいのはきっとそういう意味じゃない。今夜は身を寄せ合って寝ようということなんだろう。うっかり痛むところを触れてしまわないか、それが気掛りだった。
 けれど私を見つめるルーファウスの真剣な眼差しは揺らがない。彼の事だから全て織り込み済みでこうして誘ってくれているのだから、ルーファウスが言う通り無下にすることは出来なかった。

 私は寝巻きの上に着ていたカーディガンをルーファウスの車椅子の背にかけると、彼の身体に差し障らないよう慎重にベッドに乗る。少しスペースを空けてゆっくり横になるとルーファウスが私の身体にもブランケットをお裾分けしてくれた。

「寒くない?」
「お前がいれば暖かくなるだろう」

 そう言ってルーファウスは私に身を寄せると、仰向けになっていた私を自分とは反対に向かせて後ろから抱き締めた。

「フッ、今夜はこれでいくか」
「ルーファウス……?」
「人間にはこうされると無意識にリラックスする習性があるらしい」

 決して強くではないけれど、私のお腹に絡んだルーファウスの腕に引き寄せられる。確かに彼の言う通り、胸の奥に渦巻いていた仄暗い気持ちがするすると解けていく気がした。

「ああ、これを忘れてはいけないな」

 ルーファウスは片手で私の顎を掴むと自分の方を振り向かせる。上半身を浮かせたこれの瞳が私を捉え、唇が軽く触れ合った。

「おやすみ、ナマエ。今夜は俺の夢しか見せないからな」

 そう言ってまた私を抱きしめるルーファウスの鼓動が背中から伝わってくる。これなら彼以外の夢を見るなんてことは有りそうにない。

「楽しみにしておけ」
「ふふ……おやすみなさい、ルーファウス」

 もしかしたら彼は私が気落ちしていたのを気づいていたのかもしれない。病人であるルーファウスに気を使わせなくなくて、夕食の時もその後もなるべく明るくしていたつもりだったのに。
 それでも彼がこうして抱きしめてキスをしてくれるだけで私の心はこんなにも軽くなる。根本が解決したわけではないけど、今更どうしようもないことをいつまでもうじうじ悩んでいても仕方ないのだから。
 せめてもの罪滅ぼしとして私が出来ることを、明日からまた頑張っていこうと思えるようになった。

「ありがとう」

 私がそう呟くと、ルーファウスは返事の代わりに私の髪に口づける。やっぱりきっと全部分かっているのだろう。彼に知らないことなんて無いーーそう思うほど、この人は恐ろしいくらいに聡くて優しいのだから。

「お前がいれば、変えられる気がする」

 彼の温もりに包まれて眠りに落ちる前、私の耳に届いたのは彼が呟いたこんな言葉だった。

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