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 照りつける太陽と、一面に広がった白い砂浜。普段嗅いでいる埃っぽい鉄やオイルの臭いとは違う、潮の香り。

「やっぱりコスタはいつ来ても良いよねぇ」
「今日はたくさん遊びましょう!」

 待ちに待った休日。最近は毎日根詰めて仕事をしていたので、たまには息抜きをと思い立って、今日は仲の良い女の先輩達と一緒に近場のリゾート地コスタ・デル・ソルに遊びに来た。

「みんな海行こー」
「あっ先輩待ってください、ボール借りてくるんで!」
「気合十分だねーナマエ!」

 勿論だ。先日の襲撃事件以来上司達は皆ピリピリしていて、兵器開発部門には毎日のように無理難題が降ってくる。どうやら逃げ出したホランダー博士に兵器が悪用されてしまったらしく、その責任問題で一時期は部門内も険悪な雰囲気になっていた。
 時々視察にやって来るスカーレット統括に睨まれたりしたらどうなるか分からないので、文句を言いたくなるような仕事に対しても黙々と作業を進める日々が続いていた。正直、ストレスが溜まる。
 偶然先輩達がコスタの話をしていたところに出くわしたので、一緒に行きませんかと誘いをかけてみたら皆喜んで賛同してくれた。

 この日の為に新調した水着を着て、皆でビーチに繰り出す。この日の私達は人を殺す武器を作る神羅の社員ではなく、普通の年頃の女の子だった。

 良い天気なこともあって、今日もビーチは賑わっている。
 海水浴やサーフィンを楽しむ人、砂浜でビーチバレーを楽しむ人、パラソルの下でビーチチェアに寝そべる人。皆思い思いにこのリゾートを満喫している人ばかりだ。

「ひゃー混んでるねぇ。皆ナンパされないように気をつけてー」

 あたりを見回した先輩が笑いながら言う。実際にナンパ待ちの女の子や、そこに片っ端から声をかけている男の子達もたくさんいた。

「ま、神羅の女だからって相手が食いついてきても、うちらの場合は兵器開発部門って言うと途端に敬遠されるからね」
「そうなんですか?」
「ナマエはまだそういう経験無いー? 本社の女の子達みたいのを想像されちゃうと、どうしてもねぇ」

 そういう経験があるらしい先輩達が、口々に不満を言い出す。確かに本社の受付や秘書課の方々と比べると、ジュノンで兵器を作っている女子社員なんて華が無いのだろう。それでも私達は皆自分の仕事に誇りを持っているし、私達に助けられているって言ってくれる人もいるから、それで良い。

 波打ち際までやって来ると、私達は広がってビーチバレーを楽しむことにした。最近色々なことがあったから、たまには頭を空っぽにして身体を動かそう。
 そんな調子で、夢中になってボールを追っていたのだけれど。

「あー! ごめんナマエ!」
「大丈夫です! ちょっと取ってきますねー」

 先輩が遠くに飛ばしてしまったボールを拾うために追いかける。
 砂のお陰で勢いを殺されたボールは、少し転がった後パラソルの下で止まった。

「すみませーん」

 パラソルの下には小さな人だかりが出来ている。輪を作っているのは綺麗な女の人ばかりだった。
 私が声をかけるとその人達がこちらを注目する。私がボールを指さして今取りますと声をかけると、興味を失った彼女達はまた輪の中心に視線を戻した。
 同じ女性ながら目の保養だ、と思いながら彼女達の足元に失礼する。しかし屈み込もうとした瞬間、私は驚くべきものを目にした。

「ふく、しゃちょう……?」

 惜しげもなくボディラインを晒した、水着姿の綺麗なお姉さま方の中心に居たのは。それは紛れもなく我等が神羅カンパニーの副社長、ルーファウス神羅その人だったのだから。

「ナマエか、奇遇だな。なかなか似合っているぞ」

 副社長の方は全く動じていない様子だ。おそらく私の水着姿について触れているのだろうけれど、こんな魅力的な女性に囲まれている人に言われると、むしろ申し訳なくなる。
 と言うより、なぜこんな所に? 彼にだって休暇を自由に過ごす権利はある訳だけれど、これではまるでその辺の軟派なサーファーではないか。

「知り合いなのぉ?」

 取り巻きのお姉さまの一人が、品定めするように私の頭から足の先まで眺めながら小首を傾げる。
 他の女性達からも同じ視線を送られて、彼女たちと比べて何がとは言わないけれども、貧相な私はなんだか居たたまれなくなった。

「失礼しましたっ!」

 堪らなくなった私は急いでボールを拾うと、副社長に目を合わせないように会釈をし、その場から逃げるように先輩達のところへ戻る。

 見てはいけないものを見てしまった。

(やっぱり、別世界の人だ)

 なんだかとても、居心地が悪い。

 
 予定外の事件はあったものの、先輩達と一日中たくさん遊んでもらってリフレッシュできた休暇も終わり、今日からまた頑張ろうと気合を入れる。
 他の課に提出する書類を抱えて通路を歩いていると、向こうから今はあまり会いたくない人が歩いてきた。
 道を変えようにも他に無いので、せめて気付かれなければと、無礼は承知で俯きながら通り過ぎようと試みる。
 でも、そんな事が通用するはずもなく。

「ナマエ?」

 そっと顔を上げると副社長が不思議そうに私を見ている。気まずさとかそういった感情は、この人には無いのだろうか。

「すみません副社長、考え事をしていました」
「前を向いて歩かないと危ないぞ」
「はい、気を付けます」

 事務的な挨拶だけ交わしてやり過ごすつもりだったのに、副社長は一向に立ち去ろうとしない。それでは立場上、私が先にこの場を去る訳にも行かないし。

「昨日はゆっくり話せずすまなかったな。詫びにとは言わないが、今夜飲みに行かないか?」

 あんな場面を見せておいて、よくそんな風に誘えるなと感心すらしてしまう。けれど別にお詫びをしてほしい訳でもないし、私にはそんな権利も無い。そもそも副社長と二人きりになったら、あの光景を思い出してしまってちょっと居心地が悪そうだ。

「あの、別に悪いとか思ってませんよ。それに誰にも話しませんから安心して下さい」

 やんわり断ってあれは無かったことにしよう。副社長もプライベートについてべらべら喋られたらさすがに困るのかもしれない。
 しかし副社長は少し考えた素振りを見せた後、再び口を開いた。

「実はタークスに君と歳の近い女子がいるんだが、どうやら友達が欲しいらしい。他の連中にも声をかけるから、是非来てやってほしいのだが」

 タークス。
 表立って活動することはないものの、社長直々の任務もこなすというあの謎多き集団の?

 予想外の展開に軽く混乱している私に対して、副社長は、良い返事をするまでここを離れないと言わんばかりの視線を送ってくる。
 タークスとは別に、女子、という単語に過剰反応しそうになったのもあって、それはコスタでの出来事があったからに他ならない。けれど神羅の、しかも精鋭部隊であるタークスの人なら、さすがにあんな嫌味な反応をされる事もないかもしれないなんて、思ったりして。

「その子って、私と気……合いそうですか?」

 私が少し怪訝な顔でそう問いかけると、副社長はお得意の、尊大な笑みを浮かべて頷いた。


「すみません、お待たせしました」

 どうしても今日中に仕上げなければいけない仕事に手間取って、約束の時間を少し過ぎてしまった。小走りでここまで来たので、私は息を整えながらお店のドアを押す。

「こっちだ、ナマエ」

 お店は貸し切りなのか、カウンターに三人並んでいる以外にお客さんはいなかった。副社長が軽く手を上げて私に呼びかける。
 副社長の他には赤い髪の男の人と、ウェーブのかかった明るい茶髪の女の子。こっちは確かに歳が近そうだ。

「レノとシスネだ」
「初めまして。兵器開発部門開発課のナマエ・ミョウジです」
「総務部調査課のシスネです」
「同じくレノ。どうぞよろしく、と」

 総務部調査課。お堅い部署名に聞こえるけれどタークスの正式名称だ。想像していた、ソルジャーのような筋骨隆々の屈強な戦士というイメージと比べると、見た目だけならだいぶ普通の人達のように見える。
 女の子の方……シスネさんは律儀に頭を下げて、その隣でレノさんがグラスを片手にへらりと笑った。レノさんはずいぶんとキツそうなお酒を飲んでいる様子だ。
 副社長とシスネさんの間が一席開けられていて、どうやらそこは私の場所らしい。私が席につくと、奥から出てきたお店のマスターがオーダーを取りに来てくれた。

「で? アンタがあの面白そうなショットガンを作ったんだって?」

 レノさんがシスネさんの肩越しに顔を出してくる。人懐こいようでいて、そこはさすがにタークス。鋭く刺すような眼差しをしている人だと思った。着崩したスーツの胸元は大きくはだけていて、正直目のやり場に困る。

「レノ、いきなりそんな風にぐいぐい来るとナマエさん困ると思うけど」

 私の困惑に気付いたのか、シスネさんがレノさんの額を押し戻す。

「はぁ? 珍しく副社長が一般社員の、しかも女子を呼んできたかと思ったら、まさかの武器オタクだぞ?」

 武器オタク……? まさか、私は周りからそんな風に見えるというのだろうか。

「副社長ってばよ、面白い物があるとか言って自慢してくる癖に、全然ちゃんと見せてくれないんだぞ、と」
「お前に見せたら減る」
「んな訳ない、と」

 女子二人を挟んで両脇の二人が何やら言い争い始めた。とは言っても、副社長の方は軽くあしらっているようだけれども。

「ねぇ、ナマエって呼んでもいい? 私のことはシスネで」

 男二人のやり取りには耳も貸さず、シスネさんは私に肩を寄せる。

「勿論。よろしくねシスネ」

 シスネの溌剌とした雰囲気はとても好き。私達は歳が近いこともあって仲良くなれそうだ。ひとまず副社長に、心の中で感謝した。

「で、どうして副社長?」
「コンペで選んでいただいたの。気に入っていただいたみたいで、光栄なことだね」
「あ、さっきの話の事ね。ふーん、そうなんだ」

 シスネはグラスに口を付けながら、くすりと笑った。

「副社長、前途多難」
「何か言ったかシスネ」
「いーえ。なんにも」

 二人のやりとりを見ていると、直属ではないとは言え上司部下の間柄にしてはだいぶフランクだと思う。レノさんともそういった雰囲気だし、タークスの人達は皆副社長といつもこんな感じでやりとりしているのだろうか。

「なあナマエ? オレにもなんか面白いモン作ってくれよな、と」
「面白いもの、ですか?」

 レノさんは性懲りもなく、今度はシスネの肩に片手を置いて身を乗り出してくる。体重をかけられたシスネが眉間に皺を寄せた。

「ねぇちょっとレノ、飲み過ぎ。重い」
「あー? トレーニングが足りねぇんじゃねぇの?」
「はぁ? 誰に向かって言ってるの?」

 二人のやり取りは、次第に言い争いのようになってきた。私がシスネを止めようかどうしようかと慌てている横で、副社長は呑気にグラスに口を付けながらその様子を見ている。

「色々あったようだな、レノは」
「止めなくて良いんですか?」
「どうせそろそろ終わる」

 副社長はそう言って視線をレノさんに向ける。するとちょうどレノさんがカウンターに突っ伏したところだった。

「あー……ルードの奴、クソッ……」
 
 レノさんはそう言い残して、次の瞬間には眠りに落ちてしまった。

「ごめんねナマエ。任務でちょっと、ね」

 シスネは困ったように笑いながら、横目でレノさんを見た。タークスの仕事内容は一般社員に言えないようなものも多いだろう。レノさんに何があったのかまではシスネも副社長も話そうとはしなかった。

「副社長、私レノを部屋まで送ってきます」

 シスネはそう言うと、レノさんを担いで立ち上がる。体格差があるのに、さすがタークスなだけある。

「明日早いんで、そのまま失礼しますね」
「ああ、ご苦労」
「じゃあねナマエ、今度またゆっくり話そ」
「うん、是非」

 私達は手を振り合って、それからシスネはレノさんを引きずって店から出ていった。

 ドアが閉まった瞬間、静かになった店内にドアチャイムの金属音がやけに大きく響く。

 カウンターの隅に、二人きり。私はどうしていいか分からずに、手元にあるグラスの水面をひたすら見つめている。
 副社長の様子は特に変わらず、マイペースにグラスを傾けながら、何か喋る訳でもなく、店のラジオから流れるジャズに耳を傾けていた。

 しばらくの間そうしていた私達だったけれど、ようやく副社長がカウンターに肘をつき、私の方を向いた。

「本当に暑かったな」

 おそらくコスタ・デル・ソルのことを言っているだろうというのは分かる。この人は、私がその話を蒸し返して欲しくない事になんて気付いていないのだろう。

「そうでしたね」

 どういう返答が欲しいのか見当もつかない私には、そんな言葉しか出てこない。そもそも副社長は、あんなプライベート丸出しのところを目撃されても気にならないのかと思うと、むしろ感心さえする。

「お楽しみのところをお邪魔してしまい、すみませんでした。ちゃんと、誰にも話してませんよ」

 すると副社長は目を細めてフッと鼻で笑う。目にかかる長さの前髪が揺れて、カウンターの間接照明に照らされ淡く輝いていた。
 副社長の顔を間近でまともに見つめてしまった私の胸の鼓動が弾む。失礼だからとあまり見ないようにしていたけれど、副社長は誰が見ても整っていると言うくらい、とても端正な顔立ちをしている。

「君が妙に余所余所しかったのは、邪魔をしたと思っていたからだったのか」
「それは……」

 言葉に詰まった私は、誤魔化すように少し残っていたグラスの中身を飲み干す。ジュノンでは珍しい、全くアルコール臭さのない良いお酒だ。悪酔いするような質のものではなさそうなので、こんな少しの量では、一気飲みしたところで酒の勢いを借りられそうにもない。

(それは……なんでだっけ)

 熱を持った液体が喉を通っていく間、私はふと、副社長の問いの答えは自分の中でも決まっていないということに気が付いた。
 あの時は間違いなく気まずさを感じたけれど、それが会社のお偉方のプライベートを覗き見してしまったからだというのは、少し違う気がした。
 綺麗なお姉さま方から威圧的な視線を送られたことによる居心地の悪さもあったけれど、普通に会社の者ですと挨拶したって良かったはずだ。

 どうして逃げるようにあの場を去りたかったのか、考えれば考えるほど理由が分からなくなってしまって、私は空になったグラスの底とにらめっこしていた。

「ちなみに、俺はもう行かないからな」

 私がいつまでも返事を寄越さないので待ちくたびれたのか、副社長は正面に視線を戻してそう言った。

「へ?」
「間の抜けた返事だな」

 予想外の発言に驚いた私に対して、副社長は声を噛み殺して可笑しそうに笑う。間抜けだと言われて、私は顔が一気に熱くなるのが分かった。

「そんなに笑わないでください……」
「クックッ……すまない。しかしなナマエ、お前があまりにも可笑しくて」

 今、お前って言われた。

「副社長、だんだん素が出てきました?」
「そうか? 普段通りのつもりだが」

 まだ笑いが収まりきらない副社長が、頬杖をつきながら私を見た。

「お前が思うほど遊び人ではないぞ」

 そう言われて脳裏に浮かぶのは、灼熱の太陽に照らされた副社長の引き締まった身体と、そこに寄り添う豊満な体つきの水着美女達。

「言っておくが、声をかけられただけだ。元々波乗りに行くつもりだった。それ以外のことは何も無い」

 考えていたことを当てられた気がして、私は一気に現実に引き戻された。サーフィンをする副社長は、ちょっと見てみたかったかもしれない、なんて。

 横を見ると、副社長の青い瞳がまっすぐ私を見つめている。

「あの、副社長……」

 この状況でドキドキしない女子がいたら、その度胸を買ってタークスに推薦したい。そう思ってしまうくらい鼓動が速くなっていく。
 そんなに見つめないで下さいと言いたいのに、身体が固まってしまってそれすら言い出せない。

「少しくらいは、真面目に生きようと思ってな」

 副社長は少し目を細めて、柔らかく笑う。

「見ていろよナマエ。俺は……フッ、なんでもない」

 そう言うと彼は視線を前に戻し、またグラスの中身を楽しみ始めた。
 何を、とも言えずに私はまだしばらく固まってしまったまま、新たに浮かんだ疑問の答えについて考え続けていた。

 どうして、いつの間にかあのモヤモヤした気持ちが晴れてしまったんだろう。
 なのになんで、胸の奥が苦しくなるのだろう。

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