ーーエッジ。
今よりもう少し後にそう名付けられることとなる新しい街は、人々の手によって少しずつだけど形になってきていた。
私はツォンさんに頼まれた通り大まかな街区の図面を起こし、それをタークスに渡した。彼らはどうやら復興ボランティア達と接触しているらしく、実際の作業はボランティアが中心になって行われている。
数日前から私もそこに加わって、ミッドガル伍番街の倉庫から運び出されてきたらしい作業機械の修理やボランティアの人達への使い方のレクチャーを任されることになった。
ボランティアに聞くところによれば、街の復興が始まったとき、ジュノン支社に所属していた治安維持部門の軍人達が大勢やってきていたらしい。
その頃私はまだベッドの住人だったから知らなかったけれど、リーダー格の男がミッドガルの本社ビル前で新しい街について大々的に演説したという話だ。我々の希望だとかなんとか、よくある士気を上げるための演説だったのだろう。
しかしツォンさんの考えではこの街を作ることはルーファウスの案らしい。私も確かに、常に現状を打開していこうとする彼らしいと思った。
ミッドガルの廃材を利用することや、何より伍番街の倉庫のパスキーをボランティア達が知っていたので、誘拐されたルーファウスがどこかでボランティアの元締めに情報を流したのだろう。
ということは、彼は無事。少なくとも復興がまだ手探り状態である今のうちは。
ツォンさんのその見立ては、私にとっても命綱だった。
彼が大怪我を負ったまま忽然と姿を消してからもうすぐ一月が経とうとしている。
怪我も心配だし、何より彼の命がいつまで保証されているかも分からないことが不安でしかたなかった。
それでも、今は闇雲に動くのは得策ではない。
ルーファウスの捜索はタークスにお願いして、私は彼が戻ってきた時のために復興を進めることにしている。
作業に没頭したりボランティアの人達と話したりすることで、私はなんとか自分を保つことができていた。
それに、私のそばにはいつもダークネイションがいてくれる。
ツォンさん達はミッドガルにいることが多く、シスネもあちこちに情報収集のため飛び回っている。
万が一ルーファウスがふらっと帰ってきたときのことも考えて、ダークネイションは私が責任を持って世話をし、いざとなればきっと彼が私を守ってくれるはずだ。
そう思い込んで、なんとか日々を過ごしている。
今日も朝から調子の悪い溶接機械の修理に入っていた私の元に、二人の男性が訪ねてくる。
「いたいた! なあ、あんた兵器開発のナマエだよな」
「俺たちのこと覚えてる?」
そう言って私の前に立ったのは、ジュノンで一緒にサファイアウェポンと戦ったあの二人だった。
私は近くで座っているダークネイションにこの二人は大丈夫だよと伝える。すると彼はお利口に座ったまま、耳をピンと立てた。
「お久しぶりです! 勿論覚えてますよ。無事で何よりです!」
私は工具を置いて立ち上がると二人と握手をした。サファイアウェポンを撃破したあの日、別れ際に交わした以来だ。
「ジュノンはこっちほどじゃないからな。場所によってはライフストリームに破壊されたりもしてるけど」
「俺たちもこの街を作るために招集されたんだ」
二人は服装こそ警備兵の格好だったけれど、あのいかついヘルメットは被っていない。だから顔がすぐに分かった。
「そう言えば最初の頃、神羅軍が独立して街の復興を担うという噂がありました。いつの間にか聞かなくなりましたけど」
それはエルミナさんが近所の人達から聞いたという噂だ。何か知ってるかいと聞かれたけれど、ルーファウスが考えそうなことではないということしか私には判断できなかった。
「ああ、それはリーダーが死んだからだな」
「亡くなった?」
「カイルゲイト中尉のことは……まあ、知らないなら越したことないな。中尉が突然新しい街を作るとか言い出したかと思ったらボランティアを集めて、俺たちジュノンの兵もミッドガルに呼ばれてさ」
「でも突然死んだんだよ。カームで火災があったのは知ってるか?」
カームの火災。
私は遠目から見た一件しか知らないと言うと、多分それだと彼らは答える。
「カイルゲイト中尉は一言で言うと残虐なクソ野郎で、あの人の部下にだけは絶対になりたくないってみんな言ってた。火災の原因も、誰かの恨みでも買ってたんじゃないかって言われてるよ」
「偉そうに演説なんてしちゃってさ。本当にあの人が考えた計画なのかも怪しかったよ」
二人は口々に、そのカイルゲイト中尉という男について悪評を語った。
どうやら中尉はカームの中でも有数の資産家の家系に生まれて今ではその当主らしく、人をいたぶる為にわざわざ軍に入ったとまで言われていたらしい。
そんな人が街の復興を計画するとは思えないし、何より復興はルーファウスのアイディアだとツォンさんが言っていたのは何だったのだろう。
ーーもしかして、ルーファウスを誘拐したのはカイルゲイト中尉だった? それをタークスは知っている?
「ああ、そういやジュノンの社員達はみんな元気だよ。兵器開発のメンバーはこっちに作業機械を送るのに色々走り回ってくれてる」
「その中にあんたがいないなと思って聞いたら、ミッドガルでも魔晄キャノンの作戦に携わってたんだってな」
私が考え込んでいるのを見てか、二人は話題を変える。それを聞いて、私は今となっては懐かしいジュノンの仲間達を思い出して安心した。
「良かった……。皆にも会いたいです。それにこの作業を手伝って欲しいくらいですよ」
そう言って私は苦笑を漏らす。
次から次へと私の元にあらゆる作業機械が持ち込まれてくるけれど、武器や兵器とは勝手が違うので実は苦戦を強いられていた。日々が充実しているだけマシだけど。
「向こうから機械を持ち出すのはリーブ統括が音頭を取ってるんだ。そっちが落ち着いたら兵器開発の人達もこっちに送られてくるかも」
「でも分からねぇよ。みんな病気にはなりたくないからな」
「病気……例の、謎の奇病ですよね」
このしばらくの間に新しい街にも、身体や顔がところどころ黒ずんでしまった具合の悪そうな人が増えてきている。
路地裏で力なく寝そべる人。遊ぶ気力を失って肩を寄せ合う子供たち。そして時には眠るように星に還って行く人ーーそんな人も少なくなかった。
「少し前まではカームの診察所に運んだりしてたんだけど、そこの医者が最近は留守にしてることが多くて」
兵士は困ったように、やれやれと肩を竦めた。
「患者は増えていくけど治療法が分からない。キルミスター先生はどっか別のところで病気の研究をしてるらしくて不在にしてるんだけどさ、その間病人たちはただ寝て待つしかないんだよ」
「病気の人、増えてますもんね」
「ああ、この街にもあちこちにいるだろ? でも正直薬なんて神羅にしか作れないんじゃないかな……」
「その神羅が今じゃこの有様だから……」
そこまで言って、二人はついに沈黙する。
きっと世界の誰もが思っていることだろう。この事態を引き起こしたのを神羅カンパニーのせいにする人ばかりなのに、皆結局神羅に期待している。
もしルーファウスが生きていることを公表すれば、人々が彼に対して更なる恨みと期待を背負わせるのは目に見えている。
でもルーファウスはきっとそんなこと分かっていて、街の再建を計画したりしているのだろう。
彼が病気のことを知っているかは分からないけれど、もし知っていたらきっと打開策を考えているに違いない。
ーールーファウスこそが神羅カンパニー。彼こそがこの星の希望。
私は側に寄り添ってきたダークネイションの背中を撫でる。
考えすぎないよう努力しても、やっぱりいつだって頭に浮かんでくるのは愛する彼のことばかりだった。
仄暗い洞窟の中で硬いベッドに仰向けになった俺は、何をするでもなく頭上に広がる岩肌を眺めていた。
なにせ折れた肋骨や踵は相変わらず痛むし、ミュッテン・カイルゲイトやその仲間に暴行を受けたりと散々だったからだ。
ここに連れて来られてひと月も経つ。
俺をカームから連れ出したのはキルミスターというカームの町医者で、元神羅カンパニー科学部門スタッフーーしかも宝条の部下の更に下ーーという怪しい男だった。
キルミスターは俺を手懐けようとでも思っているのか、生かさず殺さず、最低限の怪我の治療を施してあとはこの洞窟に閉じ込めた。
この洞窟には俺以外にもキルミスターの患者が何人か暮らしている。俺を除いた彼らは皆病気ーー今までに見たことがない、黒い膿を頭や身体から出すものーーで、街から隔離されてきたらしい。
彼らの病気は今のところ俺にはうつっていない。だがその口ぶりとキルミスターの話から、この病は今はミッドガルだけでなく新しく作られ始めた街にも蔓延しているということだった。
「……無事でいてくれ」
いつだって脳裏に浮かぶのはナマエの事ばかりだ。手元に置かないと決めたのは俺自身なのに。
だが、結果的に側にいなくて良かったと思える。初めの内に身を寄せていたカームの家に連れていっていれば、俺が拉致された時に最悪ナマエは殺されていたかもしれないからだ。
俺はナマエを危険に晒すことしかできないのだろうか。
今回は離れていたからこそ彼女を巻き込まず済んだのだから、それが真実だと思えた。
そこまで考えて、俺は大きくため息をついた。こうでもしないと悪い方にばかり考えてしまう。
本当に、俺らしくない。
キルミスター曰く新しい街の再建計画は順調に進んでいるらしい。俺を最初に拉致したミュッテンはそれを自分の手柄にしようとしていたらしいが、奴は仲間割れの結果殺された。
しかし俺は新しい街をこの目で見ることができるのだろうか?
ここに至るまでに色々なことが起こりすぎて、多少の事では動じない俺もさすがに疲れた。もしやこの星は、神羅が犯した罪を俺に償えとでも言いたいのだろうか。
そう思いたくなるくらいの出来事が続いている。
怪我が完治していないこともあって、この湿っぽい洞窟の中で俺の気分は鬱々としていった。
早くここから出ないとならない。
しかし、用心深いキルミスターはなかなかその隙を与えてくれなかった。
「どうして、ただお前と共に在りたいというだけの俺の願いは叶わないのだろうな」
握り締めた手には、いつでも臨戦態勢を取れるように指抜きのグローブを嵌めている。ナマエから貰った、大切なものだ。
きっと彼女は俺を心配していることだろう。
あんなに離れるなと言っておきながら自分から離れた手前、もし無事に再開することができた時どんな顔をしたら良いのか分からない。
だが、今はただナマエに会いたかった。
お前はこんな自分勝手な俺を、許してくれるだろうか。
朝から大雨が続いている。
復興作業も一時中断となるほどの悪天候で、私は一人作業機械を格納している仮設倉庫にいた。
そこへ何週間かぶりに顔を出したレノが、驚くべき知らせを持ってきた。ルーファウスを監禁しているキルミスターという男と接触したと言うのだ。
「キルミスターって、カームの町医者?」
「なんでナマエが知ってんだよ、と」
機械を拭き上げながら私が聞き返すと、レノは不思議そうに首を傾げる。
「知り合いに聞いたの。でもなんでその人が社長を?」
「さあ。とにかく胡散臭い医者だよ」
「社長は無事、なんだよね……?」
私は足元に擦り寄ってくるダークネイションを見下ろしながらレノに問う。少しだけ、返事を聞くのが怖かった。
「キルミスターが向こうを出たって言う一週間前まではな。でも明日には分かるぞ、と」
「え?」
「これからオレが迎えに行く」
レノは彼らが使っている軽トラックのキーを掲げて揺らした。
迎えに行く、ということは……彼が帰ってくる。
ルーファウスに、会える。
「私も行く!」
足元でダークネイションが吠えた。彼だって主人に会いたいはず。
しかしレノは首を横に振った。
「この天気だし道がどうなってるか分かんねぇ。オレとルードで行く」
「なんで! 私だって社長が……!」
「きみの仕事はここで待つことだ」
突然話に割って入ってきたのは、いつの間にかこの仮設倉庫に来ていたらしいツォンさんだ。
「もうずっと……待ってますけど」
私はムッとしてそう言い返す。最後にルーファウスと言葉を交わしてからもう三ヶ月以上経っているのだから。
するとツォンさんは困ったように眉を下げる。どうも最近の私はよくツォンさんを困らせているような気がした。
「社長がお戻りになったら、一緒にクリフ・リゾートに移ってもらう。それまであと少しだけ辛抱してほしい」
「クリフ・リゾート? 保養施設の?」
クリフ・リゾートというのは確か神羅カンパニーが所有している、社員向けの保養所がある地域の名前だ。山あいの土地にロッジが建つ場所だとは、入社後に福利厚生の説明を受けたときに聞いた記憶がある。
ただ保養地といえばコスタ・デル・ソルのような海辺の方が社員には人気だったので、クリフ・リゾートに行ったことがある人の話は聞いたことがない。
「カームに我々が持っていた家はもう使えない。かと言ってまだ身体も万全ではないだろう社長に休養していただくのに、ミッドガルはあまりに不便だ」
ツォンさんはまるで駄々をこねる子供を諭すような口調で私に語る。
「クリフ・リゾートは療養施設として改装しているところなんだ。社長にはそこで身体を休めていただきながら、今後も我々を導いていただく。きみはそんな社長に寄り添って差し上げろ」
私が頷くのをじっと待つツォンさんに向けてダークネイションが唸っている。私の気持ちを分かってくれて、代わりに怒ってくれているのかもしれない。
「ディー、ありがとう」
私は屈み込んで、歯を剥き出しにして低い声で唸るダークネイションを撫でる。そしてその艶やかな毛並みをさすりながらツォンさんを見上げた。
「連れて行ってくれないなら勝手に追いかけます。車なら用意できますから」
「お前、本気かよ!」
ツォンさんの隣でレノが声を上げる。
「モンスターが出るかもしれないし、悪路の中では並の運転技術では辿り着けないかもしれないぞ」
「ならそれまでですね。私は荒野のど真ん中でのたれ死ぬでしょう」
私はダークネイションの広い肩に腕をまわして抱き寄せる。
こうしていると強くいられる気がした。
ツォンさんはレノと顔を見合わせてから、しばらく考え込んでいるようだった。
そのうちに深いため息をついて、腕組みすると目を閉じる。
「……きみはもう少し聞き分けがいいと思っていたのだが、まさかタークスを脅すとは」
その眉間には深いしわが寄せられていて、彼の苦悩が伝わってきた。でも今回だけは私だって譲れない。
愛する人が酷い目に遭っているのをただじっと待っているなんて、もうこれ以上出来ない。
ツォンさんはレノに向き直ると腕組みを解いた。
「レノ、ナマエを連れて行け。……社長への言い訳は考えておく」
「まじすかぁ!? まあ、主任の命令なら逆らえないぞ……と」
「ツォンさん……レノ……」
私はゆっくり立ち上がると、二人の顔を順番に見る。
ツォンさんは相変わらずの険しい表情で、レノの方は目を丸くしながらも口元は笑っていた。
「ありがとうございます!」
私が駆け寄ると、それでもツォンさんはまだ顔を顰めたまま。
視線を逸らした彼は、私だけに聞こえるくらいの声で小さく呟いた。
「男には、時に見せたくないものもあるんだがな」
「……どういうことですか?」
「なんでもない。虚栄などは不要と分からせるのも、きみの役目かも知れんな」
今度は私の方が怪訝な顔になると、ツォンさんはそう言い残して雨の中へと出て行く。
「まぁオレは良いと思うけどな。社長ももっと甘えたら良いんだよ」
レノはまた軽トラックの鍵をちらつかせた。
「あとさ。オレ達の前では別に名前で呼んだって良いんだぞ、と」
そう言ってレノはドアノブに手をかける。キルミスターを待たせているから、と言って彼は雨の中へ駆け出した。
私とダークネイションも顔を見合わせてからその後へ続く。
外はバケツをひっくり返したみたいな土砂降りだったけれど、そんなこと気にならない。
ただ一秒でも早くルーファウスに会いたい。私にあるのはそれだけだった。
そんな私達は、この時彼の身に更なる災厄が降りかかろうとしているなんて、想像もしていなかった。