いよいよ魔晄キャノン砲をミッドガルに移設する作業が始まった。
キャノン砲はいくつにも分解され、ゲルニカ飛空艇で吊り上げられたり重すぎるものは運搬船を使って運び出される。
私は八番街での取付作業やその後の調整に携わるため、一足先にミッドガルにやってきていた。
とは言えすでに始まっている足場の組み立てやミッドガルでの事前準備は本社の兵器開発担当達が取り掛かってくれているので、キャノン砲が運び込まれてくるまで私にすることは無い。
では何故まだキャノン砲が届くまでに数日かかるのに、わざわざ休みを貰ってまで私がここにいるのかというと……。
「待たせたな」
ここは伍番街ステーションの駅前広場。
ハーフリムのボストンフレームサングラスをかけ、ブラウンのレンズ越しに私に目配せしながら片手を上げるのは待ち合わせの相手。
いつもは黒いシャツの上に白いスーツというスタイルのルーファウスだけれど、今日は袖捲りしたライトブルーのコットンシャツにオフホワイトのチノパンというラフな出で立ちの彼は、それでも滲み出るオーラが隠しきれずにまるで映画俳優でもそこに立っているのではないかと思わせる雰囲気だ。
正直言って、かなり目立つ。本人は市井に溶け込んでいるつもりなのかもしれないけれど。
せめて帽子は必要だったかもしれない。
「おはようございます、ルーファ……えっとどうしようかな……」
こんなナリの彼を"ルーファウス"なんて呼んだら、周りの市民達には彼の正体がすぐに分かってしまうだろう。
今日はなんと多忙な彼もスケジュールをかなり無理やり空けてくれたらしく、二人で出かける事になったのだ。
要は初めてのデート。
だからこそ今日一日くらいは穏便に済ませたい。
「どうした? まさか社長などと……」
「ちょっ、だめだめだめ! しーっ……」
怪訝な顔で首を傾げるルーファウスの口を、慌てた私が無理矢理手で塞ぐ。
「むっ……なんだと言うのだ」
「ご自分がかなり目立つということに気がついてないんですね……?」
「なんでだ。私服だろう」
苦しそうなルーファウスの口元から手をどかしてあげると、彼は至極不満だと言いたそうに眉を動かした。
「人間にはオーラってものがあるんですよ。とにかく、今日は別の呼び方を考えないといけません」
「ふむ……まあ、お忍びということならそれも有りか」
まだ何か言いたげではあるものの、顎に手を当てて口を閉じるルーファウス。
「で、なんと呼ぶ?」
「どうしましょう。呼ばれたい呼び方とかありますか?」
ルーファウスは少し考え込んだあと、前を向くと歩き出した。
「歩きながら考えておく。街中にヒントがあるかも知れん」
「分かりました……ではとりあえず保留ということで」
すると彼は隣を歩く私に向けて、軽く曲げた腕を近づけてくる。
どうやら腕を組んで歩こうということらしい。紳士な彼らしいそのさりげない行動に私は自然と笑みが溢れる。
そっと手を伸ばして彼の腕に絡ませると、ルーファウスは満足そうにフンと鼻を鳴らした。
「で、鉄道に乗ってどこへ行くんだ?」
ミッドガルでどうしても行きたいところがあるとだけ話しておいたので、彼は私の目的地を知らない。
今日はまず午前中にその私の用事を済ませる算段だ。
「スラムです。伍番街スラム」
「ほう……スラムか」
「まずかったですか? 護衛は絶対つけないと言ってたので、ちょっと心配だったんですけど……あなたが、何処へでも一緒に来てくれると言っていたので」
「……ん? ああ、構わない。ただ、久しいなと思っただけだ」
この街を支配する人とは言えど、彼には貧困街など縁がなくて当然だ。
ちょうどホームに列車が入ってきたので私たちは連れ立って乗車する。この時間のスラム行きは空いていて、二人並んで席に座ることができた。
「ところで」
組んでいた腕から私の手を取ると、ルーファウスは自分の膝の上に置いて握ってくれる。
「さっきのは良かった」
「え? 何のことですか?」
ルーファウスは私の手に指を絡ませながら、またフンっと鼻を鳴らして不敵に笑った。
「俺の呼び方だ」
そう言われて、私はさっき何と呼んだっけかと頭を捻る。
「私、さっき『あなた』って言いましたっけ」
するとルーファウスは口の端を上げた。
「今までもたまにそう言うときもあったと思うんですけど」
「あえて呼び名として使われるとそれはそれで良いものだと思ってな」
「……なるほど? じゃあ今日はそう呼びますね」
こんなもので良くて本当に助かった。ハニーとかダーリンとか……そんなのでなくて。
「練習してみろ」
「えぇ…普通に言えますって」
「良いから」
どうしてこうも強引なのか。しかしこれが彼らしさの一つなので仕方ない。これが惚れた弱み、というのかも知れないけれど。
「えっと……あなた?」
こうしてわざと言わされると何だかとても恥ずかしい。
ルーファウスは言われたくせにすぐ反応してくれず、サングラスの奥で目を伏せていた。
「……何か言ってくださいよ」
「噛み締めていた。それだと敬語が活きるな」
通路を挟んだ向かいの側は空席なので、地上へ向かう暗いトンネルの中で真度に映った私達の姿を見る。
手を繋ぎ肩を寄せる二人は、どこから見てもよくいる普通のカップルと変わらない。片方がやけに目立つ、ということは別にして。
「……ふふ」
「何がおかしい?」
私が小さく笑うとルーファウスに顔を覗き込まれた。
一応身分がバレないようにしてきて下さいとは頼んだけれど、むしろ身分を隠してますと言いたいようにしか見えない格好のルーファウス。
それでも彼なりにこの状況を楽しんでくれているらしいのが分かって嬉しくなる。
なんだって、せっかく休みを合わせたのだから。
「もう楽しいです、今日のデート」
くすくすと笑い声を堪えながら私が言えば、彼は少ししてから、まだまだこれからだと言って同じように笑ってくれた。
スラムの駅に着くと、プレートの上とは打って変わって土ぼこりの臭いがした。
駅の周りには屋台が出ていて、こんな早い時間から酒を飲む中年達やコーヒースタンドで井戸端会議に花を咲かせるおばさまたちの姿が見られた。
空の上にはあんなものが浮かんでいるのに、肝心のその空が見えないのだから気にならないのかも知れない。
私は携帯端末を出して、事前に調べておいた地図の画像を開いた。
「こっちです。そんなに遠くないみたいですよ」
「分かった」
また彼の腕に手をかけて歩いていると、すれ違うスラムの人達にはちらちらと私達の様子を伺ってくる人も多い。
いくら私服とはいえ、貧しい人達の中を歩けば目立つ格好だ。もう少し地味にさせるべきだったのだろうかとも思うけれど、どんな服を着てもルーファウスは変わらなそうだとも思った。
「その内慣れるさ」
隣を歩きながら、ルーファウスはそんな目線を気にも留めていない様子だ。さすがの肝の座り具合と言うべきなのか、私も少しは見習おうと思わさせられる。
そうこうしている内に私達はスラムのメインストリートを抜けて、目的の場所に到着する。
「……リーフハウス?」
ルーファウスが読み上げたのは、薄いテラコッタとレンガ造りの建物のドアに掲げられた木製のプレートだった。
二階建ての、スラムの建物にしては比較的大きいこの一軒家からは、子供達がはしゃぐ声や喧嘩する声が聞こえてくる。
私はリーフハウスの外観を見回してから、窓の中の様子をそっと伺う。
目の前を廊下を走り回る子供達が通り過ぎて、けらけらという笑い声が漏れ聞こえてきた。
「孤児院か」
「はい。そうみたいです」
「そうみたい? 用があるのはここではなかったのか?」
てっきり私が見知った場所に向かおうとしていると思っていたのだろうルーファウスが小首を傾げる。
「ツォンさんに頼まれたんですよ。ここの様子を見てきて欲しいって」
「……ツォンが?」
ルーファウスは更に怪訝な表情を浮かべた。確かに、あのタークスの主任ツォンさんとスラムの孤児院には何のつながりもなさそうだと私も思う。
けれど、ツォンさんをお見舞いしにアンダージュノンにある診療所を訪れたあの日、帰り際に彼からお願いされたのだ。
理由は話したくなさそうだったから、追求しなかったけれども。
「ああ、なるほど」
ルーファウスの方にはどうやら心当たりがあるらしく、少し考えた後に一人で納得しはじめた。
逆に私が疑問を浮かべた顔をしていると、彼はリーフハウスを見あげて話し始める。
「あいつは伍番街スラムに思い入れがあるんだろうな。ずっと見守ってきたから」
「ツォンさんが、スラムをですか?」
「正しくは、スラムに住む一人の女を……だがな。今はもうその任務は解かれたが、社としての命令だった」
「そうだったんですね……」
どうやら、私には想像できないほどの複雑な事情があるらしい。
ツォンさんはタークスになってから長いらしく、それこそ公にできない任務も沢山こなしてきたのだろう。
おそらく明るい任務ではないはずだけれど、そんな中で彼はどんなきっかけでこのスラムに少しでも愛着を持ち、この場所を見守ろうと思ったのだろうか。
今の私には、それを確かめる術はないけれど。
そうこうしていると、中から走り出してきた子供達がリーフハウスの外に置かれたテーブルに集まってくる。
彼らはそこにあった一台のラジオを囲んで、一番背の高い男の子がスイッチを押した。
すぐにラジオからは音が聞こえてくるものの、どうやっても聞き取れないくらいざわざわした雑音ばかり。
子供達は皆顔をしかめて、一斉に騒ぎ立てる。
「なんだよー! 調子悪いじゃん!」
「これじゃ全然聞こえないよ!」
「ちぇっ、昨日は機嫌よかったんだけどなあ」
どうやらラジオは壊れているらしい。彼らの口ぶりを聞く限りでは接触がおかしいのだろう。
「ちきしょー! 楽しみにしてたのにさっ」
「先生が新しいの買うのはちょっと待ってって言ってたよ?」
「仕方ないだろ、安物買ってもまたすぐ壊れるんだから」
ルーファウスは彼らの様子を興味深く観察している。彼自身はきっと子供の頃から何でも望むものは手に入っただろうから、ラジオひとつにこんなに騒げる彼らが珍しいのかもしれない。
私はふと思い立って、ルーファウスに少し待っていて欲しいと頼むと彼らの元へ歩み寄る。
子供達は私に気がつくと、皆怪訝な顔を浮かべた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
いきなり知らない大人が話しかけてくれば皆こうなるのは当然だ。
私は努めて感じよく、彼らとラジオを見比べて言う。
「そのラジオ、もし良かったら見せてもらえるかな? 出来れば、工具もあると良いんだけど」
すると私の言いたいことが分かったらしいその中では一番年長と思われる男の子が、大きく頷いて一度建物の中へ走っていく。
周りの子供達はその意図が分からないらしくて、皆ただ彼の姿を眺めていた。
男の子はすぐに、手にドライバーを何本かとペンチを持って帰ってくる。
私はそれを受け取ると、彼らの真ん中へ入っていってラジオを手に取った。
ラジオは簡単な作りの年代物で、幸いにも中のパーツが欠けているということは無かった。
接触不良の原因である埃を取り去って、取れかけていたコードも巻き直す。
外していた蓋をはめて、ネジを巻いたら修理は完了だ。
電源スイッチを押すと、ラジオからは子供達が好きそうな歌が聞こえてきた。今度は、はっきりと。
「わぁ! すげぇー!」
「まだ終わってなくて良かったー!」
子供達は次々と歓声を上げる。ラジオはすっかり直ったようで私は一安心した。
すると、中からエプロン姿の女の人が出てくる。黄色い眼鏡をかけたその人は、おそらくこの孤児院の先生なのだろう。
「ラジオ、直していただいたんですか?」
彼女は驚いた様子で、子供達とラジオを見てから私に向き直る。
「はい。実は私、機械が好きでして」
「ああ……! ありがとうございます! ほらあなた達、まだお礼を言ってないでしょう!」
「ありがとうございまーす!」
先生が子供達に促すと、彼等は一斉に私に向かって大声でお礼を言ってくれる。なんだかくすぐったい気分だ。
「どういたしまして。お役に立てて私も嬉しいよ」
私はそう言って彼等に手を振ると、ルーファウスの元へ戻る。
ルーファウスは腕組みして私の様子を眺めていたらしい。
「すみません、お待たせしました」
「いや……。良かったな」
そう言ったルーファウスはまだ何か考え込んでいるようだった。
「どうかしましたか? ずっと立っていて疲れちゃいましたよね、ごめんなさい」
「お前はどこに行っても人気者になれると思ってな」
「え?」
「俺とは違うと思わさせられた。……いや、気にするな。ナマエはすごいなと言う話だ」
「あの、ルー……じゃなかった、あなた」
神妙な面持ちのルーファウスの真意が分からなくてつい呼びかけてしまいそうになる。
するとルーファウスはいつもの表情に戻って、くすりと笑った。
「がんばれ。もう少し色っぽく言えるとなお良い」
「……あーなーたっ!」
「ククッ、まさか俺は尻に敷かれるのか?」
ルーファウスが揶揄うので意地になって強い口調で呼んでみる。すると彼は肩を震わせて、口元を押さえていた。
そんな風に聞こえたなら心外なのだけれども。
「機械のお姉ちゃん!」
私達がそんなやり取りをしているところに、先程工具を取ってきてくれたリーフハウスの男の子が寄ってくる。
「これ、おれ達からのお礼!」
そう言って彼は私の目の前に一枚の紙を広げた。
そこには、クレヨンで大きく描かれたおそらく私の顔……と、顔のほとんどがサングラスになっている黄色い髪の丸い顔。こちらはおそらくルーファウスだろう。
そして周りにはチョコボやお花、モーグリやサボテンダーに忠犬スタンプなどのイラストが描かれていた。
「これ描いてくれたの? ありがとう!」
「へへっ。字が書けない奴もいるから、みんなで急いで絵を描いたんだ! みんなあの番組毎週楽しみにしてるんだ」
「そっかぁ……みんなが喜んでくれて嬉しいよ」
少年は白い歯を見せて屈託なく笑う。それから彼は私の隣にいるルーファウスを見上げた。
「この人はお姉ちゃんのカレシ?」
するとルーファウスはふん、と鼻を鳴らす。
最近の子供はませていると言うべきかなんと言うべきか。
「羨ましいだろう」
少年は何度か瞬きしてから、別に? と答えた。
「そうか。まあ、大人になったら分かるさ」
「もう、大人気ないですよ。ごめんね、よく分からないよね」
私はルーファウスの袖を引っ張ってから、少年に向けて苦笑しながら謝った。
その時、少年の向こう側にリーフハウスの壁に飾られた大きな花飾りが目に入る。
それは花で作られたチョコボのイラストだった。
「可愛いー! あれチョコボだよね。みんなで作ったの?」
私がその花飾りを指差すと、男の子は得意げに胸を張る。
「そうだよ、すごいだろ! でもなんでか知らないけど全然枯れないんだ。不思議だよ」
「生花なのか。あれだけの花をよく手に入れられたな」
ルーファウスも興味を持ったらしく、私と同じようにその花飾りをまじまじと眺めていた。
「この先にたくさん花が咲いてる家があるんだ。姉ちゃん達も、もし花が欲しければ少し分けてもらえるかも」
少年はそう言って、リーフハウスの向こう側に目をやる。細い小道が続いているけれど、どうやらその向こうにも家があるらしい。
「お花かぁ……そうだ、ツォンさんにお見舞いの代わりにお花を贈っても良いでしょうか?」
「うむ、嫌がることはないだろう。驚きはすると思うがな。その顔が見られないのは残念だ」
ツォンさんと花。あまり似合いの組み合わせではないかもしれないけれど、ずっと大きな怪我で寝てばかりであろう彼の気分を少しくらい明るくすることができるかもしれない。
特に、彼の思い入れが強い伍番街スラムで育った花ならば。
幸いなことにミッドガルの本社からジュノン支社には毎日ゲルニカ飛空艇やヘリで物資が送られているから、そこに入れて貰えば枯れる前に届くだろう。
「行っても良いですか? 私、少し分けてもらいたいです」
「良いだろう。しかしまさか……いや、あり得なくはないか」
ルーファウスは私に頷くものの、何かを考えているようだった。
しかしすぐに顔を上げて、今度は少年に向き直る。
「きみ、ここでの生活はどうだ?」
少年は突然の質問に何度か瞬きしたものの、明るい笑顔を浮かべて大きな声で言った。
「楽しいよ! ここには家族がたくさんいるんだから」
「そうか。家族を大切にしろよ」
「勿論だよ、機械のお姉ちゃんのカレシ!」
そう言って少年は、先生に呼ばれてリーフハウスの中へ入っていった。
「ほら」
ルーファウスが手を差し出してくる。
私が少年からもらった絵を渡そうとすると、彼は少しだけ顔をしかめた。
「違う。手を繋ぐんだ」
「え? あ、すみません」
さっきまでは腕を組んでいたから、まさかこうくるとは思わなかった。
「こっちの方がスラムに馴染むだろう?」
そう言って私の手を握るルーファウスはどこか楽しそう。
子供達が声を合わせて歌うハーモニーを背中に、私達は細い小道に向けて歩き始めた。
少し歩くと、突然視界が開けて一面に花畑が広がる。
「えっ、すごい……こんなに花が!」
私はその景色につい興奮してしまう。こんなに沢山の生花を見ることができる場所は、ミッドガル中探しても無いのではないだろうか。
しかしルーファウスは私の隣で、予想とは違い険しい表情を浮かべていた。
「どうかしましたか……?」
「やはり、俺が足を踏み入れて良い場所ではなかったな」
「えっ?」
「すまないナマエ。ここで待っているから、花をもらうなら家にはお前だけが訪ねてくれないか?」
ルーファウスは目を瞑ると緩やかに首を横に振る。
私はその仕草に疑問を覚えながらも、彼に促されて花畑の奥にある一軒家に向かった。
「すみませーん……」
私が声をかけるとドアが少しだけ開けられて、中から中年の女性が顔を覗かせる。
「なんだい?」
「あの、すみません。リーフハウスの子供達から、お花を少し分けていただけると聞いてきたのですが……」
その女性が疲れた顔をしていたので、私は段々と申し訳なくなってくる。それでも、声をかけてしまったからには最後まで話さないと怪しまれてしまうだろう。
「花かい? ああ、少しなら好きなのを持っていきな。じゃあ閉めるよ。悪いが病人が寝てるんでね」
「あ、すみません……ありがとうございます」
それだけ言うと女性はすぐにドアを閉めてしまった。
病気の人がいるなら、確かに騒ぐのはまずいだろう。私は静かにドアから離れて花畑に向かう。
「どれをもらおうかなぁ」
色とりどりの花達はどれもよく手入れされていて美しい。決して派手ではないけれど、どこか優しくて懐かしい、凛とした美しさだった。
「この黄色い花がいいかな」
花には詳しくないけれど、パッと見て可憐なその花はきっと殺風景な病室に映えるだろう。 そういえば昔ルーファウスがくれた小さな花束にもこの花があった気がする。
あの時は家に帰ってから花の名前が知りたくて調べたはずなのに、沢山種類があったから忘れてしまった。けれど花言葉は印象深かったので覚えている。
「これ、『再会』の花だ……」
早く怪我が治って再びタークスのみんなで集まってほしい。そういう気持ちを込めてツォンさんに贈るならぴったりだろう。
その花に手を伸ばすと、鼻に届いた香りに記憶が呼び覚まされる。
あれは確か、ルーファウスの社長就任を記念するパレードが行われた日、無理やり乗せられた運搬船の中でのこと。
「結局、あの兵士さんとはジュノンで会えなかったな」
花束を贈った人もお花も喜んだね、と言ってふわりと笑った彼女のことは忘れる訳ないのに、あれ以来一度も会えていなかった。
どこかで一度だけ、声を聴いたような気はするのだけれどそれはいつだったか思い出せない。
考えても仕方ないので、思考は頭の片隅に追いやった。
その花を数本摘ませてもらっている内に私はあることを思いつき、もう何種類かの花を少しだけいただくと花畑から出た。
「今日は待たせてばかりですみません」
ルーファウスの元へ戻ると、彼は奥の一軒家に目を向けて呟いた。
「この家には、この星で最後の古代種が住んでいた」
「……えっ!?」
「この家の養子だ。あの母親は育ての親で、実母は昔に死んだらしい」
古代種というのは神羅カンパニーが追い求める約束の地を探すことができる、不思議な力を持ったこの星の先住民族のこと。
「だが少し前にその女も死んだ。今回は不可抗力とはいえ、神羅カンパニーは二度も古代種を手に入れかけたのにみすみす死なせてしまったわけだ」
「それがこの家の……。ツォンさんが見守っていたのって、その人のことだったんですね」
「エアリスが子供の頃から見張っていたから、自然と愛着が湧いたんだろうな」
その人の名はエアリスというらしい。
先程対応してくれたのは養母だというが、あのやつれ具合はきっとエアリスさんを亡くしたからに違いなかった。
「ツォンさん、エアリスさんの家のお花見たら……思い出しちゃいますよね」
私は摘み取ったばかりの花に視線を落とす。
近くの小川で濡らしたハンカチに根元を包んだので、しばらくは綺麗なままでいてくれると思う。
「いや、送ってやってくれ。きっと懐かしむだろう」
「……分かりました」
ルーファウスは穏やかな目でそう言うのだから、きっと彼なりにツォンさんのことを気遣って言っているのだろう。
付き合いの長いルーファウスが送ってやった方がいいと言ってくれたので、私は予定通りこの花をツォンさんに送ることにした。
「しかし思っていたより多く摘んだな」
ルーファウスは私の手元に視線を落として言う。確かに、数本ずつの小さな花束にすれば三つは作れる量を摘ませてもらったのだからそう見えるだろう。
「実は聞きたいことがあって」
「俺にか?」
ルーファウスはなんだ、と言いながら私の顔を見る。
「ご両親のお墓って……ミッドガルにありますか?」
ルーファウスはしばらく面食らったように目を見開いていた。
差し出がましいかもしれないけれど、もし彼が許すのならばこの花を"二人"にも贈りたいと思ったから。
ややあって小さな溜息をついたルーファウスは、困ったように眉を下げて、それでも気分を悪くした様子はない。
「零番街。本社のすぐそばだからそんなにかからない」
「案内していただけるんですか……?」
「ナマエの頼みなら断れない。俺はお前の願いは全て叶えてやりたいと思っているからな」
そう言ったルーファウスは私の片手を取ると、来た道を戻り始める。
「こういう機会でもないと墓参りしようなどと思わないから、蜘蛛の巣でも払ってやるか」
勝気な笑みを浮かべるルーファウスだったけれど、ブラウンのレンズ越しに見える彼の瞳は柔らかくて優しいものだった。