大空洞から飛び立ってから、暫くの間社長と統括達はまたミーティングルームに篭りきりだった。
同行させたアバランチの二人はティファとバレットといい、バレットの方はクラウドと共に壱番魔晄炉で私のガードスコーピオンを破壊した張本人らしい。
スカーレット統括は拷問したがっていたものの、まだ今は一応客人として扱うらしい。
とは言えティファは大空洞から飛び立つときの衝撃で気を失ってから医務室で眠ったままで、バレットはそんなティファに付き添っていた。
私はもし飛空艇内で彼らに会ってしまったら、きっと壊された兵器の事で怒りがこみ上げてしまうので、なるべく人気の無い場所で暇を潰して過ごしている。
操縦士達も疲弊しているので、邪魔するようなことはできなかった。
こんな事なら作りかけの小型武器でも持ってくるんだったと思いながら、私は一人エンジンルームで規則的に動き続ける魔晄機関を眺めていた。
「ここに居たのか。探したぞ」
あまりの暇さに居眠りしそうになっていると、ずっと会議に入っていたはずの社長が顔を覗かせた。
「社長!」
「少し良いか、ナマエ」
私が驚いて椅子から勢いよく立ち上がると、社長はそう言って通路の向こう側に歩いていく。
私が慌ててその後を追うと、彼は通路を通り抜けて甲板に出た。
「あいつらとの打ち合わせは本当に疲れる」
相手がスカーレット統括と宝条博士なのだから社長が不便で仕方ない。
しかし今はセフィロスやウェポンについて宝条博士からの聞き取りは不可欠だし、今後の対策としては兵器開発のスカーレット統括と相談しないと話が進まない。
社長は甲板の柵まで歩いていくと、手摺りに背中を預けて苦笑した。
「北の地でだいぶ頭が冷えた。まずは……お前に謝らないといけないな」
そう言って、社長は真っ直ぐに私を見つめる。
「今現在をもって、ナマエ・ミョウジの大型兵器開発への関与を解禁する」
「それって……」
「お前に辛く当たって悪かった。許してくれとは言わないが、俺に謝罪の気持ちがあることだけは分かってほしい」
社長はそこまで言って目を閉じる。それからゆっくりと開くと、自分の手のひらに視線を落とした。
「俺らしくなかった」
でも私は知っている。
奪われたのは単なる移動手段ではなく、社長の父親が大事にしていた謂わば形見のようなものだったと。
だから社長が怒るのも無理はないと思ったし、実際私はもっと役に立てたはずだった。
毛嫌いしていたって、彼にとっては自分の礎を作った人なのだから。
「私の方こそ申し訳ありませんでした。社長にとって本当に大切なものだったのに……」
「お前が悪い訳じゃない。見ただろう、クラウドは危険な男だ」
タイニー・ブロンコを奪った彼等は、どういう経緯を辿ったのか黒マテリアを手に入れて北の大空洞までセフィロスを追いかけてきたらしい。
セフィロス・コピー・インコンプリート、ナンバリングなし。
それは宝条博士がつけたというクラウドの個体番号。
彼は博士によってジェノバ細胞を埋め込まれ魔晄を浴びせられた……ソルジャーと同じ作り方らしいがとにかく被験体だったという。
それを知ったとき、私は少し神羅カンパニーという組織が恐ろしくなった。
人間を使った実験というのは、モンスターや機械を相手にするのとは訳が違う。
先代社長や宝条博士、先代の科学部門統括やその周りの研究者達は一体何を考えてセフィロスを作り出し、ジェノバという危険な生命体を保管していたのか、私には絶対に理解できないだろう。
「失望したか?」
考え込んでしまった私を見て、社長は肩を竦めて言う。
「神羅に……いや、黙認している俺自身に対してか」
自嘲気味に笑う社長。
そんな顔をして欲しい訳ではないのに。
「使えるものは何でも使う。お前からしてみれば俺も宝条と同類だろうな」
社長は私に背を向けると下に流れる景色を眺める。
「はじめ、俺は神羅を変えるつもりだった。より大きく、合理的に。それから……胸を張って誇れるものに」
「誇れるもの……に?」
「オヤジは狂った科学者達を野放しにし過ぎた。そのせいで何が起こった?
大勢のソルジャーが死に、時に民間人が巻き込まれ、そして今まさにセフィロスはこの星を破壊しようとしている。本物の古代種を失い、ようやく辿り着いた我々にとっての約束の地は崩壊」
次々と社長の口から紡がれるのは悪夢のような出来事ばかり。
その原因を作ったのは神羅カンパニーの裏の顔と呼ぶだけでは足りない、倫理を逸脱した所業の数々だった。
「約束の地を手に入れてそこに新たな都市を建設する。オヤジはただミッドガルの二の舞にするつもりだったようだが、俺はもうジェノバとも古代種ともおさらばできると……豊富な魔晄があれば科学部門の規模も縮小できると思っていたんだ」
「そんなふうに考えていたんですね、社長……」
「しかしそう上手くもいかなかったわけだ。結局俺はまだ何一つ変えられていない」
社長は目の前で拳を握りしめる。
どうにもならない悔しさがひしひしと伝わってきて、私は社長の苦悩を考えると胸が張り裂けそうになった。
少し前まで気まずさもまだあったけれど、社長の誠実な思いがそんなものは全て払い去ってくれて。
今私にあるのは、目の前の彼の重荷を少しでも軽くしてあげたいという気持ちだけ。
「私に出来ることがあればなんでも言ってください、社長」
私はそう言って、社長の隣まで歩み寄ると彼が握り締めた拳を両手で包み込んだ。
前にも一度、同じ想いでこうした事があったように思う。
見上げると、社長の薄青い瞳は僅かに揺れていた。
「ナマエ、俺は……」
しかしその時、激しい突風が巻き起こったかと思うと飛空挺がバランスを崩す。私達の足元は大きく揺れて、二人ともよろけてしまった。
「何事だ!?」
社長は欄干に片手をついてバランスを取りながら、空いた手でふらついている私を抱き寄せてくれる。
『前方に飛行型の巨大モンスターが出現!』
緊迫した操縦士の声が艦内放送用のスピーカーから聞こえてきた。
「モンスターだと? まさかウェポンか!」
おぞましい咆哮が空に響き渡る。
私は必死に社長にしがみつきながら飛空艇の前方を見た。
するとそこには暗紫色の巨大なモンスターが翼を広げて空を飛び回っている姿が見える。
あれは確かに北の大空洞で目覚めた、宝条博士がウェポンと呼んでいた生命体だ。
ウェポンはこちらを攻撃してくる様子は無いものの、警戒しながら飛空艇の周りで翼をはためかせている。
「何が目的だ……」
社長はウェポンを睨みつける。
あんなものを相手にしても恐れる様子がないのだから本当に強い人だと、私は実感させられた。
するとウェポンはくるりと旋回し、飛空艇に背を向けて更に高度を上げる。
高く飛び上がったウェポンの向こう側で、はるか空の彼方が何故か次第に赤く染まり始めた。まだ夕刻には早すぎる時間のはずだ。
その赤い光は徐々に広がっていく。目を凝らしてみると、その中心には黒い点があるようだった。
そしてその点はゆっくりと大きくなっていく。
「まさかあれが……メテオか!?」
社長も同じものを見ていたようで、まだ豆粒くらいの大きさのその黒い物に向かって声を荒げた。
「クソッ……やはり黒マテリアは発動してしまっていたのか」
「黒マテリアがあれを呼んだんですか?」
「ああ。究極の破壊魔法、メテオだ……セフィロスが求めていたものはあれだったらしい。あんなものが衝突すれば、この星にとって致命傷になる」
「そんな……皆死んでしまいますよね!?」
驚く私の顔を一度見てから、社長は両腕をまわして抱き締めてくれる。社長の香りと温もりのお陰で、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「そんな事は絶対にさせない。あんな隕石にもウェポンなどというモンスターにも、我々神羅カンパニーは決して屈しない」
社長が力強く断言するから、私はそんな未来を信じる事ができる。
「セフィロスの野望など必ず打ち砕いてみせるからな」
再び空を睨みつけ、私を抱きしめる腕に力を込めながら社長はそう呟いた。
しばらくして、ウェポンは気が済んだのか空の彼方へ飛び去っていった。
機体も安定したので、社長の腕から解放された私は彼に続いてゆっくりと立ち上がる。
「中へ戻りましょう。皆さん社長を待っているかもしれません」
「ああ……だがその前にひとつ」
社長はそう言って歩き出そうとする私の左手首を掴むので、私はその場に立ち止まる。
彼は手を離してからジャケットの内ポケットを探っていた。そして取り出した薄い小さな箱を開けると何かを取り出す。
「動くなよ」
物騒にも聞こえる言葉が聞こえたので私はとりあえずその場に静止した。
すると社長はさっき離した私の手を再び取ると、手首に細い鎖をかける。
「遅くなったが、今年の分だ」
社長の手が離れると、そこにはゴールドの鎖にピアスと同じ青い石が散りばめられた華奢なブレスレットが付けられていた。
「これって……」
シンプルなのに繊細で美しいブレスレットに私の目は釘付けになる。
「ピアスを気に入ってくれているようだから、同じデザインと素材のものを用意した」
「ありがとうございます。すごく綺麗……」
「渡すのが遅くなって悪かった。ずっと、機会を伺っていたんだがな」
手首を返してみると、陽の光を受けた青い石がキラキラと輝いた。まるで社長の瞳のように、吸い込まれるようなアイスブルーだ。
ふと、ツォンさんが言っていた言葉を思い出す。
ツォンさんの言う通りだったらいいのにと、私はブレスレットに軽く触れた。
「フッ……色々と気苦労をかけたからな。謝罪も込めて」
私の様子を見てか、社長は風に遊ばれる前髪を掻き上げて苦笑する。
そんな事は決してないのに、相変わらず優しい人だ。
「すみません、私の方も用意していたんですがまさかこの出張でお会いするとは思っていなくて、後でお送りするつもりでした」
実は私も社長への今年の誕生日プレゼントはもう作っていたのだ。
会えると分かっていたら、もし彼が私を許せないままだったとしても渡すつもりで持ってきたのに。
「戻ったらお届けしますね」
「そうか……楽しみにしておこう」
どうせまた実用的すぎると笑われるかもしれないけれど、きっと喜んでもらえるはず。
強い風で流れる前髪を抑える彼の手を見ながら、私は彼が喜んでくれる姿を想像し、胸の奥が温かくなるのを感じていた。