『すまない、資料はあまり良いものがないらしい。代わりに詳しい者が同行することになったのだがよろしく頼む』
社長からそんなメールが届いて、詳しい人が一緒に行くのに私も連れて行ってもらえる事に変わりはないのだと思って嬉しくなった。
必要として貰える事が誇らしくて、なんだかくすぐったい。
社長から出発日などの日程も送られてきて、ほぼ同時に課長からも正式な任務として通達が渡された。
課長は目を丸くしていたけれど、先の式典の日にも社長から直接私を出張に同行させると連絡があったらしく、この前よりは驚かなかったと言っていた。
一応私が社長用の武器を作った事は上司達は皆知っているので、その辺りが理由だとは納得しているらしい。
ロケット村というのは昔まだ私が新人の域を出なかった頃打ち上げに失敗した宇宙ロケットの周りに形成された、宇宙開発部門の技術者達が住む村だ。
今回はそこに置いてあるプロペラ機を取りに行くらしいのだが、社長はそこから直に飛行機に乗ってセフィロスを追うつもりらしい。
危険な人物の元へ自ら乗り込むなんてやめていただきたいけれど、きっと彼にはそんな事を言っても無駄なのだろう。前しか向いていない人だから。
なので私はせめて彼を助けるために着いていくことにした。
出発の朝、社長はヘリで私を迎えに来てくれた。
「おはようございます、よろしくお願いします」
警備兵に案内されてヘリに乗り込むと、社長はいつも通り長い足を組んで窓辺に頬杖をついていた。
「ああ、よろしく頼む。資料の事はすまなかった」
「いえ、詳しい方が一緒なら心強いです」
私が着席すると間も無くヘリが離陸する。どうやら途中で車に乗り換えてロケット村まで向かうらしい。
私達の他にも例の同行者や護衛の兵士を何人か連れて行くとのことで、そうなると大人数の移動には車の方が都合が良いからだ。
「詳しい事には詳しいのだが……まあ、会えば分かるな。車で落ち合う事になっている」
社長はあまり気乗りしないのか少し険しい表情を浮かべる。
昔の機体に詳しいなら長年勤めたベテランなのだろうに、何故こんな態度なのだろうか。会えば分かるらしいのであえて聞きはしないけれども。
ヘリは少し飛んだ後目的の合流地点に着く。私はその間、辛うじて見つかったプロペラ機の概要の資料だけ貰えたのでそれを読んでいた。
その機体は名前をタイニー・ブロンコというらしい。
会社がまだ神羅製作所と名乗っていた時代に作られた年代物で、航空機マニアなら喉から手が出るほど手に入れたい代物だろう。
既に私達が乗る車は到着していた。この先は道が険しいところもあるらしく、四輪駆動のいかつい車とトラックがそれぞれ一台ずつ。
トラックの方には警備兵が乗り、帰りはそこにタイニー・ブロンコを積んでいくつもりらしい。
私は社長の手を借りてステップを上り、車に乗り込む。
中で待っていた同行者を見た私はあまりに驚いて、危うく開いたままのドアから下にいた社長の元へ転がり落ちるところだった。
「パ、パルマー統括……!?」
そこには、宇宙開発部門のパルマー統括が後部座席を目一杯使って繕いでいたのだから。
「うひょっ! 社長が言ってた優秀な技術者ってキミのこと〜?」
私が真ん中の列に着席するとパルマー統括は後ろから顔を覗かせる。テカテカと輝くおでこに光る汗を拭きながら、見方によっては愛嬌のあるつぶらな瞳を丸くさせて統括は言った。
「パルマー、兵器開発部門のナマエだ」
「うひょひょ!」
「……ナマエ、タイニー・ブロンコの事は後でパルマーに聞くと良い」
社長は後部座席に冷ややかな視線を送ると私の隣に座る。
どうやらタイニー・ブロンコに詳しい人というのは紛れもなくこのパルマー統括らしい。
確かにロケットがメインとは言え空を飛ぶ物は宇宙開発の人なら得意分野だろう。パルマー統括も昔は神羅製作所で航空機製作に関わっていたのかもしれない。
車が動き出すと、すぐに後ろからパルマー統括のイビキが聞こえてきた。
社長が前に乗っているのにお構いなしだ。社長の方もいつもの事なのか、眉間に皺を寄せているものの起こそうとはしなかった。
「起きているとより煩い」
私が横目で社長の様子を伺っていると、気付いたらしい彼は険しい表情を崩して苦笑いを浮かべた。
「これでもあの機体について今一番詳しいのはパルマーなんだ。我慢してくれ」
「分かりました。私なら大丈夫ですから」
私が社長に苦笑で返していると携帯端末が着信を告げる。メールの着信アイコンがついていたので開いてみると、送信者欄には『レノ』と表示されていた。
『確かに受け取った。サンキュー!』
そんなメッセージと共に、レノが新しいロッドを片手に自撮りした写真が添付されていた。
背景には見たことのないような木々が覆い茂っていて、おそらく無事にゴンガガに到着したのだろうと分かる。にいっと歯を見せて笑うレノは、やっぱり現場に出る仕事が一番好きなようだ。
『良かった! タークス光線もパワーアップさせてるから使ったら感想聞かせてね』
私はそう返信をして端末をしまう。
タークス光線、相変わらずのネーミングセンスだと爆笑されたことは記憶に新しい。
「随分と緩んだ顔だな」
隣からそう言う声が降ってきて見上げると、真顔の社長が横目で私を見下ろしていた。
「す、すみません……」
「画面に食い入ってニヤついていたぞ」
レノからのメッセージと写真が微笑ましくてついつい頬が緩んでしまっていたらしい。そんなところを好きな人に見られたのだからとても恥ずかしくなる。
社長と同行しての仕事なのに気が抜けていた事が良くなかったのだろう。社長はそれきり窓の外に目を向けて、ロケット村に着くまでずっと黙っていた。
私は緩んでいた気持ちを正すべく、もう一度タイニー・ブロンコの概要を頭に叩き込むため資料を読みふけっていた。
ロケット村に到着すると、私達は真っ直ぐにとある家へ向かう。
シド・ハイウィンドと言えば神羅で機械技術に関わる人間なら誰しも一度は聞いたことがある筈の、宇宙開発部門所属の伝説のパイロットの名前だ。
彼の名を冠した超高性能の大型飛空艇があるくらいで、昔発射が不発に終わった宇宙ロケットのキャプテンを務めていたらしい。
そのシド艇長の家にやってきた私達。まず上司に当たる顔馴染みのパルマー統括が様子を伺いに中へ入った。
するとどうやら艇長は出掛けているらしく、シエラという女性が留守番を任されていた。
「うひょ。ナマエくん、タイニー・ブロンコ見る?」
「そうだな、ナマエはパルマーに着いて行け。私はここでシドを待つ」
シド艇長の家の玄関から顔を覗かせたパルマー統括が手招きするので、私は艇長の家にお邪魔する。
社長は外で艇長を待つらしく、警備兵数人とともにその場に残った。
「すみません、お邪魔します」
シエラさんは見たところシド艇長の奥さんかと思ったのだがどうやら助手の方らしい。
落ち着いた大人の女性といった雰囲気で、私達の目的がよく分からず困惑しているように見えた。
「お茶お茶ー! ラードもたっぷりね!」
そう言ってパルマー統括はシエラさんがお茶を淹れようとしている後ろで騒いでいた。
ラードたっぷりのお茶の味を想像してしまうと気分が悪くなりそうだったので、私は聞こえなかったことにした。
シエラさんの手元には複数のカップが置かれている。私達の人数には合わなさそうだけれど、誰の分なのだろう。
奥の部屋に人の気配を感じたけれど、もしかして他にお客さんが来ているのだろうか。だとしたらシエラさんには少し悪い事をしてしまった。
私達の方もこれが仕事だから、仕方ないのだけど。
「うひょ。ナマエくん、タイニー・ブロンコは裏口の先だよ!」
椅子に座って子供のように足をぶらつかせる統括が言う。私が手持ち無沙汰なのに気が付いたのか、先に行って見ておけということなのか。
「分かりました。シエラさん、すみませんが裏庭に立ち入りますね」
「あ、はい。分かりました……」
ティーポットにお湯を入れながら、シエラさんは小さく返事を寄越した。
「わあ、年季が入ってる」
ピンク色の機体は資料で見たものと比べるとだいぶ色褪せていて、所々錆ている。
「これは詳しい人じゃないとうかつに弄れない機体だ」
古い機械というのは簡単な作りになっている分知らないで触るとすぐ壊れてしまう。
この古ぼけたプロペラ機は正しくタイニー・ブロンコで、これを壊してしまえば目的が達成できなくなってしまう。
「エンジン周りがすごい緻密な造り……製作所時代にこんなすごいメカニックがいたなんて」
「あったあった! うひょ、元気だった〜?」
私が機体に目を輝かせていると、ようやくパルマー統括も家から出てきた。
統括はタイニー・ブロンコを目に留めると駆け寄り、懐かしそうにぺたぺたと機体に触る。
「わし、宇宙開発部門なんだけどなぁ」
ふと遠くに見える巨大なロケットに目をやってからタイニー・ブロンコに視線を戻したパルマー統括が呟く。
先程会ったシエラさんも宇宙開発の再開の知らせを期待していたようだし、シド艇長もロケットの様子を見に行っているだとかで、宇宙開発部門の人達は皆未だに遥か遠い宇宙への旅を諦められていないらしい。
自分の立場に置き換えてみれば、それも当然のことだと思う。もし突然新しい兵器の開発を取り上げられてひたすらいつ使うかも分からない兵器をメンテナンスし続けることだけを強要されれば、たちまち気持ちが燻ってしまいそうだ。
私はタイニー・ブロンコの尾翼に近付いてそっと触れる。
見れば見るほどどこもきちんと整備されているようで、すぐにでも飛び立てそうだと思った。
ただしボディの色あせや錆を見るに、これを預かっているシド艇長は、機械部分はメンテナンスするのに見た目は気にしないような人なのだろうか。
「これ、私必要なかったですね」
パルマー統括に聞くと、統括は一見人畜無害そうな笑みを浮かべる。
「わしもだな!」
「でも、パルマー統括が今では一番詳しいって社長から聞きました」
「今では? うひょ、まあそうだな」
統括はコンコンとタイニー・ブロンコの翼を拳で叩いた。
「こいつはプレジデントのお気入りで、何かにつけては自分で整備するって言って聞かなかったんだよね」
パルマー統括は懐かしそうに目を細める。
「本社に写真飾ってあるの、ナマエくんは見たことない?」
「あ……もしかして、ビジュアルフロアの?」
「うひょひょ。あの頃のプレジデント、今の社長にそっくりでしょ」
本社にある神羅カンパニーの歴史が学べる展示室には、確かに神羅制作所時代に先代が使っていた工具やその頃の写真が飾られてあった気がする。
その中に一枚、作業着姿のまだ若い先代が何か機械を整備している写真があったのだ。
(確かに、親子だから当たり前だけど社長に似てたかも)
まだ社長と出会う前に一度見たきりだったので、そこまで注視はしていなかったのだけども、一緒に見た同期達とお二人はやっぱり親子なんだねなんて話をしたような記憶が蘇ってきた。
「懐かしいねぇ」
パルマー統括はしみじみと言いながらタイニー・ブロンコのエンジンをいじっていた。
するとそこへ、家の中から何者かが裏庭へ出てきた。
一人は金髪をまるでチョコボのように逆立てた男。神羅のソルジャーかと思うような服装をしている。
その後ろに黒髪の女性と茶髪の女性。黒髪の方は随分と露出の高い服装をしていて、もう一人はピンクのワンピースに赤いジャケットという対象的な出で立ちだった。
「何ですか、あなた達?」
私が彼らに向けて問いかけると、後ろでパルマー統括がポンと手を叩く。
「うひょっ! お前たち見たことあるぞ。あれは確か神羅ビルで……プレジデントが殺された時だ!」
「なっ……、では彼らはアバランチ!?」
私が統括に振り向くと、なんと三人組はそれぞれ武器を構え出した。
男は大剣、女の内ワンピースの方はレノの物よりも長いロッド、そしてもう一人はいかついグローブをつけた己の拳。
「ちょっと、何ですかいきなり!?」
「それは貰っていく!」
チョコボ頭の男が言う。突然押し入ってきて何を言うんだろうか。
しかし彼らの目は本気だ。私は身の危険を感じて後ずさる。
「け、警備兵!」
パルマー統括の叫び声で硬直していた私は我に返ると、裏庭の低い柵を飛び越えて敷地の外に出た。
「誰かっ! アバランチが!!」
無我夢中で村の中心部を目指して走ると、社長が誰かと対峙しているのが見えた。
「ナマエ……?」
社長は何事だと私に怪訝な目を向ける。社長と向き合っているのは、鋭い目付きをした咥え煙草の男だった。
「大変です! アバランチがタイニー・ブロンコを!」
「何?」
「何だってぇ!?」
社長以上に相手の男の方が大きな声で驚く。この家の前で社長と話していたということは、彼がかの有名な伝説のパイロットであるシド・ハイウィンドなのだろう。
「警備兵はパルマーの元へ急げ! タイニー・ブロンコ回収用にトラックも忘れるな!」
社長は離れて待っていた兵たちに指示を飛ばすとシド艇長を一瞥してから私を見る。
「ナマエはここにいろ。パルマーも護身用の武器くらい持っているはずだ」
「でも!」
「相手はあのクラウド達だろう。危険だ」
「あれがクラウド……」
静かに首を横に振る社長は、今日は彼らと自ら戦うつもりは無いらしいのでそこは一安心だった。しかしパルマー統括は心配だ。
相手は社長とダークネイションを酷い目に合わせたクラウド。
あの自称元ソルジャー1stという男は、何のためにタイニー・ブロンコを奪おうというのだろう。
「なんでいなんでい? オレ様の飛行機を他所モン同士で奪い合うんじゃねぇ!」
シド艇長は状況がよく飲み込めていないながらも怒っていた。
タイニー・ブロンコの所有権は神羅にあるのだから彼の言い分もおかしいのだが、彼のような技術一筋の人間にはこういうタイプの人は結構いる。うちの部署にも職人気質の人は少なくないので、私はそれを知っていた。
社長は鬱陶しそうに前髪を掻き上げるとシド艇長を見た。その青い瞳のなんと冷たいことか。
「君のロマンのために我々は金を払っているのではないのだよ。シド・ハイウィンドくん」
「けッ、二代目バカ社長が……」
「今なんて言いました!?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたので、私は思わずシド艇長に詰め寄ろうとする。
しかしその瞬間、空気を切り裂くようなプロペラ音が響いた。
「な、あれは……!」
思わず空を見上げると、シド艇長の家の裏庭からタイニー・ブロンコが飛び立ったところではないか。
「なぁにぃっ!? あいつら何してやがる!」
シド艇長は大きく仰け反って両手両足をジタバタと振っていた。
タイニー・ブロンコをよく見るとクラウド一味が機体に乗り込んでいる。彼らはパルマー統括から奪い取ったタイニー・ブロンコでこの村から脱出するつもりらしい。
「待てェーーーーッ!」
私達の頭上をフラフラと飛んでいくタイニー・ブロンコに向けてシド艇長が走り出す。同時に警備兵達が機体に向けて銃を乱射し始めた。
「機体に当てるな!」
社長の指示も時既に遅く、放たれた弾丸は薄汚れたピンク色の尾翼やエンジンを貫き、火花が散った。
「何をしている!」
「も、申し訳ありません!」
社長に思い切り睨まれた警備兵が震え上がる。
気付けばクラウド達を乗せた機体は煙を上げながらも、もうずっと彼方遠くまで飛んでいってしまったのだった。
「社長、あの……」
恐る恐る社長の顔を見ようとすると、彼は俯いて拳を握り締めていた。
かと思えば突然振り返って、シド艇長の家に向けて大股で歩いて行く。
バン! とドアを蹴り飛ばす勢いで開け放つと、社長はシエラさんに向けて怒鳴り声を上げた。
「ふざけるな! あれはどういう事だ!」
「え? あの一体何のことでしょう?」
シエラさんはお茶のカップを片付けているところだった。
「シラを切るつもりか? 何故クラウド達を家に入れた!」
「あの人達は神羅の方じゃないんですか?」
どうやらシエラさんは何も知らなかったらしい。確かに悪事を企むような人には見えないが。
「すみません、艇長も一緒に行ってしまったんですね……」
「すみませんで済む問題ではない」
社長はずかずかとシエラさんの前まで歩いて行く。
「お前たちは一体誰から給料を貰って呑気に暮らしている?」
彼はシエラさんを睨みつけ、拳をわなわなと振るわせた。
私は直感的にまずい、と思った。
「この役立たずが!」
社長が右手を振り上げようとした瞬間、私はそこに飛びついた。
「社長、やめて下さい!」
「うるさい!」
社長は私の手を振り払うと吐き捨てるように叫んだ。
そして私に向けて、今まで見たことないくらい冷たい目を向ける。
私はこの瞬間まで忘れかけていた。彼はあらゆる手段を用いて世界を牛耳る神羅カンパニーを作り上げた、プレジデント神羅の息子だと言うことを。
「シエラさんに当たっても仕方ないです……」
私はなんとか震えそうになる声を絞り出して社長に言う。
怒りが収まらないらしい社長は私に向き直ると腕組みをした。
「そもそもお前とパルマーは何をしていた? 何故すぐにあれを回収しなかった!」
「申し訳ありません……」
機体のチェックをしていたのだから仕方ないと言いたかったけれど、私たちがのんびりしてしまっていたのも確かだった。なので言い訳をすることはせず、私は社長に頭を下げる。
「計画は白紙に戻った。一体どうしてくれる」
「本当に申し訳ございません、社長」
社長は大きな溜息をつく。
彼に失望されたと分かって、私は涙が込み上げて来そうになるのをなんとか堪えた。
「パルマーはどうした?」
ようやく落ち着きを取り戻しつつある社長は、開け放したドアから外にいる兵士に呼び掛ける。
「ハッ! パルマー統括は負傷によりトラックにて応急処置中であります!」
「ハァ……どいつもこいつも」
社長は肩を竦めると突然冷めたように家から立ち去る。
私は呆然としているシエラさんに会釈して社長の後を追った。