なんとかレノがゴンガガに向かってミッドガルを経つ前日に、新しいロッドを間に合わせることができた。
それから、社長の壊れてしまったショットガンも元の物を最大限活用して綺麗に作り直した。
この際多少の寝不足は仕方が無い。命を賭けて戦う人達のために、私のような役割の人間がいるのだから。
私は上司に許可を取って、久しぶりにミッドガルの本社にやってきた。
レノからは、今日は任務の準備で不在にしているから受付に預けるよう言われたのでその通りにし、私は社長への取次を受付に依頼する。
「ジュノン支社兵器開発部門のナマエ・ミョウジさんですね。お伺いしております」
とびきり美人な受付嬢は、私用にとセキュリティカードをくれる。
よく見るとそれは貸出用のゲストカードではなくて、きちんと私の名前が印字されていた。
「69階以上のロックが解除できるように設定されています。次回からはこちらをお持ちいただいて直接上へ向かってください」
「……え? あ、分かりました、ありがとうございます!」
69階と言えば重役専用のエグゼクティブフロアだ。その上は最上階で、先代の名を冠したプレジデントフロアーー要は社長室となっていたはず。
私は受付嬢の、一般社員が何故と言いたげな視線から逃げるようにカードを受け取ると、小走りで高層階用エレベーターに向かった。
「ひゃー、すごい景色」
ガラス張りのエレベーターはミッドガルの整然としているようでどこか歪な街を見下ろしている。ゆっくりと上へ向かうこの箱の中で、私は小さくなっていく景色を食い入るように見ていた。
69階に着くとそこでエレベーターは終わり。貰ったばかりのセキュリティカードを通すとあっさり扉が開いた。
70階へはここから階段で向かわないといけないらしい。そんな風に凝った造りになっているのは、先代社長の意向なのだろう。
真新しい赤い絨毯が敷かれた階段を一段一段踏み締めると、自然と背筋が伸びる。この絨毯は先代社長が殺害された折に染み付いたジェノバの体液が落ちずに一新されたということは、私が知る由も無いけれど。
魔晄都市ミッドガルの頂上、この世界の頂点。ここはそんな場所に繋がっていると、正にそう感じさせられた。
「失礼します、社長。ナマエ・ミョウジです」
階段を上り終えるとそこは社長室。開けたフロアの奥は一面ガラス張りで、中央には広いデスクが置かれている。
そこで頬杖をつきながら書類に目を通していたのは、勿論この部屋の主だ。
社長は顔を上げると書類をデスクに置く。
「わざわざすまなかったな」
「いえ、久しぶりに本社に来られて良かったです」
こういうきっかけでも無いとミッドガルに来る機会も無いので、良い気分転換にもなる。
それに何より、社長が社内で仕事をしているところを見るのは初めてなのですごく得をした気分だ。
「早速ですが、こちらを」
私は社長の向かいまで進むと、デスクの上にジュラルミンケースを置く。
社長はそれを手前に引き寄せるとケースを開けた。
中には勿論私が作り直した社長専用のショットガンが納められている。
社長は銃身を眺めて口の端を上げた。
「相変わらず良い出来だ。よく作り直してくれた」
そう言うと社長はショットガンを取り出す。艶めいた黒いボディは私が最後の仕上げに磨いたものだ。
「ボディは元の物を溶かし直して作りました。パーツも使える物は再利用したので、ほとんど元の物と同じと思っていただいて大丈夫です!」
なんと言っても社長がそう望んでくれたから、ここは腕の見せ所だと思って本気で取り掛からせてもらったのだ。
社長は満足そうに頷くと、ショットガンを傍に置いた。
「やはりナマエに頼んで正解だった。今度こそ大事にする」
「はい。でもまた壊れたりしてもちゃんと言ってくださいね、直しますから」
「ああ。約束しよう」
社長の背中越しに屋上のヘリポートが目に入った私は、ここで社長が戦ったのかと思いを巡らせる。本当に社長が無事で良かったと思わざるを得ない。
「出てみるか? 初めてだろう」
私の視線の先を追っていたらしい社長が言う。
「着いてこい」
言われるがままに社長の後を追って外に出ると、眼下に広がるミッドガルの街並みがまるで模型のように見える。
「すごい景色ですね……」
プレートが崩落した七番街と建設途中の六番街は、その下にスラムの集落や積み上げられた瓦礫まで見える。
街の周りを囲む壁の向こうには、乾いた大地が広がっていた。
「よく見えるだろう。これが我々神羅カンパニーが支配する世界だ」
隣に立つ社長の垂れた髪が風に遊ばれている。風が強いせいか、社長は目を細めて遠くを見つめていた。
「……社長はこんな途方もないものを背負っているんですね」
神羅カンパニーという会社だけではなく、ミッドガルの街、そこに住む人々、ジュノン支社の私達や各地の魔晄炉とそれに携わる人達。その全てをトップに立つ僅か30歳の社長が背負っている。
もし自分が彼の立場になったらと思うととても耐えられそうにない。
しかし実際にその重圧を受け止めているはずの社長は、揺れる前髪をさらりと掻き上げて軽く笑った。
「フッ……このくらい受け止められずどうする」
私は社長を見上げる。そうすると背の高い彼も視線を落として私を見た。
「子供の頃からそう教えられてきたからな。生憎この生き方しか知らない」
常にトップに立て、世界を背負えと育てられてきた御曹司。ただの二代目だ七光だと噂する下賤な人々には、彼の気持ちは一生分からない。それでも彼はそんな事気にも留めないのだろう。
(なんて強い人……)
冷たく見える社長の瞳に込められた強い意志は、その覚悟を物語っているようだった。
「俺は、オヤジにも出来なかったその先まで手に入れる」
青い瞳の奥に見え隠れする野心の炎。それは正しく、彼に流れるのは父親と同じ神羅の血だという事を実感させた。
「その為に海を越えて、更に遠くを目指す。セフィロスが向かう先はここから遥かに遠い場所のようだ」
「約束の地、でしたっけ」
「ああ。飛空艇やゲルニカ、ヘリもあることにはあるが、機動力や移動距離を考えれば少しでも移動手段の種類は多い方が良い。次の目的地へ向かうには、ヘリでは遅いが飛空艇では図体が大きすぎる」
社長は雲の多い、灰色の空を見上げる。このミッドガルでは唯一何も遮るものが無い、一面に広がる空。
「ナマエ、また俺と共に来てくれないか? ロケット村まで古い航空機を一台取りに行くんだが、お前ならその場でメンテナンスできるのではないかと思ってな」
「航空機、ですか?」
「ああ。飛空艇やゲルニカのような大掛かりな物ではなく小型のプロペラ機だがな。資料があると思うから後で送らせる」
戦車のようなものなら触ったことがあるけれど空を飛ぶものについては全く私の管轄外だった。けれど社長に頼られたとなっては無下に断れるわけもない。
「とりあえず、資料を見てから考えてもよろしいでしょうか……?」
「勿論だ。だが、事が事だけに信頼できる人間にしか頼めないんだ。良い返事をしてくれると助かる」
社長はきっと、私が自分のお願い事に弱いという事に気が付いているのだろう。私の腕を見込んで信頼してくれているというのも嘘ではないだろうし、そもそも合理的な彼の事だから私が本当に出来なさそうな事ならこんな風に頼んだりしないだろうけれど。
「はい、これも良い機会なので勉強しますね!」
「さすがだな」
「真面目が取り柄ですから」
不敵に笑う社長に負けじと私も笑顔を見せる。すると社長は耐えられなくなったのか、珍しく声を上げて笑った。
その時後ろから物音がして私達は振り返る。すると社長専用の軍用犬ダークネイションが駆け寄ってくるところだった。
「ディー、戻ったか」
社長は腰を屈めると、足元で舌を出すダークネイションの頭を撫でる。
「あれ以来毎日怪我の状態を確認する為に科学部門に診させているんだ。そうは言ってももうほぼ完治しているんだがな」
「良かった……久しぶりだね」
私も社長に習って屈み込んだ。ダークネイションの赤い目は社長の後に私を捉える。
私がダークネイションの首を撫でてやると、彼は気持ち良さそうにグルルと喉を鳴らした。
「ふふ、今日は舐めないでね」
「ん? こいつに舐められたのか?」
私がダークネイションに笑いかけると、社長が顔を上げる。
「あなたが昔出張に行っていた頃、一回だけ科学部門の研究室でこの子に会ったんです。その時にベロっとやられてしまいまして」
その時のことを思い出して、私は苦笑しながら自分の頬を指差す。
社長は驚いた様子で私の頬を凝視した後、ダークネイションに視線を戻した。
「そうか……。ディー、お前という奴はまったく」
社長は言葉とは裏腹で何故か楽しそうに、ダークネイションの頭をわしわしと撫でた。
「そう言えばちゃんとサンダー使えたみたいだね、よしよし」
私はレノの言っていた事を思い出してダークネイションを褒める。
賢い軍用犬には何のことかすぐ分かったのだろう。ダークネイションは触手を揺らして応えてくれた。
「頑張ったね」
そう言って私がダークネイションの背中を撫でていると、社長が私の顔を覗き込んでくる。
「俺もそれなりに頑張ったのだが」
何故愛犬に張り合っているのだろうか、社長はまるで自分の事も褒めろと言わんばかりの視線を送ってくる。
そんな社長がどこか子供っぽくて、私はくすりと笑ってしまった。
「社長も頑張りましたね」
そう言って私は、不敬だと怒られるかも知れないけれど社長の金髪に手を伸ばす。
しっかりとセットされているけれど柔らかく細い彼の髪に手を乗せ、よしよしと撫でてみた。
社長は驚いて目を丸くし、少ししてから可笑しそうに笑った。
「クク……俺は犬か?」
「……そうして欲しそうに見えたのですが」
「フッ、そういう事にしておいてやろう」
私が手を引っ込めると社長は立ち上がって、ジャケットの皺を手で伸ばした。
「お前のショットガン、あれを使いこなせるのは俺だけだろうな」
ヘリポートに目をやる社長は、おそらくクラウドという男との戦いを思い出しているのだろう。
「凄い戦いだったと聞きました。コインもちゃんと使っていただいたみたいで、嬉しいです」
「誰かに聞いたのか?」
「はい。レノから」
私はその戦いについてレノが熱く語る姿を思い出す。社長が縦横無尽に駆け回っては飛び上がりコインを弾く姿。大剣を振り回す男相手に二丁の銃を駆使して戦い抜き、最後はレノ達の操縦するヘリに掴まってその場を去ったという。
出来るならそんな無茶なことはしないで欲しいけれど、社長の勇姿をこの目で見たかったという気持ちも正直なところ、少しある。
社長は何故か少し考え込むと、まだダークネイションの横で屈んでいた私の前に立つ。
「レノ?」
「え? あ、はい。この前会った時に聞きましたよ」
「……そうか。ああ、確かに俺が持って行くよう頼んだな」
社長は顎に手を当てて視線を横に流した。
「レノも怪我して休んでいたんですね」
「あぁ……奴はだいぶ無茶をしたようだからツォンが休みを取らせた」
「でもだいぶ良くなったみたいで、安心しました」
「随分とレノと仲が良かったんだな」
「え? 武器の改造くらいはしてあげましたが、そんなに仲良しってほどじゃないと思いますけど……」
「俺にはそう見えるが?」
社長はふうと溜息をつく。もしかして、タークスは極秘任務が多いから一般社員とあまり距離が近いと差し支えがあるのだろうか。
「あの、社長……」
不都合があれば言ってくださいと言おうと思ったけれど、それより早く社長は私に背を向ける。
「そろそろ冷えてきた。戻るぞ」
「え? あ、はい。すみません、お忙しいのにお時間いただいてしまって」
「……ディー、カム」
社長はダークネイションを従えると先に歩き出す。私もその後に続いて中に戻ると、仕事を中断させてしまった社長とダークネイションに別れを告げて、社長室を後にした。
「……ディー、お前確信犯だったろう」
ナマエが居なくなってすぐ、俺は愛犬を見下ろす。ダークネイションはなんの事やらと首を傾げるので、俺は自分の頬をさすった。
赤い目を何度かまばたきさせて、ダークネイションは触手を振る。
「本当に、お前という奴は」
褒められたと受け取ったダークネイションは、わふ、と小さく鳴いた。まるで普通の飼い犬ではないかと思うと可笑しくなってくる。
しかし護衛の軍用犬に揶揄われるとは、天下の神羅カンパニー社長としてはどうなのかと思った。
しかし人工とはいえ動物は本能によって生きるものだ。主人のためにした事なのだろうから、ここは褒めておこう。
ダークネイションの身体を大袈裟に撫でてやりながら、先程のナマエとのやり取りを思い出す。
「レノ、か」
確か前はレノさん、と呼んでいなかったか。
いつの間にか随分と距離が近くなったらしい二人。それだけなら、どちらも気心知れた仲だから本来喜ばしい事なのかもしれないのだが。
「ククッ、俺はいつまで経っても役職名だぞ?」
副社長、から社長。変わったのはたったそれだけだ。
意味が分からないらしく、ダークネイションが首を傾げる。
正直言ってレノよりだいぶ距離は近いように思えるが、もしや俺よりもレノと親しくなるような事があったのだろうか。
そんな事は、想像すらしたくないのだが。
そこまで考えて、まさか自分にも嫉妬という感情があったことに驚いた。
そもそも、オヤジが死んだ今俺が嫉妬するような立場の相手はほとんどいない。ほとんどのものは金が権力があれば手に入る世の中だ。
ひとつだけ簡単に手に入らないものといえば……それは人の心。
おそらく、レノに罪は無いだろう。勿論ナマエにも。
二人の接点を作ったのは元はと言えば俺自身だ。今は少し、それを後悔しているが。
嫉妬するくらいなら好敵手を超えるだけでいいと、心の中で神羅カンパニーの御曹司として育てられた俺が言う。
しかし一方で、彼女がレノに惹かれているならば無理矢理俺に振り向かせることが果たして彼女の為になるのか、それよりも彼女の幸せを願う方がいいのかも知れないと思う自分もいた。
「俺らしくないな」
後者は普段の自分なら思いつきもしないことだろう。
ナマエが相手となると途端にいつもの冷静で合理的な俺でいられなくなるのは昔から変わらない。
しかしそんな俺が多少強引に物事を運んでも、彼女はなんだかんだ言いつつ従ってくれるのだが。
「少しナマエに甘え過ぎだな、俺は」
ダークネイションが心配そうに見上げてくる。俺は愛犬に苦笑いを返すと、中断したままになっていた仕事に戻ることにした。
これだからツォンに延々と小言を聞かされる羽目になるんだ。
もう少し立場を自覚しろだとか、そんなに気分を左右されるくらいなら早くモノにしろだとか、先日のコスタからの帰りにはそんな事を散々溢された。
無理矢理、金や権利にものを言わせて彼女を手に入れることだけはしたくない。
そんな事をしてはそれこそオヤジと同類になってしまう。
しかしこれ以上どうしろと言うんだ?
甘い言葉を囁けば、真面目な彼女は懸命に応えようとしてくれるだろう。
だがそれでは意味がない。
俺もレノのように、もう少し砕けた態度を取れればどれだけ良かったか。それはさすがに、ルーファウス神羅のプライドが許さない。
「ディー、俺も本当に仕方の無い奴だな」
手元の書類に書かれた内容はあまり頭に入ってこない。どうせ、ほとんどは大した内容では無いのだが。
ダークネイションは俺の足元に伏せると、大きくあくびをした。