「特別賞受賞、おめでとう」
そう言って課長から渡されたのは『目録』と書かれた豪華な熨斗袋。
中にギルが入っている訳ではなくて、賞金は後から口座に振込まれるらしい。
ではこの中身は金額が書かれた紙か何かだろうか。多分気持ちの問題というやつだ。会社側の。
ようやく着慣れてきた作業着に身を包んだ私は、少しの気恥ずかしさを感じながらも課長の前に歩み出る。有り難く目録を頂戴すると職場の先輩たちが拍手してくれた。
神羅カンパニー兵器開発部門恒例行事、社内限定の兵器コンペ。何週間か前に開催されたそれの受賞作品の発表が今朝行われたのだった。
「特別賞かぁ」
何が特別なのかは分からない。
最優秀賞でもなく社長賞でも統括賞でもないけれども、どこか優れているところがあったということなのだろうか。
他の受賞作品の一覧を眺めながら、よくもまあこんな奇特なショットガンが社内コンペで賞に選ばれたなと我ながら思う。
長さの違う二丁を組み合わせて、より長い一丁に変形することができるショットガン。利便性よりも意外性で攻めてみた。先輩にも、新人の内はとんでもない物を発表した方が面白いよと言われたし。
というわけで使いにくさだけで言えば優勝できるだろう変形ショットガンが、私が今回入社して初めての社内武器コンペに出した作品だ。
「前の上司から聞いた話なんだけど」
隣の席から、前にアドバイスをくれた先輩が話しかけてくる。
「特別賞って、社長とスカーレット統括以外の偉い人が選んだものらしいよ」
「社長と統括以外の人、ですか?」
おおよそうちの部門以外の人が注視しているとは思えないこの催しに、わざわざ賞を出す重役とは一体誰なのだろう。
「ハイデッカー統括かラザード統括あたりかもねぇ。ラザード統括、そういうの好きそう」
「確かに、武器に興味がありそうなのはその辺でしょうね」
そうは言っても下っ端中の下っ端である新人の私が、そんな雲の上の人達に真実を確かめる術も無いので、この話をこれ以上掘り下げることはしなかった。
さて、今日も仕事を頑張るぞと気合を入れようとしたその時、ついさっき私を表彰してくれた課長が近付いてきた。
顔を上げると、その手にはまさに私がコンペに出したショットガンの設計図。課長は神妙な面持ちで言う。
「これを一丁実際に作って貰いたいと、業務命令だそうだ」
「……だそうだ、ですか?」
僅かに引っ掛かりを覚えた部分を復唱する。この言い方だと、我が課としての業務命令ではないということだ。
課長は相変わらず神妙な顔付きでうんと頷く。
「なるべく早く作ってくれるか? 他の仕事は他のメンバーに振っておくから、最優先で頼む」
隣の席の先輩と私は顔を見合わせる。よく分からないけど、そう言われるならやるしかない。
「頼んだぞ、上から直々の命令なんでな。すぐ使ってもらえるようにチューンアップして俺のところへ持ってくるように」
「分かりました」
それだけ言うと課長は席に戻っていった。
一体誰が使うのかは教えてもらえなかったけど、気に入ってくれた人がいるなら純粋に嬉しい。
名前も顔も知らないその人のために、私は早速図面をデスクに広げた。
それから丸々数日掛かって、ようやく私は自分が設計した風変わりなショットガンを作り上げた。
しっかりと細部まで動作確認をして、ピカピカに磨き上げれば完成。
これまた特別に作った専用の箱にそれを収めると、神羅に入社してから一年目にして自分で発案した武器を作れるとは私はなんて幸せ者なのだろうという気持ちで一杯になる。
私の作品を選んでくれた人への精一杯のお礼が何か出来ないかと考えても、良い案はなかなか思い付かない。そもそも誰が使うか分からないし。
「……よし、せめてこれくらいは、っと」
もっと良いことが思い浮かばなくてごめんなさい、誰か知らない依頼主さん。
けどあなたが少しでも、喜んでくれますように。
「ご依頼の品が届きました」
ここまで来るのにどういう経路を辿ったかは知らないが、俺が製作指示を出していた物はやはり最後にはタークスの元に届いたらしい。
「ご苦労。そこに置いておいてくれ」
「かしこまりました」
ツォンは相変わらず感情の読めない声色で一礼し、俺のデスクに木箱を置くと部屋から出ていく。
全く持って愛想の欠片もない奴だ。
俺達ももう短くない付き合いになるが、決して馴れ合うことはない。副社長とタークスという、肩書通りの間柄だ。
だが本当に感情が無い奴な訳でもないことは知っているからこの態度を別にどうとも思わない。何より命令には実直な男だ。
それより今は届いた代物を見るとしよう。
木箱は厳重に封を施されている。製作者は極秘の至急案件という意味をよく分かっているようだ。
「ほう。なかなか良いじゃないか」
蓋を外すと、鈍く重厚な輝きを放つショットガンが鎮座していた。その出来栄えを見て思わず口の端が上がる。
早速手に取って細部を確認する。急いで仕上げただろうに、存外丁寧な作りになっていたのには少し驚いた。
……あれは少し前のこと。
暇潰しに眺めていた、兵器開発部門のコンペ資料。大型のロボット兵や据置型の銃火器が並ぶ中、異彩を放つ小型武器に目が留まった。
「二丁のショットガンを合体させるのか?」
なんとも非現実的なそれに、すぐ興味をそそられた。まるで子供の頃に読んだ物語に出てくるような、無駄は多いがロマンがある武器だと思った。
しかし詳細を読むと、俺が想像するよりかは実現可能で実用的な代物らしい。少なくともこの考案者はそう自負しているようだ。
そうとなれば、実際にこの目で確かめてみたくなる。
この手の武器は多少の扱いにくさはあるものの、その奇抜さで敵を欺けるし、何より使って面白そうなところが良い。
そこで俺はすぐスカーレットに連絡を取った。
どうやらまだ受賞作品の選別中らしく、一作品選ばせろと言うと、恩着せがましい事を多々言われつつも、なんとか了承されたという訳だ。
受賞作品には賞金が出ることともう一つ、実際にこの武器を製作することが許されるのだ。
せっかくだから実際に作って俺に使わせろ……とはスカーレットを通さず、考案者の上司に直接指示を出した。勿論依頼主は極秘に、とも。
そこまで回想して、俺はショットガンをデスクに置く。箱を片付けようと手に掛けたとき中に一枚のカードが入っていることに気が付いた。
『貴方に幸運を』
その短い言葉と共に、恐らくこれを直筆したであろう人物の名が連ねられていた。
「ナマエ・ミョウジ」
特に意味があるわけではないが、なんとなくそれを読み上げてみる。
これは、確かにコンペで俺が特別賞に選出した、兵器開発部門の社員の名前だ。
開発課小型武器ユニット。彼女はそこの新入社員らしい。となれば、年は俺よりも下だろう。
「幸運を……か」
誰しもが羨む生まれを持った、民衆達にはこの世界の誰よりも強運だと思われているだろうこの俺に『幸運を』とは。しかも年下の、平社員の、新人が。
それはこのナマエという女が、正しくこの仕事の依頼主が誰かを知らせられていないということの証だった。
「ククッ。幸運……、な」
俺は運を天に任せるような性格ではない。
周りもそれを知っているだろうし、こんなことを面と向かって言われるなんてもう何年も……それこそ十年以上無かっただろう。
「良いだろう、ナマエ・ミョウジ。それでは手並みを拝見しようか」
返事が返ってくることなど有り得ないが、再び手にした黒く輝く塊に向かって、俺はそう独りごちた。