6-5


 八番街のメインストリートを埋め尽くす無骨な鉄の足場。
 通りに長く大きな影を落とすのは、遂に設置が完了した魔晄キャノン砲、通称シスター・レイだ。
 ジュノンに置いてあった頃は魔晄を動力として実弾を撃ち出す砲台だったこの兵器は、ミッドガルに移設された折に濃縮した魔晄エネルギー自体をビームとして発射するものに作り替えられた。

 仕組みとしては、ミッドガルの周りを取り囲む八基の魔晄炉からは太いパイプが伸びてキャノンに接続されている。これで魔晄エネルギーを供給し、北のクレーターに張られたバリアを消し去る算段だ。

 ちなみにキャノン砲の砲台にも操作パネルはついているものの、今回も別に用意した制御室から遠隔操作で作戦を行うことになっていて、制御室は見通しの良い神羅ビル上層階に作られた。


 69階はその名をエグゼクティブフロアと言い、通常では統括以上の役員とその秘書や護衛などごく一部の社員だけが入室を許される場所だ。
 私はそんな69階の窓ガラスに手を触れ、遥か遠くに広がる地平線を見た。
 
 普段は何も置かれているはずがないガラス張りの一面窓の周りには、今は複数のモニターやパソコンが設置されている。
 そう、今回制御室として使われるのは正にこのエグゼクティブフロアなのだから。


 そして明日の夜、遂に作戦が決行されることになったと、今朝の役員会議で社長以下三名の役員の同意の元決定されたらしい。
 他の二人というのはスカーレット統括とハイデッカー統括だ。

 都市計画部門のリーブ統括は最後まで反対していたらしいけれど、社としての決定には従わざるを得ない。
 それでも流石ミッドガルの魔晄炉責任者だけあって魔晄の調整役に選ばれたようで、明日は彼が役員会議室に待機しながら各魔晄炉へ直接指示を出すらしい。
 なのでこの作戦での私は、リーブ統括の補佐をしつつ発射と冷却作業を担うことに決まったのだ。

 窓際から離れて近くのモニターを立ち上げると、各魔晄炉の魔晄エネルギーの値が安定した数値であることを示すメッセージが流れていた。
 これが明日の夜どう変化していくのか、パソコンでのシミュレーションは何度も行ったけれど、実際に大量の魔晄を流してテストをするわけにもいかないので少し恐ろしい。

(私がこんな風に弱気じゃダメだ……)

 最後にもう一度シミュレーションをしようかと自分のノートパソコンに手をかけたとき、エレベーターホールの方から足音が聞こえてきた。

「おや、君は……」

 やってきたのはストライプのスーツにきっちりとネクタイをしめた髭の男性。
 彼こそが神羅カンパニー都市開発部門の責任者、社員の間では密かに過労死候補第一位と呼ばれているリーブ統括だ。

「お疲れ様です、リーブ統括。今回補佐をさせていただきます兵器開発部門のナマエ・ミョウジです。よろしくお願いします」

 統括は私の前までやってくると片手を差し出してくる。お会いするのは初めてだけど、噂通り人柄の良さそうなーー苦労していそうな雰囲気を持つ人だと思わされる。

 その苦労の原因の一つは、私の恋人なのだろうけれど……。

「こちらこそよろしく、ナマエさん。頼りにしているよ」

 私が手を差し出すと統括は軽く握手をしてくれる。
 ルーファウスもリーブ統括の事を有能なエンジニアだと言っていたので、私も今回は勉強させてもらおうと思う。

「統括も明日の確認にいらしたので?」
「ああ、なにせ八基の魔晄炉全てからの汲み上げだからね。だが事前の調整は問題ないと聞いているよ」
「はい! 都市開発部門の人達が緻密に計算してくださった資料をいただきましたから」
「部下たちが役に立ったようで何よりだ」

 リーブ統括は私の横に並ぶと目の前のモニターを見始めた。
 彼には説明しなくともそこに羅列された数値の意味は分かるのだろう。リーブ統括は真面目な顔でそれを追っていた。

「何かお気づきの事が有れば仰ってくださいね」

 私がそう言うとモニターの光に照らされた統括はふむ、と顎に手を当てる。

「ナマエさんはどうしてこの作戦に?」

 彼は画面から視線を離さずに言った。
 てっきり作戦の内容やキャノン砲に関することを聞かれると思っていたので、私は一瞬反応に遅れてしまう。

「失礼……君がわざわざこんな危険な役目に就いたのは何故かなと思ってね。いや、話したくないなら良いんだ」

 統括は未だにモニターと睨めっこしながら眉を下げた。
 私は慌てて首を横に振る。

「すみません! 想定外の質問だっただけです。でも、私は兵器開発の人間ですから大型兵器を使った作戦に携わるのは変なことじゃないですよね?」

 リーブ統括はようやくモニターから顔を離すと苦笑しながら私に顔を向けた。

「確かにその通りだね。しかし君のジュノンでの活躍を聞いたよ。魔晄の調整がそれだけ上手いなら是非ともうちに来てもらいたいくらいだ」

 ルーファウスが話したのかはわからないけれど、真面目なリーブ統括から社交辞令だとしてもそう言ってもらえるのは光栄なことだと思う。
 もしリーブ統括が上司になるなら……スカーレット統括と比べるのはやめにしよう。兵器開発が出来るなら多少のことは目を瞑るしかない。

「社長も有能な君が自慢だろうなぁ」
「はい?」

 真っ赤な自分の上司について思い話馳せているとリーブ統括がそんなことを言い出した。

 なんで私が社長の自慢に?
 頭に疑問符を浮かべていると、リーブ統括はやつれた顔に人の良さそうな笑みを浮かべる。

「ナマエさんは、社長が前より少し柔らかくなったと思わないかい?」
「社長がですか……?」

 私は知っている限りの昔から今までのルーファウスについて、その言動を思い起こしてみる。

 今の彼は、年月を重ねた分出会った頃以上に冷静さが増したと思う。
 付き合いが長くなるほど彼の様々な表情を見ることが出来るのは当然だとして、リーブ統括が言うような"柔らかさ"については、昔から肝心なときは優しくて私には甘いルーファウスしか知らないので、変わったとは思わなかった。

「統括から見たらそうなんですかね?」

 私が素直にそう言うと、リーブ統括は何故か面食らったように目を何度か瞬かせた。

 私が何かおかしなことでも言ったかと自分の発言を頭の中でリフレインしていると、エグゼクティブフロアから上階に続く階段を誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

「何を話している?」
「おや……」
「社長!」

 私達を見下ろしながらゆっくりと階段を降りてきたのは、最上階にある社長室にいたらしいルーファウスだ。
 私は彼をーー勿論名前ではなく皆と同じ呼び名で呼んだあと階段の下まで駆け寄る。ルーファウスが優雅な足取りで真っ赤な絨毯を踏みしめる姿はいつ見ても絵になる光景だ。

「お疲れ様です。明日のシミュレーションをしに来たらリーブ統括にお会いしました」
「準備に余念がないな。真面目で結構」

 ルーファウスは私の目の前までくると口の端を上げて笑いかけてくれる。
 更に彼はモニター類が置かれた所まで歩いていくと、神妙な顔つきのリーブ統括の横に並んだ。

「何か懸念でもあるのか?」
「いえ、調整の方は問題ありませんでした。本当に……やるのですね?」
「今更何を言う? 他の手段があるなら言ってみろ。まさかクラウド達にあれが取り除けるとも思わんが」
「……はぁ……、もう少し時間があれば良かったんですが……」
「諦めろ。メテオは待ってくれないぞ」

 言葉を交わしながら二人とも窓の向こうに目をやって上空に浮かぶ隕石を睨んでいる。
 本当に、もうあと数日もすればメテオはこの星の大地に大きな衝撃をもたらすだろう。

「私はこの作戦に賭けた。お前も腹を括れ、リーブ」
「……分かっています、社長」

 リーブ統括は俯いて首を横に振った。ルーファウスはそれを見てやれやれと肩を諫めている。

「あれが頼りないか?」
「いえ、そういうわけでは……。しかし彼女はだいぶ変わられましたね」
「フッ、あれから色々とあったからな」

 今度は二人して私の方に振り向くので、何事かと思った私は首を傾げた。

「当たったでしょう?」

 リーブ統括にもやっと先程までの穏やかな表情が戻ってきて、私の顔を見たかと思えばルーファウスの顔を覗き込む。
 ルーファウスの方も楽しそうに鼻で笑ってからリーブ統括を見返した。

「お前は本当に底知れない男だ」
「私の情報収集能力を一番よくご存知なのは社長でしょう」
「ククク……あれが知ったら悲鳴を上げるぞ」

 さっきから2人が何の話をしているのか見当もつかなくて私はただその様子を眺めている。
 冷徹と言われるルーファウスと人情に篤いとされるリーブ統括は一見真逆のようだけれど、能力がある人同士意外と馬が合うのかもしれない。

 ふと、突然リーブ統括が大袈裟に驚いたふりをしてみせる。

「ああ、そう言えば私はお邪魔でしたね。気付かずに申し訳ありません」
「え? リーブ統括?」
「ご心配なく、社長。ナマエさんが優秀だという話をしていただけでしたので」
「引き抜こうとしていたのが聞こえていたぞ。私としては本社勤務ならどちらでも構わないが」
「おや。これは良いことを聞きました」
「あのお二人とも、それは……」

 こんな簡単に都市開発部門に異動なんてさせられたら堪らないと、私はつい口を挟む。
 すると二人は顔を見合わせてから、揃って肩を震わせ始めた。

「ククク……あれの真面目さはお前を上回るな」
「自分に素直で良いじゃないですか。よほど今の仕事が好きなんですね」
「タークスには武器オタクとか兵器馬鹿とか呼ばれているらしい。お前もいくつか相手にしたんだろう?」
「それはそれは……ええ、苦戦させられただけあります」

 苦戦? どうしてリーブ統括が私に苦戦したと言っているのかが全然分からない。
 
 ルーファウスの元を離れて歩き出したリーブ統括が、屈み込んで手を広げる。
 するとデスクの影から黒い猫が現れて彼の腕の中に走ってきた。

「えっ、猫? っていうか、この猫どこかで……」
「予備がいくつかありましてね」

 統括が抱き上げた黒と白の猫は小さな王冠を被って赤いマントをつけている。
 記憶を辿っていくと、その猫の姿が白い大きなぬいぐるみと共に脳裏に浮かび上がった。

「ケット・シー!?」

 私は腰が抜けるのではないかと思うくらい驚いて大きな声をあげてしまう。
 ケット・シーはリーブ統括の腕の中で、統括と同じように満面の笑みを浮かべていた。
 そう、彼らはまるで全く同じ表情をしている。

「今日の運勢は大吉です。ラッキーカラーは白。好きな人には大いに甘えましょう」

 そう言ってウインクする統括と猫。寸分も違わないタイミングで動く彼らを私は呆然と見つめるしかできなかった。

「では私はこれで。明日はよろしくお願いしますよ、ナマエさん」

 リーブ統括はそう言うと最後にルーファウスに向けて頭を下げて、エレベーターホールの方向に去っていく。
 
 残された私がルーファウスに振り向くと、彼は未だに肩を震わせて笑っていた。

「ルーファウス、あれはどういう……?」
「どうも何も、ククッ……あれ以外に説明のしようがないんだが」
「え、じゃあケット・シーはリーブ統括が?」
「特異な能力で操っているらしい。奴はただ生真面目で従順なだけの男ではないということだ」

 私は統括が消えた扉に振り向く。にわかに信じがたいけれど、先程の彼らの動きを見てしまったら信じる他なかった。

「でも、ってことは……」

 ケット・シーと会ったのはこれまでに一度だけ。それはルーファウスに連れられてゴールドソーサーのゴーストホテルでケット・シーと密会した日のことだ。

 その時私は何をしていたか記憶を掘り起こす。
 確かケット・シーが動いたことや喋ったことに驚いたあと、彼らの話をただ聞いて、占いマシーンだからと運勢を占って貰って、その後は……ルーファウスのネクタイを無理やり結ばさせられて……。
 あの日のラッキーカラーは、黒?

「もしかして、初めから全部分かってた……?」
「リーブには諜報活動を任せていたからな。あいつの情報収集能力はタークスにも勝る」

 だとしたらなんと恥ずかしいことだろう。勤務地も部門も違うのでお会いしたことがなかったことが不幸中の幸いだと思うしかないけれど、会社の役員に恋愛事情が筒抜けだったと思うと恥ずかしくて逃げ出したくなる。しかも恋人と近い距離の人だから余計に。

「どうして教えてくれなかったんですか、ルーファウス!」
「その方が面白いだろう」
「あなたって人は……」

 項垂れる私の元に歩み寄ってきたルーファウスが、私を見下ろしながら髪を撫でてくれる。
 そう怒るなと諫めているつもりなのかもしれないけれど、それでも彼に触れられると無条件に嬉しくなってしまう私がいた。


「バリアを破ったら軍の総攻撃を仕掛ける。そうすれば……全てが片付く」

 ルーファウスは私の後頭部に手を這わせると自分の胸元に抱き寄せる。
 こんな場所で密着していたら誰かに見られてしまうかもしれないのに、肝の据わった彼はどこ吹く風。 

「他の役員に見られたらどうするんですか……?」
「見せつけておけば良い。前から言っているだろう?」
「ルーファウスはそれで良いんでしょうけど……特にスカーレット統括になんて何て言われるか」
「じきに分かるのだから少し早く伝わっても変わらないではないか。何も言わせたりしないさ」

 彼は拗ねたように眉間に皺を寄せながら、それでも優しい口付けを私の額に落とす。

 それから片手で私の顎を掬ったルーファウスは、私の顔を上に向けさせた。
 顔を覗き込まれて、彼の瞳に私の顔が映っているのが分かるくらい近くなる。

「昔居たとは言えミッドガルはジュノンのように気心が知れた奴ばかりではないだろう? 早いところ知らしめておく必要がある」
「そんな必要は無いと思うんですけど……」
「俺がそうしたい、では駄目か?」

 じっと見つめてそんなことを言うのだから、それが策だと分かっていても拒否なんて出来るはずない。
 観念した私は目を瞑って、この話題の決着を確信して近付いてくるルーファウスの唇を受け入れる。

 甘い口づけに酔いしれる私達には、この先待ち受ける運命を知る由もない。

 窓の外に広がるミッドガルの街並みも私達の立つこの場所も、もう二度と取り戻せないくらいに変わってしまうなんて。
 そんなこと私だけではなくルーファウスでさえ、この時には思いもしなかったのだ。

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