3-2


(ごめんね、ナマエ……)

 別れの言葉を残す事も出来ないまま、きっともう永遠に会えなくなってしまう友人の事を思う。
 彼女の事だから、おそらく私の訃報を知ったら本当にショックを受けてしまう事だろう。

(悲しんだりしてくれるのかな。きっとすごい悲しむよね……)

 ザックスがニブルヘイムで消息を絶ってから、一度だけその事で弱音を吐いてしまったことがあった。それは夕陽に照らされたジュノンでナマエに会ったあの日。
 副社長が軟禁されて気付かないうちに参っていたナマエを目の前にしたら、勝手に親近感が湧いて、つい口に出してしまった。

(でもあの子なら大丈夫)

 あの子は一人じゃないから、きっと立ち直ってくれるはず。
 だってナマエはちゃんと、彼に愛されているから。本人は気がついていないけど、二人を知る周りには十二分に伝わっているくらいには。だからきっと、彼がナマエの悲しみを癒してくれる。

(見届けられないのは残念ね)

 私達タークスは、その殆どが"抹殺"される事になったらしい。
 理由は簡単。会社に、そして社長ーープレジデント神羅に不利益を与えたから。それが例え、これまで神羅に尽くしてきたタークス主任と世界の為だったからとは言え。

(幸せになってよね)

 幸せにしてあげてくれなければ、許さないんだから。
 
 ザックスを助けたかったのに間に合わなかった事、後悔してもしきれない。この胸の内の苦しみを、彼女にだけは聞いて欲しかったのに。



 時は[u]-εγλ 0007も年末に差し掛かったある日。ミッドガルでは反神羅組織に壱番魔晄炉が爆破されるという大事件が起こった。
 連日テレビのニュースはこのトピックスで大騒ぎしている。
 その反神羅組織はアバランチと名乗っている、昔このジュノンを一時占領したこともある過激派グループだ。

 私の考案したガードスコーピオンも、奮闘虚しく魔晄炉ごと爆破されてしまったらしい。その知らせを聞いたとき、私は悔しくて溜まらなくなり、爪が食い込むほど手を握りしめた。
 壱番魔晄炉の大爆発により壱番街だけでなく隣の八番街にまで甚大な被害がでたらしい。

 私の兵器がもっと強ければ……。
 そう思う他なくて、守れなかったミッドガルの人達や街並みを思ってしばらくの間夜もまともに眠れなかった。


 そしてまた、今度は伍番魔晄炉が爆破されたという。またしても犯人はアバランチ。
 彼等はこの星を守るという大義名分を掲げているらしいけれど、その為に沢山の罪なき人を殺した事についてどう考えているのだろうか。

「邪魔するぞ、と」

 そんな中、私の元にとても懐かしい人が訪ねてきた。

「レノさん……?」

 変わらない、尻尾のような赤毛と着崩した黒いスーツ。あまりにインパクトが強かったので忘れるはずもない。

「何年振りだ、ナマエ?」
「もう五、六年くらいでしたっけ。あの時あんなに酔ってたのによく覚えててくれましたね」
「そりゃまあ、これでもオレ、タークスだし」
「ご無事で、何よりです」

 私が"タークス"という単語に僅かに反応したのも見逃してもらえず、レノさんは少し黙ってから気まずそうにため息をつく。

「まあ、な……。わりぃ」
「悪いなんて、言わないで下さい……」

 レノさんが悪いわけじゃないし、責めたいわけでもないのだから。
 けれど友人の『殉職』について私がまだ受け入れ切れていなかったのも事実だった。

 レノさんは兵器を修理していた私のところまで来ると、自分の武器らしい特殊警棒を差し出す。

「色々言いたいことはあるだろうけどよ、一個頼まれてくんねえか?」
「何でしょう?」
「改造。なんか良い新機能でもつけてくんねぇかな、と」

 『なんか良い』とは……。
 大雑把な依頼をしてくる人は少なくないれど、ここまではなかなかいない。
 けれど、私はシスネといつか約束した事を思い出す。

「ええっと……どんな感じがお好みですか?」
「アンタ、その言い方だとオレの女の好み知りたいように聞こえるぞ、と」
「ち、違いますよ!」

 なんとも失礼な物言いだ。あまり私の機嫌を損ねると改造してあげないけれど、良いのだろうか。

「レノさんの好きなタイプ聞いてどうするんですか」
「分かってるって。アンタの興味は別の男にしかないもんなぁ」

 私は閉口するしかなかった。何でそんなことを知っているのか。それともカマをかけられただけなのか。

「……改造しませんよ」
「だぁーっ、冗談だぞ、と。電撃とか拘束とか、そういうのが趣味だな」
「……うわ……」
「オイ。バトルでの話だぞ、と」

 私の呆れた視線にレノさんが肩を竦めた。
 この人はかなり見た目通りの人なのだろうな……と、失礼ながらも副社長と比べてしまう私がいた。言うなれば、御曹司とチンピラそのものだ。

 でもこういうレノさんと話せたから、少しだけ気持ちが軽くなった気もする。きっと彼女とも普段こんな感じに軽口を叩き合ったりしていたのだろう。

 忘れるわけなんてない。
 けれどいつまでも塞ぎ込んでいたらそれこそ怒られてしまいそうだから。
 少しずつ、前を向いてみようと思えた。
 

 レノさんから預かったのは、昔ジュノンが謎のモンスター達に襲撃された時に私が倉庫から借りた物と同じタイプの物だった。少しでも手にしたことがある物だと改造案も考えやすかった。

 何日かかけて私はそれを改造し、約束通りの期日にレノさんが受け取りにやってきた。

「なんだこりゃ!」

 レノさんが警棒のスイッチを押すと、目の前にあった空のダンボール箱の周りに透けた黄色い四角錐が現れる。その中でビリビリと電磁波が揺らめいていた。

「電撃と拘束がお好みと聞いたので。私はピラミッドって呼んでますけど、好きに呼んでください」 
「そのまんまじゃねぇの、と」

 どうせいつもそのまんまの名前しかつけられない程度のネーミングセンスしかないですよと私が言うと、レノさんはからからと笑った。

「これ、気に入った。早速次の任務で使わせてもらうぞ、と」
「忙しそうですね」
「まあ、人数減ったしな」

 そう。それは私が受け入れられていない友人の死が関係している。
 タークスのほとんどのメンバーは先日、殉職が発表されたのだ。

 その中には私の友人であったシスネの名も連ねられていた。
 しかしタークス達は皆きちんとした葬儀もされず、私はしばらく信じられなかった。実はどこかで生きているのではないか……と。
 けれどメールを何度送っても電話をかけても、番号が無いと言って繋がりさえしなかった。
 その中に名前がなかったレノさんがひょっこり現れて、シスネとは連絡がとれないという事実。
 それが全てを真実だと証明していた。

「ま、オレ達いつだって覚悟は出来てんのよ」
「そんなこと、言わないでくださいよ……」
「これ以外の生き方も知らねえしなあ。それはアイツも同じだったんじゃねぇの、と」

 大好きだった友達、シスネ。
 記憶の中でレノさんを担いでいく彼女の細い背中には、もう二度と触れられない。
 せめてこれからは少しでも、彼女の居場所だったタークスを守る助けになりたい。
 いつかライフストリームの中で再会できる日が来たら、胸を張って話せるように。

 
 数日後、今度はなんと七番街のプレートがアバランチによって落下させられるという大事故が起こった。
 プレートを支える支柱には緊急時に隣のプレートを巻き込んで崩落しないように、一つの街区分だけ切り離して落とすという機能がついている。それをテロ組織が悪用したということだ。
 犠牲者は魔晄炉爆破の比ではない。上の住民も下のスラム民も、貧部の差など関係なく沢山の人が亡くなった。

 しかもタークスに負傷者が出たらしい。
 私にはそれがレノさんだという気がしてならなかった。任務で戦うようなことを言っていたからだ。
 もうこれ以上、彼等に傷ついて欲しくないのに……。

 神羅はアバランチを決して許さない。
 社長はメディアを通じて、世間にそう訴え続けていた。
 私も、切にそう願う。

 この一連の騒ぎで、ジュノン支社も本社ほどではないもののかなり混乱している。
 テロ対策用に相次いで新型兵器が投入されるようになり、そのチューンアップや兵士達への操作指導などこれまでにないくらいの忙しさだった。
 しかもアバランチには、かつてのコンペで最優秀賞に輝いたらしいエアバスターですら破壊されたと聞いて、私達は耳を疑う他なかった。
 とにかく敵はそれほどに強力なので、量を持って対抗する以外に方法はないという事だ。


「あー、眠い! クソッ、アバランチの野郎!」

 ソルジャー達に支給する銃火器のメンテナンスをしていた先輩が叫ぶ。

「奴ら、ウータイと組んで戦争起こそうって魂胆らしいですよ」
「やべぇなぁ、英雄セフィロスはもういないってのに」
「今更戦争なんて、連中の目的は何なんだか」
「戦争になんかなってみろよ。俺達これ以上仕事することになんのかぁ?」

 昼だろうが夜だろうがお構いなしに兵器準備の司令が降ってくるので、交代で勤務してはいるものの皆ヘトヘトだ。こんな風にでも喋っていないと本当に眠ってしまいそう。

「本社に送る分は船に載せ終わったから、次はソルジャー用の火炎放射器と警備ロボットと……」

 一体いつまでこんなことが続くのか。
 そう思っていたところに、真っ青な顔をした課長が飛び込んできた。課長はもう何日も社宅に帰っていないそうだ。

「皆よく聞いてくれ。いいか? 昨日の夜……社長が、亡くなった」

 一瞬にして辺りに静寂が訪れる。
 私も同僚達も疲れていることも相まって、課長の言葉を理解するまでに時間がかかってしまった。

「は……、社長が?」

 先輩が辛うじて口を開く。課長は苦い顔で頷いた。

「たった今本社から連絡が入ったんだが……殺害されたらしい」
「殺された!? 社長の周りにはソルジャーやタークスがいるんじゃなかったんですか!?」
「詳しいことは俺にも分からない。本社にアバランチが押し入ったことだけは判明している」
「じゃあアバランチの仕業なんですね」

 ようやく衝撃から立ち直った同僚達は、思い思いの言葉を口にし始める。
 けど私の頭の中は、プレジデントではない別の人のことで一杯だった。

「無事、なのかな……」

 彼の行き先が分からないまま、もう何年経ったのだろう。シスネにプレゼントを託したのは半年以上のことだが、彼女とはそれ以来永遠にもう会うことはできなくなってしまったし、ツォンさんにも会っていない。
 しかし出張と言うからにはミッドガルには居ない筈だ。
 
(大丈夫……きっと、大丈夫)

 そう自分に言い聞かせてみるけれど、私の胸の奥は激しくざわついていた。

 すると皆が少し落ち着くのを待って、課長がまた口を開く。

「急ではあるが、今夜本社で社葬が執り行われる。私達はモニター越しの参加にはなるが、皆必ず集まるように。それから……」

 一呼吸置かれてから発せられた言葉に、私は目を見開いた。

「皆予想がついているかもしれないが、ルーファウス副社長が社長に就任することになった」

 ずっと心に思い秘めていたその名前を聞いて、自分の鼓動が速くなるのが分かった。
 彼は無事。ただその事実だけが分かっただけで、こんなに安堵してしまうなんて。
 プレジデントの死を悼むべき時に、不謹慎だとは分かるのだけど……。
 
「ついては今度ルーファウス新社長就任を記念する式典がジュノンで行われる」
「ここでですか?」
「ああそうだ。我々もパレード用の車輌の準備や警備ロボットの配置で更に忙しくなるぞ」
「マジですかぁ」
「俺、にっがいコーヒー買ってこよ……」

 先輩達は休む暇がないことに対して分かりやすく落胆してみせた。他のメンバーも大差無い表情をしている。
 けれど私は本当に自分勝手な人間で、彼がこのジュノンに来るということだけで気分が高揚し始めていた。
 言葉を交わすことはできなくてもいい。ただ一目、この目で彼の無事を確認できれば。
 あの日観覧車で柔らかく微笑んだ副社長の顔が浮かんできて、私はそっと胸に手を当てた。


 その夜、社葬はつつがなく行われた。

 私達ジュノン支社の社員は皆、いくつかの部屋に分かれてモニター越しに参列した。
 最前列には上司達が立ち並び、私は後ろの方だったのであまりよく見ることができない。
 けれど喪主として、そして後継者として毅然と立つ彼の姿がモニター映し出されたとき、私の心拍数は大きく跳ね上がる。

(いた……)

 彼は以前とは違い前髪を上げていて、年月を経て顔付きも前よりもっと端正なものになっているように見える。そう言えば一度だけ、この髪型をしている彼に会ったことがあった。

(あの時私は彼に、なんて言ったんだっけ……)

 隣に並んでいた先輩達も、大きく映し出された彼を見て何か思ったのか、小さく息を漏らしていた。

『本日は、我が父であり、この神羅カンパニーの偉大な――』

 喪主として彼が挨拶をする。
 もう何年も聴いていなかったのに忘れなかったその声。
 こうしてここに立っていることすら必死なくらいに込み上げてくるものをなんとか抑えながら、私はモニターに釘付けになっていた。

 彼が父親に劣等感のようなものを抱いていることには、薄々気が付いていた。
 言葉の端々に滲み出る超えられない壁への怒りは、きっと彼をこれまでの間ずっと苦しめてきたのだろう。
 ずっと見ていたから、分かる。

 けれどもそんな素振りは全く見せずに喪主挨拶を終え、弔辞を述べ、毅然と立ちながらも悲痛な表情さえしてみせるルーファウス新社長。
 この社葬がメディアを通じて世界中に放送されるから、その為の演技なのかもしれないが。

 一体今彼はどんな気持ちなのだろう。
 それを推し量ることは、私には不可能だ。
 ただ私は、最後にプレジデントの遺影に向かって深々と頭を下げた彼の背中を、モニター越しに眺めることしかできなかった。



「ようやく終わって……始まったな」

 堅苦しい社葬を終え、社長室から夜のミッドガルを見下ろした俺は、後ろに控えているツォンに聞こえるくらいの声量で呟いた。

 昨夜は一時不思議な黒雲のような物体に囲まれていたこのビルも、今ではいつも通りの静寂に包まれていた。

(あれは一体何だったんだ?)

 どうやらあの浮遊物体について、ツォンだけでなく他のタークスや役員達も認識していなかったらしい。
 俺の見間違いかとも思ったが、まさか白昼夢でも見ていたのだろうか。
 クラウドとの戦いで疲弊したとは言え、そんな筈はない。

「社長、ルードから連絡がありました」

 ツォンが携帯端末をしまいながら近付いて来た。ルードから、と聞けばあの事に違いない。

「状態は」
「……申し上げ難くはありますが」
「そうか……」

 身を守る為に仕方ない事だったとは言え、自らあれを手放してしまった俺は大きな溜息をついた。何と言って弁明したら良いのか。
 ナマエが知れば、俺を責めることはしなくてもきっと悲しむだろう。

「すぐお持ちするとのことです」
「分かった」

 彼女に合わせる顔がないと思うものの、ようやく解放されたのだから会いに行かないという選択肢は無い。
 なんと切り出したら良いかは、物を確認してから考える事にしよう。
 彼女を傷付けたくは、ないのだが……。

「社長、もう一つご報告が」

 ツォンの声色は相変わらず重い。

「レノですが、プレート切り離し時の戦闘の影響で少し状態が……。本人の意思はともかく、今後の事を考えて今は休養させたいのですが」
「……やむを得んな。しかしお前とルードの二人ではさすがに人手が足りないだろう」

 "彼ら"を呼び戻すわけにもいかないが、タークスがたった二人というのは心許ない。

「軍事学校の卒業生からでも誰か連れてこい」
「かしこまりました。既に見当は付けてあります」
「抜かりないな」

 どこまでも仕事熱心な男だ。だが、秘書を置く必要も無いので助かっている。

 個人的に秘書課というものには良い思い出が無い。なんと言ってもオヤジが"食い散らかした"哀れな女の集団だ。
 向こうも向こうで、オヤジが死んだから今度は俺の手付きにされるのかと身構えていた。
 なのでオヤジの秘書達は全員異動させるか違う職を紹介してやった。あんな事件もあったから、皆喜んで去って行った訳だが。

 降って湧いたものではあるがようやく始まったばかりの社長人生だ。信頼できる人間が誰か、見極めた者だけを側に置きたいと思っている。
 あの役員達は一名除いて総じて厄介ではあるものの、ひとまず受け入れるしか無いが。

 俺の身辺とセフィロスはタークスに、クラウド達についての情報収集は希有な力を持った"あの男"に任せることとする。
 それ以外に信頼できるのはあと一人。背中を預けたいのとは少し違うが、たった一人だけ損得無しに側に置きたい人物がいる。

(会いに行くか)

 何年も我慢したのだからそれくらい許されて当然だろう。何より、長い間連絡すら取らなかった事をまず謝りたかった。

(恋人がいないことだけは分かっているのだが……)

 彼女の心の中だけは確かめようが無いので、それだけが少し……ほんの少しではあるが、僅かに気掛かりだった。

 一応シスネから得た情報では、俺からの誕生日プレゼントには腰が抜けるくらい"驚いていた"らしいが。
 そこは"喜んでいた"ではないのかと思ったが、そう聞き返すのはシャクだったので俺はいつもの余裕を装って報告を聞いたのだった。
 まさか、この俺がタークスに揶揄われていたとは夢にも思わずに。

 ひとまず会う約束を取り付けなければと思う。もし断られれば……そういう事だろう。ただ真面目な彼女のことだから、他に想う奴がいたとしても俺からの呼び出しなら絶対に断らないようにも思える。

「ツォン、一つ頼みたい」
「……はい」

 任務を命令する時ならこんな言い方はしない。ツォンは恐らくそれを分かって、しかしながら俺の次の言葉をじっと待っている。

「明日の昼、ナマエに電話をかけて欲しい」
「かしこまりました」
「……内密に」
「それは勿論です」

 なんとも頼もしいこの男は相変わらず無表情で頷いた。内容に察しがついているかは分からないが、こちらが言うまで聞かないのはさすがと言うべきか。
 やはり側に置くのは、信頼できる奴に限る。

 ナマエの驚く顔を思い浮かべたら、彼女が俺をどう思っていようと構わないから早く会いたいと、自然とそう思うことができた。

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