数年の間に、色々な事があった。
先の人事異動で、神羅カンパニー兵器開発部門の花形部署とも言える開発課大型兵器ユニットに異動となった私は、再び懐かしのジュノンに戻ってきていた。
そして私の作品が今年はなんと統括賞に選ばれたと聞いたのはつい先日のこと。言わずもがな、兵器開発部門恒例の社内兵器コンペのことだ。
やはり噂通り今ではスカーレット統括はもう大型兵器にしか興味が無いらしい。
(前に賞を貰ってからもう五年も経ったんだ……)
直属の上司から手渡された『目録』を眺めながら思い浮かべるのは特別賞に選んでいただいたあの時のことばかりだ。
(結局一度も連絡すら取れないまま……)
あの"おかしな"ショットガンは役に立っているのだろうか。ちゃんとメンテナンスは出来ているのだろうか。そもそも、渡した物は彼の元に届いたのだろうか?
(……元気なのかな)
人事異動の辞令が出る度にその名を探したし、事件や事故のニュースが入ってくるとその姿を探すのがこの数年ですっかり癖になってしまった。
ミッドガルを離れることが決まった日に送ったのが最後のメールになっているけれど、やはり当たり前のように何の返信もない。
そんな訳で、私はただひたすら仕事に没頭しながら日々を送っていた。
「この企画の兵器、試作に入ることになったから早速取り掛かるように。よろしくな」
上司が横から現れたので、ようやく思考が中断される。
デスクの上で開きっぱなしにしていた今年のコンペ作品を指して課長はそう言った。
「分かりました! 頑張ります」
「統括賞となれば鼻が高いぞ。やったなナマエくん!」
そう言うと課長は顔の前で握り拳を振ると満面の笑みを浮かべて去っていった。統括賞は大体ここの部署から出ているらしいが、だからこそ今年選ばれなかったらとプレッシャーに感じていたのだろう。
神羅の中でも優秀なメカニックでもある課長にはいつもお世話になっているので、恩返しできたようなら嬉しい。
「さてと……」
気を取り直して目の前の企画書に向き直る。私が考えたのは自律移動型の大型兵器。形状は、攻撃的で毒がある"サソリ"という生物からヒントを得た。真っ赤なボディにはこれは危険な兵器だから早々に降伏するように、という警告の意味合いもある。
思い入れの強いジュノンが過去二回も襲撃を受けたことや反神羅組織の活発化などから、警備用の兵器をもっと充実させないとという思いで考えたものだ。
エネルギー源は液状化したマテリアにした。これは最近の研究で実用化されたもので、私もミッドガルにいた頃に関わっていたから今回取り入れることに決めた。
強い兵器を作って、神羅を守りたいから。
「よろしく、ガードスコーピオン」
その兵器に自分で付けた名前を呟いてみる。対人用の警備ロボットとして考えたサソリ型の兵器なので、言ってみればそのまんまのネーミングだ。
(そのまますぎて、また"真面目"って言われそう)
よく私の事をそう言った副社長の声を思い出して、懐かしさに少しだけ口元が緩む。
彼は今年のコンペ作品に目を通したのだろうか。他の統括達も含めてにはなるけれど、去年も一昨年もその前も、特別賞に選ばれた作品はなかった。
すっかり中堅社員となった私の仕事の一つに、神羅カンパニーが誇る魔晄エネルギーキャノン砲、通称シスター・レイのメンテナンス作業がある。
数年前に造られたおそらくこの世界で一番大型の兵器であるキャノン砲は、ジュノン港に築かれた要塞の一部となっている。
いつ見上げても巨大なそれは、兵器開発に関わる人間なら誰でも触れてみたいと思うだろう憧れの兵器だった。
私はシスター・レイの頂上でバルブの確認を終えて、夕日に染まるジュノンの海を見た。
ここからの景色は好きだ。遮るものは無く一面に海が望める穴場だから。
「……どこでこの夕日を見てるのかな」
細かい事を言えば、彼の居場所が今は夕日の時刻ではない可能性も高いけれど。
夕日に照らされる彼の姿は、きっと金色の髪が輝いてそれは絵になるのだろう。
私はすっかりトレードマークになっている青と金のピアスに触れてから、胸に手を当てた。
しばらくして、コツコツとコンクリートを踏みしめる音がして私は驚いて振り返る。
するとそこには懐かしい顔があった。
「シスネっ!」
実は、シスネともこの三年間一度も会っていなかった。ただし副社長とは違ってメールだけは時々送り合っていたので、彼女は任務で忙しく、ジュノンに滞在することはほとんど無いということだけは知っていた。
「久しぶり、ナマエ」
シスネは海風に揺られる髪を抑えて、ふわりと笑った。
「無事で良かった! 任務でずっと遠征って言ってたから」
「うん、ありがとね」
「なんか……元気無い?」
シスネの表情は柔らかではあるものの、どこか疲れた目をしている。
「まあ、ちょっと……色々あってね」
シスネは言葉尻を濁して海の方を見た。夕日で赤く染まったその横顔は、微笑んでいる筈なのにまるで泣いているようにも見える。
「シスネ……任務のことだったら私には言えないかもしれないけど、でも心配だから、話せることがあったら話してほしいよ」
「……行方が分からないって、辛いよね」
私はシスネが呟いたその言葉にはっと息を呑む。
「生きてるのか死んでるのかも分からなくて、どうにもならなくてさ」
「シスネ……」
シスネが苦しんでいる。誰の事を言っているかは分からなくても、ただ苦しんでいる事だけが分かって、しかもその気持ちは私もとてもよく分かるものだった。
大切な人に会えないのは、とても辛い。どうにもならなくて、何も知らされなくて。
けれど私がシスネに近寄ろうと手を伸ばしかけたとき、彼女は一度頭を横に振ると真っ直ぐに姿勢を正した。
「ごめんね、ちょっと感傷的になっちゃっただけ。この夕日のせいかな」
「でも……」
「違うの。今日会いに来たのは、お使いで」
そう言うとシスネは私に手を出せと目で示した。
「お使い?」
「そ。はいこれ」
手渡されたのは、紐に金色のリボンがかけられた白い紙の手提げ。
「ほんっと自己主張激しいよね。それ指定されたんだから。お店の人、不思議がってたわよ」
私はシスネの言う意味が理解できなくて、ただ受け取ったばかりの白い袋に視線を落とした。
「今開けちゃってくれる?」
「うん、ちょっと待ってね」
送り主も中身の検討もつかないけれど、シスネから渡されたものだから安全なものだろう。私は丁寧に金色のリボンを解く。
そう言えば、いつの間にか白と金は私の中で特にお気に入りの色になっていた。理由は言わずもがな。
「これ、香水……?」
中から出てきたのは超がつくほど有名なブランドの香水。かなり値が張る上にミッドガルの限られた店にしか売っていないものだ。
「それさ、香りどんなのか知ってる?」
「え? 分からない……」
「ちょっと付けてみてよ」
シスネに促されるままに私は瓶の蓋を外して、手首に向けて一度ポンプを押す。シュッという音がして広がった香りは、どこか記憶の中で確かに知っているものだった。
「思い出した? って言っても男物と女物だからちょっと違うみたいだけど、トップノートは同じって言ってたわよ」
「シスネ、これって……もしかして」
「ふふ、良かったわね。何年越しの誕生日プレゼントかしら?」
隣に並んだ時、肩を抱かれた時、顔がすぐそばにあった時……そうだ、いつもこの香りがした。
これは、副社長が付けていた香水の香りだ。
私は綺麗なガラスの小瓶を両手で握り締めたまま、ゆるゆるとその場に座り込んでしまった。上手く脚に力が入らない。
「ずっと心配しすぎて、知らない内に緊張の糸が張り詰めてたのね」
「そうみたい……」
気が付かなかったけれど、知らない内に私はここまで追い詰められていたのかと自分でも驚く。
私はまだ立ち上がれないままシスネを見上げた。
「元気……なんだよね?」
「私は直接会ったわけじゃないの。だからハッキリとは分からないんだけど、とりあえずは大丈夫そうよ」
「そっか……無事だったなら良かった……」
私はそこまで口にして、はっと口を噤む。シスネはさっき、音信不通で生死不明な人のことを想って辛そうにしていたのに。
それに気付いてしまったらしいシスネは苦笑した。自分の思慮の浅さが嫌になる。
「良いのよ、お互いそういう世界の人間だったから。っていうか、言っておくけど友達だからね?」
私のような一般社員には分からないけれど、シスネ達が身を置くのはきっと、神羅の暗い部分。光の当たらない、常に死と隣り合わせの過酷な場所。
それでも目の前の友達は私と変わらない普通の女の子にしか見えない。時々シャツの隙間から見える生々しい傷跡を除けば……。
「ごめん、私自分のことばっかり」
「そんな事無いって。それにその反応を見るためにわざわざお使い頼まれてあげたんだから」
そう言うとシスネは手を差し出して、私を引き上げてくれる。ようやくしっかり地面に足をつけて立つと、自分の纏った香りに目眩がしそうになった。
「ようやくお使い頼むくらいは出来るようになったみたいよ」
「そっか……ありがとうシスネ。お礼は、伝えてもらえるのかな」
「多分、間に何人か入るけどね」
しかしそれもタークスの人達らしい。ならばと、私はシスネについてきてほしいと頼んでオフィスに向かった。
「これなんだけど」
私がシスネに渡したのは、皮の袋と木箱一つずつ。
シスネの手の中で皮袋から金属の擦れる音が聞こえた。
「……お金?」
「ではないけど、似たようなものだね」
袋の中身は銀色のコイン。ギル硬貨とはちょっと違う、特殊なもの。
「こっちは……あら、大胆ね」
「没収されちゃうかな」
木箱の中身は新しいショットガン。元々一丁を二つに分けられる物を作ったのだが、小さい方の一丁をこれと交換すれば、新しい機能が使えるようになるという代物だ。
副社長が細かく指定してくれた図面に従って作ったからきっと使い方は分かるはず。
「ツォンになんとかしなさいって言うわ」
シスネは木箱の蓋を閉じるといたずらっぽく笑った。
「ナマエが前に預けた物もちゃんと届いたらしいわよ」
「ツォンさんが……」
それは私が副社長に贈るネクタイを忍ばたあの封筒の事だろう。
「仕事は出来る奴だから」
「ツォンさんにもお礼伝えてね」
「了解。ツォンが困ることがあったらナマエの作った武器でもなんでも良いから、力貸してあげてね」
「うん、勿論。ツォンさんだけじゃなくてシスネもね」
「ふふ。じゃあタークス全員まとめてよろしくね」
そんな機会が来るのは想像できなかったけれど、私はこちらもまたしばらく顔を見ていないツォンさんに、心の中で何度も感謝の気持ちを述べた。
それから数日経ち、今日も今日とて私はキャノン砲のふもとでチェック作業に取り組んでいる。すっかり慣れてきたこのルーティンは結構気に入っていた。
やろうとすれば世界を破壊することもできるかもしれないこんな巨大な物すら、ちっぽけな人間達が集まって知恵を絞れば作る事ができる。そのことを実感することができるからだ。
手元のバインダーに挟んだリストを確認していると、後ろから複数の足音が聞こえてくる。その中には独特のカツカツという、ピンヒールがコンクリートを踏む音もあった。
「お疲れ様です!」
私は後ろにいる集団のうちの一人には確信があったので慌てて振り返る。私の予想を裏切らずそこにはスカーレット統括がいた。
しかしその隣には予想外の、驚くべき人物が並んでいる。
「社長!?」
私はあまりに驚いて飛び退くように後ろに下がる。とりあえず一度頭を下げてから、次に何が起こるか息を潜めて待った。文字通り神羅カンパニーのトップで、もはやこの世界のトップ。プレジデント神羅その人を、こんなに至近距離で見たのは初めてだ。
「ようやく見にきた感想はどう? 最高でしょ?」
スカーレット統括がプレジデントに話しかける。社長が視察でジュノンに訪れるとは今朝方聞いていたのだが、軍の司令部の方に顔を出すとだけ聞いていたので、まさか港にまで来るとは夢にも思わなかった。
「ふむ。相変わらずスカーレットくんが考案する兵器らしいな」
プレジデントの声色は満足そうだ。スカーレット統括の甲高い笑い声が港に響く。
「ナマエ、シスター・レイの調子は?」
心行くまで高笑いをしたスカーレット統括が突然私に話を振る。統括賞を受賞した時にどうやら名前と顔を覚えられていたらしい。光栄と言えば光栄なのだが、正直な事を言うとそれによってこのお方に振り回されたくは……ない。
「はい、全て問題ありません。有事の際にはいつでも発射可能です」
勿論、有事の際には。キャノン砲は一発撃つにしてもそれこそ大量の魔晄を使用する上に整備などでお金もかかる。これを自慢にしている上層部ですら滅多なことでは使用したがらない伝家の宝刀なのだ。
スカーレット統括はそれ以外の回答は受け付けなかったと言わんばかりに、真っ赤な口紅の乗った唇で弧を描いた。
「そうだ。アナタの考えたアレ、壱番魔晄炉の警備に入れることにしたわよ。その分の液状化マテリアも用意させてるから」
「ありがとうございます! あちらも予定通り製作は順調に進んでいます」
それは紛れもなく統括が賞に選んでくださったガードスコーピオンのことだ。このことは純粋に嬉しかった。
自分が考案した兵器が神羅の中心事業の一つである魔晄炉の運営に使われるとなれば、兵器開発の人間としてこんなに嬉しいことはない。
私が統括に頭を下げていると、彼女はあぁ、と何かを思い出したように社長に向けて言う。
「何年か前に副社長が賞に選んだのもこの子よ」
「あいつが賞を?」
「そ。なんだったか忘れたけどね、キャハハ」
スカーレット統括は大型兵器にしか興味がないからショットガンなんて気にも留めなかったのだろう。別にこんなことで今更傷付きはしない。
社長はほう、と私の頭のてっぺんから爪先までゆっくりと眺めた。私は背筋を正して立ってはいるもののとても居心地が悪い。
「名は」
「ナマエ・ミョウジと申します」
私が名乗ると社長はじっと私の顔を見つめてくる。その瞳の青は、忘れようとしても忘れられない、あの懐かしい日々の事を思い出させる色だった。
その思い出があまりに懐かしくて愛おしくて、私は泣きそうになるのを堪える。
そしてこの人が副社長を第一線から遠ざけたのだと思うと、とても複雑な気持ちになった。
「……これからも精進したまえ」
社長はそれだけ言うとスカーレット統括を伴って行ってしまった。
もしかしたら副社長とのことを知られていてそれについて何か言われるかもと思ったけれど、思っていた以上に親子の間は冷めきっているのだろうか、それ程興味はないらしい。正直言って助かったけど。
私は社長の背中から視線を逸らせずに、兵士達に囲まれながら去っていく二人を見送る。
どうしようもなく、彼のあの、父親よりも透き通るような青を見つめたくなった。
皮製の袋はそれなりに重くて、ガラスのローテーブルに置くとコインが擦れる金属音とともに鈍い音がした。どれだけ入れたんだ、全く。
一緒に持ち込まれた木箱の蓋を開けると、中には今使っている愛銃の、小さい方の片割れと同じサイズの物が納められていた。
(まったくもって、色気の欠片もない)
あまりの彼女らしさに、腹の底から笑いが込み上げてくる。
(普通、誕生日にピアスや香水を贈られたら何かしら感じ取らないのか?)
どちらも恋愛経験豊富な人間であればその意味は一目瞭然だろう。しかも後者は人を使い、監視の目を掻い潜ってまで贈った代物だというのに。
だが彼女に『実用的な物』と指定したのは紛れもないこの俺だ。彼女なりの解釈でそれはネクタイになり、武器となった訳で。
しかしネクタイは一般的にも実用的な贈り物として十分にあり得るだろうが、武器とは。
(本当にナマエらしい)
実用的な物をと言ったのにもちゃんと理由はある。
ナマエから贈られた物なら飾ったりしまっておくのではなく、いつでも身に着けたり持ち歩けるものが良いと思ったからだ。そして彼女を開発者として信用しているからこそ、それは俺の力となってくれる物が良い。
ネクタイはビジネスをする上での気持ちを支える武器となる。そしてこのコインと新しい銃は、文字通り俺と共に戦う武器だ。
言うなれば、俺の思惑通り。
ただ、俺が今年プレゼントを贈ったのと同時に彼女から俺にも贈ってきたのは、完全に予想外だった。てっきり後から礼として贈ってくるとばかり思っていたから。
これは正直言って、嬉しい誤算だった。
皮袋からコインを一枚取り出す。俺の指示を元に作ったものだろうから、使い方は言われなくても分かる。
追加機能の案は何種類かあった筈だが、真面目な彼女のことだからきちんと全て実装されていることだろう。早く試したいのに出来ないのがもどかしい。
コインを掌に乗せて眺める。機能には関係ないので図柄までは指定しなかったから、彼女がデザインしたのだろう。
俺は思わず、そこに彫られた絵柄を見て肩を震わせた。
(ククッ……面白い奴め)
声を上げて笑ってしまえば親父に怪しまれるだろう。俺を笑わせないでくれ、ナマエ。
握り締めたコインにはいつか会わせた愛犬と……美しいが強い毒を持つ花、マンドラゴラ。花には明るくないが、こういう変わったものの事については雑学として頭の片隅にあったりする。清廉なものとされがちな花にしては珍しく、花言葉は確か……。
そして、これを一生懸命考えただろうナマエの姿を想像するだけで愉しくなってくる。いつか渡した花達のように清廉潔白な彼女とこの花は全く似つかわしくない。しかし確かに、俺にはお誂え向きだ。
(お前が俺のことをどう思っているかなんとなく分かったぞ)
そして、それこそ彼女が俺に求める姿なのだろうと。
良いだろう。
気高くスマートに、毒を持って毒を制す。こんな世の中だからこそ時には"恐怖"さえ利用して、俺は新しい時代を作る。
そう。やがて神羅は、俺の手で生まれ変わるのだ。
(まず手始めにタークスだ)
親父が文字通りの抹殺を決めた、その手を噛もうとした飼い犬達。
奴等は親父に忠実ではあるが愚鈍な手駒達よりも余程優秀で、だからこそこういう結末になったのだろうが。
(恩を売るのに丁度良い)
俺は愛銃のロックを外して二丁に分ける。そして小さい方を新しい物と交換した。
見ていろ、親父。
見ていてくれ……ナマエ。
自分と同じ香りを身に纏った彼女を早くこの腕で抱き締めたいと、柄にも無くそう思った。