──昨日のせいで今日は最悪の気分だ。
なんだか、落ち込む。























昨日川島と話をしたせいか、心がもやもやしてしまい寝付くのが遅くなってしまった。
朝も起きる気にならずのんびりしていれば1時間目に間に合うギリギリの時間となってしまう。
ここまできてしまえばもういいか、と間に合うか間に合わないかの微妙な時間にも関わらず急ぐことはなかった。
明らかに昨日の事が気分を引きずっていた。
自分の心の変動に気づき、ついため息ばかりついてしまう。


「はーあ。まさかなぁ、まさかだよなあ。」


まさか、自分の事を知っている人に会うとは思っていなかった。
──自分の中学の記録の事を考えるとある程度は名前を知られているとは思っていた。
(あの頃はがむしゃらだったし、自惚れているわけじゃなくてそれだけの結果を出していたんだ。)

しかし川島は自分のことを知っている風には思えなかったし、そんな素振りも見られなかった。
(本当に校内バタバタ走ってたから目立ってしまっていたのは仕方ないこととは不本意ながら思う。)

ただ穏便に見学して、やっぱ部活はやめますって言って終わるはずだったのに。
…もしかして実は川島も、知らないふりをしながらも自分の過去の事を知っていて声を掛けたのだろうか。
マイナスだとは思うが、川島も記録を持っている人らしいし(優樹情報)、記録がある人ならばもしかしたら咲音のことを知っていたりするのだろうか。
だから自分を勧誘しにきたのでは、そんな事ばかりが頭を巡る。
そんなこんなでまさかね、いやでも、と頭の中で繰り返しもやもやしてしまったのだ。

全くどうしたものかとため息をついて下駄箱から中履きを出した。
そこで1時間目を知らせるチャイムが鳴り、あー、と一言溢れるも走る気にはなれない。
のろのろと靴を入れて行くか、と思った所で昨日聞いた声を耳にした。


「岩槻さん、おはよう!」


そこにいたのは陸上部部長の川島だ。
その姿に目をぱちくりさせる。
もうチャイムも鳴ったというのになんでそんな爽やかに挨拶を、と思いつつも咲音は挨拶を返す。


「…おはようございます。どうしたんですか?もう授業始まりましたよ?」

「ちょっとだけ、話がしたくて待ってたんだ。」


彼は真剣な表情をして口を開く。


「岩槻さん、やっぱり陸上部に入る気はない?」

「……今の所は。」


静かにそう返せば、川島はにこりと微笑む。


「…今の所はって事は期待してもいいのかな?岩槻さんみたいな記録を持っている人が入ってくれるとみんな気が引き締まると思うんだ!」


その言葉を聞き目を見開く。


「…先輩、私の事、知ってたんですか。」


そう言うと川島はハッとした表情で申し訳なさそうに言う。


「…知らない振りしてごめん。でも校内を走っていて速いな、って思って誘うことにしたんだ。どこかで見たことあるような気はしていたから、君の顔を何度か見てすぐに分かったけど。」


会場で、もちろん表彰台の上にいるのを見たことがあったから、と微笑みながらいう彼にどんな反応をすればよいのかわからない。
戸惑っていれば彼はこちらをじっと見てくる。


「でも岩槻さん、なんで部活に入っていないんだ?岩槻さんならいろんな高校から声かかってただろ?あんなに記録を取っていたのに君が高校に入ったら陸上界から忽然と姿が消えた。そうしたらウチの高校で走り回ってるし…。陸上やめたの、何か理由があったの?」

「…っ。」


なんでこの人はこんなに私の事聞いてくるのだろう。
私が陸上やめたっていいじゃない。
私のことなんて放っておいてくればいいのに。

自然と視線は足元に向かっていた。
できるなら耳をふさぎたい。


「岩槻さんなら、全国を目指せる!1年くらいのブランクなんてすぐに埋められるよ!」


ああ、思いの外自分はまだ気持ちを引きずっていたのだと気づかされる。
なんでこの人はこんなに軽く言うのだろう。
彼は自分の何を知っているというのだろう。

そう考えていた時に川島の言葉が止まった。
それを不思議に思い俯いたままであった視線を上げたその瞬間、後ろから手首を引っ張られる。
急に引っ張られ、バランスを崩して一歩下がる。
誰だとその手の主を見ればそれは榛名のものであった。
榛名は不機嫌そうな様子で川島に視線を向ける。


「あんたさ、コイツが嫌がってんのわかんねーの?てゆうか授業なんで。」


それだけ言うと榛名は咲音の手首を掴んだままずかずかと歩いていく。
え、え、と訳が分からない状況に陥りながらも、ふと振り返った時に川島のぽかんとした顔がうっすらと見えた。
榛名はずんずん歩いていく。
そのまま教室に向かうのかと思いきや、彼は階段をどんどん登っていく。

それに咲音は「え、ちょ、榛名、」と声を発するも、「うるせえ。」と一言で終わらせられる。
そしてそのまま手首を掴まれている咲音もどんどん階段を上がって行く。
屋上へのドアが開いて咲音は眩しくて目をつむる。
すると榛名はそのまま歩いていき、屋上の真ん中に座った。

そこでようやく手が離れるも、ぼーっと立ったままである咲音に何故か舌打ちをして咲音の手を引き、榛名の隣に座らされる。
されるがままであった咲音はようやく榛名の顔を見る。
榛名は腕組みをしながら正面を見据えるご不機嫌そうなのはよく分かった。
しかし一体どうしたのだと尋ねれば、その不機嫌そうな顔をこちらに向けてきた。


「岩槻がすげー嫌そうな顔してたからだろ。」

「は?」

「んだよ。嫌ならハッキリ言やぁいいんだよ。なんでオレがこんな事しねーといけないんだよ。」


ぶつぶつと文句を言う榛名。
つまりは嫌そうな顔をしていた自分をあの場から離れさせてくれたということ。
心配、してくれていたのだろうか。

咲音はぎゅ、と自分の手を握りしめる。


「…ごめん、ありがと。」


あの変な状況を見て榛名はあの場から去れなかった自分の手を引いて連れ出してくれたのだ。
あの時榛名があの場に来なければ恐らく自分の気持ちを押し殺し笑顔で川島に話をしていたのだろう。
「陸上をやめたことに理由なんてありません」等と思ってもいないことを言って。


「本当に、ありがとう。」

「別にいいけどよーお前ひとつ貸しだからな。……ってなんだよその顔は!泣いてんのか!?」


榛名がこちらをギョッとした様子で見ているのがわかる。
なんだよその顔とはなんだよ。
そう文句を返してやりたかったがその言葉は出ず、泣いているということを否定する言葉が出た。


「違う、泣いてない!」

「はぁ!!?」


自分の膝に顔を押しあてながらそう返す。
しかし目がうるんでしまった所は不覚にも見られてしまっていた。
今は下を向いて視界には入っていないが榛名は惑ったようで何も言葉を発しない。

しばらく沈黙が続くが、急に頭を掴まれ顔を上げられる。
視界がコンクリートの床から青空に移った。
それと同時に首がぐきっと音がしたような気がするが自分の首は大丈夫だろうか。
さっきまでの涙とは違う痛みの涙を浮かべて榛名に文句を飛ばす。


「ちょっ、な、なにすんの!?首っ首いったいんだけど!!!」


もげてない!?と騒ぎ首を押さえながら榛名を睨みつければ彼はふんっと息を吐く。


「さっきあの先輩?となにがあったか知らねーけどな!」

「、」


話が戻ったことに、体が固まる。
しかし榛名はこちらをまっすぐに見て勢いよく話を続けた。


「嫌なことがあった時になぁ!下ばっか見てるともっと嫌になってくんだよ!!だからどんなに嫌なことがあっても下は見んな!!!」


ビシッと指を差しながら言う榛名に目を見開き、首を抑える手がぱたりとおりる。
こちらが反応しないことに榛名は舌打ちをして顔をそらせて言った。


「岩槻がにくったらしい事言わねーとか調子狂うんだよ!下を見るな!その変な顔をするな!!いいか、わかったな!」


だから、変な顔とか言うな、とかもっと優しくできないのかとか思うけれどこれは彼なりの励まし、アドバイス?なのだろう。
しかし泣きそうな女子にもっと優しくできないのかとかと呆れるがそれが榛名か、とつい笑ってしまう。

榛名はその笑い声でキッと咲音を睨みつけた。
しかし咲音は榛名の方をしっかりと見て微笑む。


「榛名、」

「んだよ!!」

「──ありがとう。」

「……何がありがとうだよ!気持ち悪ぃな!!」


その憎まれ口は恐らく照れ隠しであろうことにまた笑いがこみ上げてくる。
さっきまであんなに嫌な気持ちで苦しかったというのに。
俯いていたというのに。

笑いが込み上げてくる。
咲音はそんな自分が面白くなって少し笑う。
それを見て榛名はまた笑われたと勘違いしたのだろう。


「くっそ!むかつくな!!」


そう言うと顔の側面をぐいっと押しのける。
だから、首が!首がもげるっての!


「いったー!なにするのよ!首がもげる!」

「うるせー!気持ち悪ぃこと言ってっからだろ!」

「なにそれ!信じらんないこの暴力野球男!」

「なーんだーとー!?」


キーキーといつものように言い合う。
さっきまでは沈んでいたのに。
それが、少し楽しいと感じながら咲音は上を見上げる。

















見えた空は青かった。




















(テメーのせいで1時間目サボったんだからな。なんか奢れよ。)
(なんで!?榛名いつも寝てるし対して変わらないでしょっ!それにむしろ私のが無理矢理ここに連れてこられたんですけど!サボッちゃったじゃない!)
(関係ねーだろ。)
(ふざけんなアホ!!)
(はあ!?)

(──あ、いたいた。咲音何してんの。榛名と一緒だし。)
(榛名忘れ物取りに行くのにどんだけ時間かかってんの?)

((……。))






131201→200117加筆修正






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