3.バカにされてる気しかしない


──迅くんと帰る時、彼は何故か駅まで送ってくれる。
最初は雨だったから傘に入れてくれてたし、と思って有り難く駅まで行ってもらったが、2回目に一緒に帰ることになった時にも駅の方まで行くよ、と言われたことに「いやいいよ。」と言ったことがある。


「迅くんこっちじゃないんじゃないの?駅まで行くの遠回りじゃない?」


そう、迅くんはボーダーの“任務”があるとかで放課後はボーダーに行くことが多いようだ。
だからわざわざ駅まで行くのは遠回りなのでは?と尋ねてみれば彼は一度こちらに視線を向け、腕を組むと「あー」と呟く。


「おれ歩くのすきだから。いろんなもの“視る”のもおれの仕事だからね。」

「ほう…?」


前半はまだしも後半のことの意味が分からないぞ。
仕事ってボーダーの話、なのだろうか。
“見る”ってこの帰り道で一体なにを見てるんだろう。
平和に生活する市民の姿とか?
ていうか普段のボーダーって何してるんだろう。
近界民と戦ってる、んだよね?
うーん、全然わかんないや。
(もうちょっと世界の情報に耳を傾けろと友人によく言われる。)

しかし“仕事”っていう響きが大人な感じで中々かっこいいなぁ。
まぁとりあえず駅まで行くのが嫌なことではないならいいか、と納得することにした。

そしてその日からちょくちょく一緒に帰ることが増え、迅くんとしゃべるのも楽しいし、誰かと帰るとあっという間に駅に着くからありがたい。
そして今日もそんな帰り道だったのだが、ふとクレープのワゴン車が視界に入る。
そのワゴン車は時々来るお店で、おいしいお店。
あそこのクレープ最近食べてないなぁ、クレープかぁ…いちごのやつ食べたいなぁ…。
と一瞬でクレープで頭がいっぱいになるも、いやしかし今月使えるお金があまりないことを思い出してしまった。
だ、だけどいけなくはない…か。
見てたらめっちゃ食べたくなってきた。
いやでもやめておこうかな。
頭の中でいちごのクレープとお金がぐるぐると回っている。


「──ぶふっ、」

「…?」


堪えるような笑い声が聞こえてきてすっかり忘れていたが隣に迅くんがいるのを思い出した。
視線の先入ったクレープのワゴン車のせいだな、と一度クレープを頭の端に置くことにした。


「…迅くんはなにで笑ってるの?」


なんか迅くんにはこの質問をよくしているような気がする。
いや、もしかしてもしかしなくても私が笑われているのか?とどこかムッとした表情になるも、彼は「いやー!違う違う!」と手をブンブン振った。


「いや笑ってるでしょ、何が違うの。」

「ははっ、ごめんごめん。──あ、おれクレープ食べたいわ。」

「はぁ?話の逸らし方雑すぎるよ。……でも激しく同感!!」


あんな所にワゴン車来てたら食べたくなるよねぇ!と力を込めて言えばそうだね、と相槌を打ちながら自然とワゴン車の前の列に向かう迅くん。
それにつられて一緒に列に並び始めるがハッとする。


「や!まって、私食べたいけど迷ってんだよ!」

「え?そうなの?あんなにガン見してたのに?」


ガン見していたのがバレていた事に羞恥心を感じながら財布の中身の話をすれば彼は笑う。


「でも島津さん、今日クレープ食わないと暫く後悔するよ。」

「えっ!」


突然ブッ込まれたいつもの謎言動 (占い)に動揺する。
さすがの私でもそんなクレープくらいでそんな後悔はしないと思いますけど。
そんな心情がなぜかバレバレだったようで迅くんは続けた。


「んー、たぶん明日には後悔するんじゃない?」

「なにその絶妙に微妙な話!いやでも迅くんは食べていいよ…。」


ふ、と遠い目をして言えば迅くんは「うーん」と唸ったと思うと「島津さんのおすすめはどれなの?」と聞かれる。
その質問には即答で「いちごとクリームの王道のやつ!」と答えておく。
王道だけどそれがいいんだよ…!
いちごのほのかな酸味と甘さがマッチしてクリームも最高に合うしそれが生地に包まれたらもうほんとに──完璧っ!
そう力強くプレゼンすれば彼は「なるほど。」と言って「じゃあいちごクレープ2つね。」とこちらに笑いかける。


「へ、」

「おすすめを教えてくれたお礼に島津さんにおごってあげよう。」

「えっ、うそ別にそんなつもりじゃないし申し訳ないしいいよ大丈夫だから。」


そう慌てて言えば迅くんはワゴン車のお姉さんに笑顔を振りまきながら「いちごクレープ2つ。」と注文していた。
注文を終えると迅くんは笑顔でこちらを見る。


「いいよ、いつもノート見せてもらってるからそのお礼ってことで。」


確かに迅くんが休んだり早退した時の授業ノートは貸してるけどもそんなお礼もらうほどのことではない。
慌てて鞄の中の財布を探せば手で制止される。


「──いいから。ね。」


その言葉と顔に数歩後ろに下がってしまった。
ひぇぇえ!
なんて怖い人だこいつは!人たらしにも程がある!
なに、きゅんさせようとしてるの!?
してるんだな!
ボーダーファンを増やそうとしてるんだな!?
と、頭の中をぐるぐるさせている間にクレープかできあがり迅くんが2つ受け取る。
ひとますワゴン車から離れると1つをこちらに差し出した。


「はい。」


そう差し出されたものを流れるように受け取ってしまった。
一瞬で手を引っ込めようとしたが「おれもさすがに2つは食べれないから。」と言われてしまいそんなの勿体なさすぎると唸ってしまい結局受け取ることにした。


「…じゃあ、有り難く頂きます。」

「うん。」


にこにこと笑顔の迅くんに何だか餌付けされた気分だと思いながらもそうだと口を開く。


「今度またなんかお礼するよ!今はまるで思いつかないけど!何かあったら言ってね。」

「ええ?いいのに。ノートのお礼だし。」

「ううん、でも悪いから。」


律儀だねぇ、と笑う迅くんにそんなことない、と返しいよいよクレープを食すことにした。
目の前にするとやっぱりおいしそうしかないし、いちご最高!と歓喜する。
ほんと正直めっちゃ嬉しい。
迅くんには感謝だわ。
いただきます!と口にクレープ含むと優しい甘さがじんわり広がって最高…!とガッツポーズしたくなる。


「本当おいしいね、おれあんまり甘いクレープって食べた事なかったけど。」

「でしょ!このワゴン車のお店のクレープは優しい甘さなんだよ!」


最高ー!とこのおいしさを知ってもらえてよかったと思っていれば迅くんの手がこちらに伸びてくる。
それに思わず固まれば彼の手はこちらの頬を親指で触ると笑いながら離れていく。


「ははっ、生クリーム。」


ほら、と彼の手についた生クリームに自分の頬についていたのだと一瞬で理解して「ごっ、ごめん!」とポケットの中のハンカチで彼の手を拭く。
そしてすぐハッとする。
頬にクリームがついていたのも恥ずかしいしそれを迅くんに拭いてもらったのも恥ずかしいしハンカチで迅くんの手を拭ったのも恥ずかしい!!!
最後のは自分でやっておいてなんですけど!
恥ずかしさのオンパレードだわ!!!なんだこれ!!!
あっという間に顔の温度が急上昇したように感じる。
ちょっとほんと迅くん勘弁して!
占い師っぽくて謎言動が多いけど君はみんなの憧れカッコいいボーダー隊員なんだからね!!!
しかし恥ずかしい!!!

──恥ずかしさを誤魔化すようにどんどんクレープを食べていく。
対して迅くんはつい今のことなどまるで気にした様子もなく自分もマイペースにクレープを食べ進めていた。
食べているとなんとなく沈黙してしまって、さっきの恥ずかしさが蘇ってきてしまい、何でもいいから話題!!と頭を捻らせる。


「そういえばさ!前にも聞いたけどほんとなんで笑わざわざ駅まで来てくれるの?途中でまっすぐ行った方がボーダーに早く着くでしょ。」


そう言えば迅くんは突然の話題にぽかんとしながらも「前も言ってたね。」と笑う。
その笑顔にまた恥ずかしくなってしまいクレープにかじりつく。


「前もなんとなく言った気はするけどさ、駅まで行く理由は、」


よかった話が続きそうだ。
だいぶ収まってきた顔の暑さをぱたぱたして迅くんを見る。


「歩くのもすきだし、色んなものを“視る”のもおれの仕事っていうのは本当なんだけど、まぁそれって1人でもできるだろ?」


と迅くんもこちらを見る。
あ、よく見ると迅くんの目は空色なんだなぁ。
きれい。
そんなことを思っていれば彼は柔らかく、優しい表情で微笑んだ。
えっ、なにそれそういう感じ?えっ、きゅんですか?
もしかして?
アオハルになるの?私にアオハルが!

体温が再び上昇しつつあるのを抑えながら彼の言葉を待つ。
彼はその優しい笑顔で言った。


「──島津さんおもしろいし、見てて飽きないし、おかげで気が紛れるし、助かるよ。」


だからたまに一緒に帰ろう。──と素敵笑顔で言う迅くんに上昇しつつあったきゅんメーターはがくん、と下がった。


「迅くんが助かるならよかったなぁって思うけどぶっちゃけ面白がられるようなことは何もしてませんけどね?あと人との距離感はよく考えた方がいいよ!!別に一緒に帰るのはいいけどさぁ!」


せっかくクレープを奢ってもらったのに怒れてしまったのはしょうがなくないですか?









ていうかおもしろいってなに!!









(バカにされてる気しかしない。)
(いやいやそんなことないよ。)




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