2.笑顔にやられる



「──あ、島津さん。」

「なっ、なに。」

「いや別にそんな身構えなくても…。」

「いや誰のせいだと思って…。」


ジト目で迅くんを見てやれば、はははと笑う。
そんな迅くんを恨みがましく見る。
“水難の相が出てるから気を付けて”──そんなやり取りがあってからしばらく。
前よりも彼と会話する事が増え、迅くんはただの“よく休む隣の席のボーダーの人”、ではなくなり“同じクラスの友達”くらいの存在になった。
ただ、








「あ、島津さん明日落とし物に気を付けて。」

「ああ、島津さん、今日は人に物を貸すのやめた方がいいよ。」

「おはよう島津さん。本日は足元に気をつけてね。」








──と、数々の謎の言葉を日々放たれ続け、その度に「いやいや迅くんほんと何言ってんの?」と引き攣った表情をしていた私であったが彼のその言葉に沿った出来事が何かしら起こるっちゃあ起こる。
いや、似たような事が起こるだけであれが迅くんが“たまたま”それっぽい事を“偶然”言っているだけなんだからあれは偶然の他何でもない。
(自分でもなにを言っているのかよく分からない。)

つまり、だ。


「何度も言うけど私は別に迅くんにビビってるわけじゃないし占いとか信じてないし今までのあれこれはただの偶然だから。」


そう、そこだ。
今も声をかけられてついビクリとしてしまったがそれは後ろから声をかけられて驚いただけで迅くんだからビビったわけじゃない。
そう言ってみれば彼は楽しそうに笑う。


「別におれ何も言ってないけどね。いやーほんと島津さん面白いわ。」

「別に面白がられる事はしてませんけど?」

「いやおれが勝手に面白いだけだからお気になさらず。」

「……。」


とんでもない奴だよこの人は。
完全に人の事をからかってる。


「…ていうか何かご用事でも?」


今日はまだ彼に占いという名の絡みは受けていない。
いや受けたいわけでもないしぜひとも距離を取りたい所だけれど。
やや警戒しながら尋ねてみれば迅くんは至極楽しそうに言った。


「ああ、今日おれ今から帰るから一緒に帰ろうと誘おうと思って。ごめんね期待に沿えず。」


ご希望とあらば何か視てあげようか?とニヤリとする迅くんにいやいや!と首と手をブンブン振る。


「結構です。大丈夫大丈夫。一緒に帰るだけなら変な風に声かけないでよ。」


ふう、と息を吐けば彼は「別に普通に声掛けたと思うんだけどね。」と零す。
いやいや完全にこっちの反応見てニヤニヤしてたよね。
ほんとにもう、と息を吐いて自分を落ち着かせていればその間に迅くんは靴を入れ替え、靴を履いていた。
そしてまだ靴も変えずに突っ立っていたこちらを見て不思議そうな表情をみせる。


「帰らないの?」

「ぐっ、」

「ぐ?」


迅くんの帰らないの?の言葉と首をこてんと倒した様子につい唸るような声が出てしまった。
なんだこの人は女子の胸をつかむ訓練でも受けているのか。
変な占いをされているとはいえ彼はみんなの憧れボーダー隊員でカッコよくてちょっと意地悪い感じはあるけどいい人でイケメンなんだよ…!!
そんな同級生に小首傾げられてごらん?


「腹立つわー。」

「なんで。」


え、おれ?と本気で不思議そうな表情をする迅くん。
確かに彼は何も悪くないと思い直し「ごめん気にしないで…。」と微笑むと「え、大丈夫?」と心から心配された、というより引かれてしまった。
いや大丈夫です。ただ迅くんのイケメン具合にやられただけなので。と心の中で返事をしながら靴を履き替え「帰ろう。」と先ほどまでのやり取りをなかった事にした。
歩き出したこちらに合わせて彼も歩き出す。
そして一言目に立ち止まってしまった。


「なんか島津さんて変わってるよね。」

「占い師な迅くんには言われたくないですけどね!」


ほんと最初のイメージからだいぶ離れてきたわと思いながら再び歩き出し、ぼんち揚を食べ始める迅くんを見る。
ていうかこの人、ぼんち揚すきすぎない?
雨の日一緒に帰った時、電車降りても雨が降ってたら私にぼんち揚げをくれると言った迅くんに翌日ぼんち揚をプレゼントした。
(まさかの本当に雨がやんだからね…賭けに負けた気分だ。)

そしたら嬉しそうに速攻で袋開けていた。
「いる?」とか言われたけど正直朝からぼんち揚はちょっとキツイので丁重にお断りした。
──っていうエピソードがあったからか、ふとした時に彼がぼんち揚を食べていることに気づいた。
授業の合間や昼休みのあとのボーッとした時間、はたまたこういった帰り道で。
歩きながらのぼんち揚は行儀が悪いですよと思いながらもあえて口にはしない。
いや、別に私もぼんち揚、嫌いなわけじゃないよ?
むしろたまに無性に食べたくなるよね。
そんで食べると止まらないんだよね、アレ。
だからと言って毎日のように食べたいわけでもない。
と、彼がぼりぼり音を立ててぼんち揚を食べているのを見ていればその視線に気づいたらしい彼は何故か嬉しそうに口角を上げてこちらに袋を差し出してきた。


「島津さんぼんち揚食う?」


しまった見過ぎたらしい。
どうやらこちらがぼんち揚すきすぎん?とか考えている内に「こいつめっちゃ見てくる=ぼんち揚食べたいんだな、さては。」ってなってしまったようだ。
ただしかし、今はぼんち揚の気分ではないので丁重にお断りする。


「今は大丈夫だからまた今度ください。」

「なんかその言い方トゲがあるなー。」

「いやいやそんなことないよ。でも迅くんたまには甘いものも食べたら?口の中しょっぱくなるよ。」


そう言って鞄の中から一つアメを出す。


「はい、あめちゃんあげる。健康第一なはちみつアメです!」


と黄色い包みのアメを差し出す。
このアメはオススメなんだよね。
開けるとツヤっとした黄色がきれいでさ、優しい甘さでオマケに喉にもいい!
個包装だからいつでも食べれるし、と渡す。
一応受け取ってくれたのでこちらも自分のオススメを渡すことができてどこか満足感を得る。
と、受け取ったアメをじーっとみている迅くんにあれ、と首を傾げる。


「もしかして、甘いのあんまりすきじゃない?別に無理しなくてもいいからね。」


そう声を掛けると彼は手の平に乗るアメを見て「いや別に甘いの嫌いとかじゃないんだけどさ…」と間を開ける。
その歯切れの悪さにいよいよ首を傾げていれば彼はなんでか笑い出した。
急な笑いになにか今面白いことがあっただろうかと考えるけど全くわからない。
いや急に笑い出すとかちょっとどういうこと。
ほんと迅くん謎だわ。
呆然と彼が笑うのを見ていたが、暫くして落ち着いたらしい迅くんは「ごめんごめん」と正直言って謝ってる感じはまるでしないがとりあえず「何に笑ってるの?」と尋ねることにした。
いや私アメあげただけだし。


「いや、ははっ、そんな大したことじゃないんだけどさ。おれよく人にぼんち揚食う?って食べさせるんだけどさ、」

「ああ、うんそうだね。」


正しく彼の言う通りで実際今自分も言われたし、なんなら何回か言われてるし、教室で嵐山くんに食べさせているのも見たことがある。
だがそれが何なのか。先を促してみる。


「食う?って聞いて断られてさ、いや断られるのは別にいいんだけど、」


え、断ってごめんという表情をしたこちらに違う違うと手を振る。


「断られたのに自分のオススメを渡されたことはなかったから。なんか面白くて。ほんと大したことじゃないでしょ。」


ははっ、と笑う彼にぽかんとしてしまう。


「え、ほんとに大したことないし大笑いな理由がそれ?」


えええ、笑いのツボが浅すぎる…と衝撃を受けていれば「まあね。」とキメ顔をする迅くん。
いやいやキメても今のタイミングじゃ大してキメれてない上にまだ口元がニヤニヤしてるよ。
そう一言指摘してみれば彼は今度こそ顔をキリッとさせた。
そしてアメをこちらに向けてにこりと微笑む。


「島津さんのおすすめはありがたく頂きます。」

「ぜっ、ぜひ食べてください…。」


言葉が尻つぼみになっていくのを迅くんは不思議そうにしている。
が、こっちの言い分としては、「ああいうきらきらな笑顔は不意に向けないでくれますか!なんか心臓に悪いので!!」である。
まあ本人には言いませんけど。










でもその笑顔にやられる人はいると思う。









(えー。なに?)
(なんでもないです。)



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