2.なんでもない



この町はいい食材をそろえている──サンジは買った食材を抱えて気分よく船へ戻ってきた。
どうやらこの島は山の幸、海の幸共にいいものが揃うようだ。
この島を出るときにはしっかい買い込んでいきたいものだ。
そんな事を思いながらリビングへの戸を開く。


「ただいま帰りましたいい食材が手に入りましたよレディ達おい帰ったぞ野郎共荷物を運べ、──!!!」

「あ、サンジおかえり。」


サンジはドサリと荷物を落とす。
そして笑顔で出迎えたシオンを見てワナワナと手を震わせる。


「どっ、どうしたんだいシオンちゃん!!そのっ、そのおでこ……!!!」


チョッパーの手により治療さたらしく、ガーゼを貼られているおでこは異様に目立つ。
震えるサンジを見てシオンはにこりと微笑む。


「別に、なんでもない。」

「なんっなんでもなくないよっ!誰だ!誰が一体……!!」


ギャーギャーと喚くサンジに対し、シオンはにこりと微笑むだけ。
それに違和感を感じてサンジは船内にいる一味を見る。
確か彼女と共に出掛けたのはルフィ、ナミ、チョッパー、ウソップだったはずだ。
彼らの様子もどこかおかしい。
船番をしていたゾロも様子が分からないのか眉間にシワを寄せてシオンを見ていた。
ロビンも彼女を見ながら様子を見守っているようだ。
辺りを見回して慌てているサンジを見て、シオンは静かに立ち上がり彼を見る。


「本当に、なんでもないの。ちょっと涼んでくるわ。」


外へ出ていってしまったシオンにサンジは困惑する一方であった。
一体何が起こったのだろうか。
まず、何故彼女は怪我をしてしまったのか。
その原因を知る為にサンジはルフィ達を見る。


「何が、あったんだ。」


あんなに、こちらを拒否するような様子を見せる彼女はかつて仲間になる前の彼女のようだ。
線を越えさせない、そんな距離。
ルフィに尋ねれば彼は不機嫌そうに腕を組んで座っていた。


「……おれは知らんっ!絶対あいつがなんか勘違いしてるに決まってる!!!なのにシオンのやつ!」

「?」


ルフィが何を言っているのかが分からずナミに視線を動かし話を促す。
ナミも頭を抱え、息を吐く。


「私もよく分からないの……シオンが何も話してくれなくて。」

「だから絶対あいつが勘違いしてるんだ!!あいつを探しに行こう!!!」


ガタっと立ち上がり今にも外に出ていこうとするルフィをウソップが止める。


「おい待てよルフィ!まだ何もわかってねェんだから!」

「わかんねェからあいつに聞きにいくんだろ!」

「だーかーらー落ち着けっての!!」


そういうウソップですら落ち着きのない様子である。
シオンに何かがあった事はわかるが話の内容は先ほどから変わらず何も分からないままである。


「まてまて!だから何の話なんだ!?あいつってのは誰なんだよ!」


そう言えばルフィはぐっと手を握りしめながら口を開いた。


「シオンが……シオンが人殺しだって、そんな事……あるわけねェ!!」

「シオンちゃんが人殺し……!!?」


その言葉にサンジも目を見開く事となった。










「──つまり、そのクソガキがシオンちゃんに石を投げた挙句、“人殺し”なんぞとほざいたわけか…。」


経緯をようやく理解したサンジの言葉にナミが頷いた。


「ええ…でもシオンは否定するわけでもなくあの子の投げた石にわざと当たったと思うの。」


その言葉にルフィは相変わらず腕を組みむすっとした表情のまま「あたりまえだ。シオンがあんな石っころに当たるわけねェ。」とぶつくさ呟いている。
そんな様子にナミはため息を吐きながら続ける。


「だから、経緯は分からないとはいえ…この島で何かあったのは確かみたい。」

「よくよく考えみりゃあこの島についた時、シオンは島に降りるの渋ってたしなァ。」


ウソップの言葉にそういえば、と全員がこの島に着いた時の事を思い出す。
確かにあの時の彼女はどこか変だった──とはいえ彼女が島についた時に引きこもり癖があるのは前からの事だからその変な様子にも気づかなかった。
元々隠し事はうまいシオンの事だ。
今回も先ほどのような出来事がなければ隠したままこの島を何事もなく出ようと思っていたに違いない。
今までシオンが一人で旅していた時の話はきちんと聞いた事がない。
たまに尋ねてみても「そんな期待するほどいい話なんてなにもないよ。」とへらりと笑うだけであった。
たまに昔の事に関して口を開いたと思っても敵に見つからないようにログが溜まるまで船に引きこもり、必要最低限のものを買いに町に出る事しかしなかったからゆっくり買い物もしていなかったという楽しいとは言えない内容。
だからこそ一味はシオンを外に出したがるし、町で楽しい事はあるのだと教えたかった。
近頃は引きこもりもちょっとは減ってきて共に出かける事も増えてきたのに。
こんな事になるなんて。
しかも、


「のんびりさんはこの件に関して私たちが介入する事を嫌がっているようね。」


ロビンの言葉にナミは俯く。
ロビンの言う通り、帰り道でなにを問い詰めたとしても先ほどのサンジに対しての言葉と同じ「なんでもない。」と笑顔で言うだけ。あの笑顔はこちらの介入を拒否しているモノだった。
信頼してくれるようになったと、頼ってくれるようになったとそう思っていた最中のこの事件。
これは一体どうしたものなのか。
ため息を吐くナミ達にゾロが口を開く。


「別にあいつが関わって欲しくねェならほっときゃいいだろ。どうせこの島にも3日くらいしかいねェんだろ。シオンもメリー号に引きこもるだろ。」

「てめェこのクソまりも!!おめェにゃ“心配”っつー言葉はねェのか!!あんな、あんな…つっ、作り笑顔のシオンちゃんを見てもよォ…!!」


うおお、と泣き出したサンジにゾロは引き気味に下がって口を開いた。


「シオンだっておれ達の手助けがいる時にゃなんか言ってくんだろ。無理に聞き出すもんじゃねェだろが。お前らだってあるだろ、過去の関わりたくねェ事がよ。」

「…ゾロのクセに正論言いやがってよォ!!」

「あぁ!?」

「ゾロの言う事もわかるはわかるんだけど…でも心配なんじゃない!!」


あーもう!!と叫ぶナミにゾロは再びため息を吐いてここから先は我関せずである。
そんな一味のやり取りにチョッパーは視線を落としながら静かに言う。


「あの時シオン、すげェ悲しい顔してたんだ。おれ、心配だな…。優しいシオンが、人殺しなんて言われるなんて…。」

「そうね…でも船医さん、剣士さんの言う通り少し様子を見たほうがいいわ。のんびりさんも気持ちが整理できたら私たちに話してくれるかもしれないし、3日後にはここを出るのだから。」


その言葉にチョッパーは寂しげな様子のシオンを頭に浮かべながらも小さく頷くのだった。


「うん…。」











甲板に出て町のある方を眺めていたシオンはため息を吐く。
仲間が心配しているのは分かっている。
そして助けてくれようとしているのも分かっている。
だけれどこの件に関しては自分の問題である。
彼らをこの件に関わらせるつもりはない。
そんな事を考えながらチョッパーに手当てしてもらったおでこのガーゼを触る。





「なんで、なんでまた来たんだ!!この…、この、ひとごろし!!!!」







あの言葉を受け止める。
受け止めなければならないんだ。
よし、と意気込んで顔を上げる。
と、その時やってきた仲間──ルフィにシオンは笑顔を向ける。


「どうしたのルフィ。」

「シオン、あいつと何があったんだよ。」

「何、何か〜そう言われてもなァ…うーん、たいした事じゃないの。だーいじょうぶ。本当にルフィ達は気にしないで。」

「仲間がっ!!仲間がひとごろしなんて言われてるのに気にしないなんてできねェ!!シオンがそんな事するわけねェ!そうだろ!!!」


手をぐっと握りしめているルフィにシオンは眉を下げる。
そうだ、彼はこういう人だ。
自分の事じゃないのに本人以上に気にかけてくれる。
そんな所が彼と共にいる理由だった。
でも、とシオンはルフィの肩に手を乗せる。


「ルフィ、私たち出会ってまだそんなに経ってないでしょう?」

「……。」

「ルフィ達と出会うまで私、悪い事もしてきたわ。だから今回のはそのツケが回ってきただけ。ルフィは何もしないで。」


そう突き放すように言い、シオンは女部屋へ戻る。
ここまでしても彼なら動いてしまうかもしれないと思いながらやれる事はやっておかねば。
そう、こう言っておけばリビングでもきっと心配してくれている仲間にも釘をさせる。
ルフィが何か言う前に、捕まる前に部屋のドアを閉めベッドに倒れるように体を沈める。
彼らの心配そうな表情は彼女が仲間になる前と同じようなもの。
そんな心配をさせている事を申し訳なく思いながらシオンは瞳を閉じた。









これくらい何でもない事なんだから








(彼らにあんな顔をさせたいわけじゃないのに)
(なんでうまく伝えられないのだろう。)



190721執筆



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