18.わらう
「シオンっ…!」
テオに攻撃が及ばないように彼をギュッと抱き込める。
こうすればテオを守れる。
だーいじょうぶ、そう呟き振り下ろされる刃物を見る。
自分に向かってくるその刃物を見ていればふと一味の顔が脳裏に浮かぶ。
そしてハッとした。
──しまった、このままいくとケガして怒られるパターンだ。
シオンは振り下ろされる刃を見ながらも、幾度となく繰り返されてきたナミやルフィを始めとした一味の説教をこのタイミングで走馬灯のように思い出していた。
思い出せば出すほどに彼女の顔は青ざめていく。
あ、だめだ。
これで怪我したらチョッパーに悲しい顔をされながら治療してナミの長いお説教、ゾロやウソップにはまたかと呆れられながらも心配されてしまうし、ロビンは表情には出ないかもしれないけれどこちらを心配した様子を見せるし、そしてサンジには泣かれてしまうだろう。
そして──…ルフィはきっとすごく怒る。
「なんでケガするんだ」「ひとりで出かけるからだろ」って。
それに今回はルフィを突き放してきてしまったから、怒りながらも辛そうな顔をさせてしまう。
そんな彼らの様子が手に取るように思い浮かぶ事に自分も随分とこの場に馴染んでいるんだなぁ、いや…彼らの事がすきなんだなぁと改めて気付かされる。
そんな自分に笑ってしまいそうになる。
やっぱりこのままこの攻撃を受けてしまうわけにはいかなくなった。
彼らが笑って…いや彼らと“共”に笑っていけるようにケガなんてするわけにはいかないのだ。
シオンはぐいっとテオを引き寄せる。
「えっ…!?」
「うぐ、…どりゃぁあああっ!」
テオの驚く声を聞きながら地面に張り付いていた足を引き剥がし男の攻撃の軌道からそらす。
バスン!と音をたてて彼女とテオの横にサーベルが振り下ろされた。
「危なっ!セーフセーフ。」
あははと笑うシオンに対し、テオは震えながら青ざめており、男は荒い息遣いでシオンを睨みつけている。
「…何で笑って、」
男の問いにシオンは微笑む。
「…私もね、随分変わったんだなァって。」
唐突な話の流れに男は眉間にシワを寄せた。
それを見ながらも彼女は続ける。
「今までならきっとさっきの攻撃、受けちゃってたと思うんだよね。無理だって思ってたし今のは所詮火事場の馬鹿力ってものだったわ。それに、テオを守れればいいや、って考えてたもの。…でも、今は私が怪我すると心配してくれる人達がいるから。だから何とかしなきゃって動けた。そんな自分がおかしくて、つい笑ってしまったの。」
「何を、何なんだ!だから何なんだ!!!」
「だから、」
シオンはこの場に合わぬ笑みで彼を見る。
「だから、私は1人じゃないって事よ!──そうだよね!ルフィ!!」
「な!!?」
彼女の言葉に男が後ろを振り返ろうとしたその瞬間、
「“ゴムゴムのォォオ”!!」
彼はもうそこにいた。
「“ガトリング”!!!!」
「ぐぁあっ!!!」
男は攻撃を受けて飛ばされ、体を地面に打ちつける。
テオを押さえ込んでいたシオンはここでようやく安堵の息を吐く。
「…来てくれると思った。ルフィ。」
へら、と笑ってルフィを見上げれば、彼はムッとした表情を見せ、そしてシオンを見る。
「…当たり前だろ!!あほ!!シオンのあほ!!!ばーかばーか!」
「ふふっ、そうかも。ごめんねルフィ。」
なんとも言えない罵倒の言葉を受けながらもシオンはつい笑ってしまう。
昨日突き放してしまった事も含めて軽く謝罪すればルフィはむすっとする。
「ごめんじゃなくてありがとうだろ!!だからシオンはだめなんだ!」
「ふふっ、そうだね。」
「そうだ!シオンはまだダメだ!1人じゃすぐ変な事考えるからなっ!だからおれ達を避けるなんて許さないぞ!わかったな!!」
「……、」
ルフィの言葉にシオンは一瞬止まり、そして間をあけてから小さく頷く。
「…うん、わかった。」
頷いた彼女の姿に満足したのかルフィはフン!と息を吐く。
そんなやり取りをしている内に一味が走ってやって来る。
「シオン!大丈夫!?無事ね?この状況なんなの!?」
シオンが使い捨てまくっていた短剣やナイフの残骸を見て顔を青ざめたナミはシオンの姿を確認しながら側へやってくる。
そんなナミを見てシオンは何故かぎくりとする。
悪い事をしていた訳ではないのにほんの一瞬前に危険な選択をしようとしていた事の罪悪感が何故か彼女に押し寄せていた。
実際には思い留まりなんとかしたのだからもう気にする必要などないはずなのに何故こんなにもドキドキしてしまうのか。
ルフィにはその罪悪感は感じなかったのになァ、とそんな事を考えていたからかシオンに怪我がないか確認していたナミは急に鋭い目つきでこちらをみたかと思えばにこりと笑う。
「なぁに?なにか後ろめたい事でもあるのかしら?」
笑っているのに優しい言葉つきなのにどうしてこんなに追い詰められている気持ちになるのだろうか。
「なんっ、にもないです。」
つい言葉に詰まってしまいヤバいと思うも、ナミの視線がシオンの抱えるテオに向けられる。
「昨日の子ね?テオくん。」
「えっ、あ、うん、」
突然声をかけられビクリとするテオだがすぐ後ろからやってきたサンジ達によって再び驚き縮こまる。
「シオンちゃああああああん!!ケガッ、大丈っ、なんっ、いなっ、おれっ!(シオンちゃん、ケガはないかい、大丈夫かい、なんで、いなくなったの、おれは心配で心配で。)」
「ごめんねサンジ、船出る前に声はかけたんだけど聞こえてなさそうだったからメモも残したんだけど…。」
「シオンちゃん、ぐすっ、ぶじっ、よかっ、おれっ、(シオンちゃん、無事で本当によかった。おれはもう君に会えないかと思って。)」
「うん、私は何ともないから。…ありがとねサンジ。」
サンジの袖を引きながら礼を言うと彼は数秒停止してあと「無事再会できてその上あんな素敵でスマイルをもらえるなんておれは幸せすぎるっ!」そう言ってくるくる回っていた。
(それを見てナミはあーもううるさい!と怒っていた。)
しかしどうやらとても心配をかけてしまったようで申し訳ない。
今度からはもっとメモをたくさん残さなくちゃなァとどこか見当違いな事を考える。
それを見透かされたようでサンジの後ろからきたウソップが呆れた様子で「絶対違ェ方向に改善しようとしてるだろ。」とツッコミを入れてくる。
「にしてもシオンちゃんよォ、地面にばら撒かれてるこの壊れたナイフ達は一体…、それにあちらの方とても表情が怖いんですけど。」
地面に散らばる武器と今し方ルフィにぶっ飛ばされながらもゆらりと立ち上がった男(やはりあの攻撃だけではどうともならないか)を見てあわわと顔を青ざめつつも尋ねてくるウソップ。
そんな彼にシオンはあははと笑いながら返す。
「いやァどうやらあの人達“キラー”の奴みたいで、なんかちょっと危ない薬刺しちゃったんだよね。それで彼ら力が強くなっちゃっうしさっきは手元に“春花”がないわだしで大変だったの。」
「笑いながら言う事かよっ!!つーか“キラー”っておい例のあれじゃねェか!!」
シオンを狙う組織“キラー”奴らは神出鬼没であり、彼女が足を踏み入れた所には潜む事が多い。
シオンの経験上はよくある事であるので特に表情も変えずコクリと頷いた。
「うん、そう。捕まりそうだった。」
「冷静かっ!!」
キッと睨むように言うウソップにそう言われてもと苦笑いで返す。
それを聞いていた一味はシオンの前に壁のようになって立ちはだかる。
「ったくてめェは本当に世話が焼ける。」とゾロ。
「シオンちゃんはおれが守る!」とサンジ。
シオンの後ろで仁王立ちで「よし、いけ!」と言うウソップ。
「あんたもいけ!」とナミはバシンとウソップをはたく。
「シオンは連れて行かせねェからなっ!」とチョッパー。
「もう大丈夫よ、のんびりさん。」にこりと微笑むロビン。
「絶対!シオンは連れて行かせねェからな!!」とルフィ。
彼らの言葉と後ろ姿に力を貰えた気持ちになる。
シオンはふふ、と微笑むと無意識で庇い続けていたテオから離れる。
もうテオも安全だ。心から信頼する仲間が共にいてくれるから。
そして、
「シオン?」
シオンは彼らの背中をそっと叩きながら前へ出る。
今までは1人だった。
それから仲間に助けてもらえるようになった。
そして次は、私が彼らと共に。
「ここは私に。彼と、話をさせて。」
「…話が通じるようには見えねェがな。」
ゾロの言う通り、今は薬の効能を受け一瞬で強靭な力を手にした彼だが顔の表情は歪み、何か違うものと戦っているような顔つきを見せる。
しかしそもそも彼は戦う前“白い部屋”のあの声の主──恐らく“キラー”のボスに恐怖していた。
だからきっと、話が通じる。
ルフィをチラと見て「話をさせて。」と伝える。
彼はゼェゼェと息荒くこちらの様子を見ている男に視線を向けながら険しい表情を見せつつ「わかった。」と頷く。
(信頼する彼らが側にいるからこそ。)
200520執筆
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