17.狂気
キン、キン!と金属のぶつかり合う音がそこには響いていた。
そして、
「ははっ、はは!見ろ!!おれの力をっ!!!」
「っ、もう!!」
男は笑みを隠す事もせず、シオンは舌打ちをした。
彼女の持つ短剣にヒビが入り壊れ、それを捨てる。
そしてまた違うものを取り出すもすぐにまた使い物にならなくなるだろう。
「あーもう!ほんとおかしいわ!」
苛立ちを言葉にして発すると男は笑う。
「あの方がおれ達の為にあれを作って下さったんだ!!おれは負けない…!そしてお前を捕獲してあの方に!!」
先程薬を打った時は冷静さも平常心すら失っていた様子であったが、時間が経つにつれて会話もまともな物に戻ってきている。
しかし男が“強くしてもらった”という物はロクな物でないのに違いないし、今し方打った注射はもっとロクな物ではないだろう。
今はこうして力を引き出し、異様なパワーを手に入れているとしてもこの後どうなるかは分からない。
そして、彼らの言う“あの方”はかつてシオンが押し込められていた“白い部屋”の“声の主”。
それを思い出しぞわりと寒気がする。
彼女にとってあそこで過ごした日々は長くはなかったが酷く恐怖を覚える物だった。
次にあそこへ行く時は、きっと…、そんな事を考えながらサーベルを避ける。
「ははっ!ははは!!おれはっ、勝てる!!お前の武器ももう残り少ないだろう!!その時が最後だ!!!」
もう勝利を確信している様子の男とは裏腹に、彼女が今一番に心配しているのはこの場から逃げる事ができたテオの事。
安全な所まで行けただろうか、殴られてしまった場所は大丈夫だろうか。
そして今の状況で困っている事は手元の武器が男の言う通りもうなくなりそうである事。
サーベルを弾きながらどうしたものかと考える。
“春花”を拾えばまた戦い方が変わってくるが、ちっとも“春花”が放られた方へ近付く事ができない。
困るなァとどこかのん気に考えるシオンにはまだ余裕があるようである。
隠し持っている短剣やら何やらがなくなってしまい丸腰になってしまえば、圧倒的に不利な状況となってしまうのに自分で不思議である。
短剣をまた一つ投げ捨て太股に隠してある短剣に手を伸ばす。
「──げ、」
しかしその手が掴む物はもうなかった。
隠してあった武器は使い切ってしまった。
その事に気づいた男はニヤリと笑う。
「もう手持ちがないようだな…!」
「あーうん、まぁね。」
ブンと振られるサーベルを身を翻して避ける。
この場にウソップがいたならば「何バカ正直に答えてんだよっっ!」と怒鳴られていただろう。
そんな事を考えてふふっ、と笑う。
「何っ、笑ってやがる…!」
「あー、えーと何って言われてもなァ…。」
「何故当たらないっ!何故!!お前をここで捕獲しないと!」
「何故って言われてもね、」
「──シオンっ!」
名を呼ばれて視線だけそちらへ向ける。
この声は、
「テオ…!?」
安全な所へ逃げたはずのテオがそこに駆け寄ってくる。
だめだ、こっちに来ては──そう叫ぼうとした時に彼が両手に持つものに視線が移る。
「シオン──シオンこれっ!」
テオが持つそれはシオンにとって大事な物。
「──ありがとう!」
片手をそちらに伸ばしてテオを見る。
彼は両手で抱えていたそれ──“春花”を投げた。
知らず知らずのうちに頬が緩む。
テオが、テオが助けに来てくれた。
大切な物を持ってきてくれた──。
その出来事に唇を噛み締める。
そしてしっかりと“春花”を握り表情を引き締める。
そして流れるように鞘から刀身をのぞかせて構えた。
男がこの一連の流れに驚きと焦りの様子を見せる。
「──さ、遊びはここまでだよ。」
「くっ、そぉぉおお!!!」
男の振り上げたサーベルを“春花”で受ける。
先程までと同じく攻撃は重たいがやはり違う。
受けた力を流すように後ろへ飛び、体勢を立て直す。
上がっていた息を整え、手元へ視線を送る。
これは彼女の手によく馴染んでいる。
手にしただけで体は軽くなるような気さえするのだ。
シオンは口元を上げ、ふふっと笑い“春花”を横に構える。
男は彼女の纏う空気が変わった事に気づいただろうか──いや、サーベルを大きく振りかぶり進む男は彼女のそんな変化には気付いてはいないだろう。
テオはサーベルを振りかぶる男を見て青ざめる。
シオンに武器は渡せたが大丈夫なのだろうか。
彼女はただ剣を横に構えたまま静かに立っていた。
「あぶなっ、──!」
その瞬間テオはまばたきする事を忘れその光景を見ていた。
花びらがひらひらと舞い水面に落ちる、静かなそんな光景が浮かんだ。
「──“花筏(はないかだ)”」
「──がっ、」
「す、すげェ…!」
剣を振り抜き鞘に剣を戻す。
それと同時、男がどさりと倒れ込んだ。
彼女はふぅ、と息を吐くとシオンは振り返り微笑む。
がテオの背後にいる男に目を見開く。
「テオっ!!!」
「?」
シオンの形相にテオは後ろへ視線を向ける。
そこには先程まで恐怖に震えていたはずの男が狂気に満ちた目でテオを見ていた。
「──っ、」
シオンは足に意識を向け力を込める。
そして一足で最早飛ぶようにテオの元へ行く。
そしてギュッとテオを抱きしめた。
絶対に守る。
(シオンっ…!)
200312執筆
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