16.哀れむ


「シオン…!」

「テオ、動かないで、じっとしてて、だーいじょうぶだか、ら、」


また目の前で大事なものが傷ついてしまう。
不安そうにこちらを見ているテオをシオンはなんとか顔だけ上げて返す。
テオの後ろでは男がどこか顔を青ざめた様子でこちらを見ている。
それとは対照的にシオンを押さえつけている男は笑いを含んだ声色で言葉を放った。


「そうゆう所がさ、甘いって言ってんだよ。おい、ちゃんとそのガキ抑えてろよ。」

「わ、かってる。」


ぐい、とテオの襟首を引く男はやはり顔色が悪く、そちらの方が明らかに有利な状況であるにも関わらずどこか余裕のない様子である。
この違和感は何なのだろうか。


「お、前、動くなよ、ガキがどうなってもいいのかっ、」

「…動いてないでしょ、テオに手は出さないで。」


シオンを抑える男の顔はこちらからは見えないが、テオの側にいる男の様子を見て少し彼女の心に余裕が生まれる。
いくらこの男達が昔よりも強くなっていようがなかろうか、シオンが今やる事に変わりはない。
テオを助けて、自分も捕まらない。
それが最高だ。

そう一呼吸置いて視線をテオに向ける。
顔は青ざめ、先ほどこの男達が余計な事を言ったせいで涙も止まらない様子ではあるがまだが怪我はないはず。
テオは涙目でこちらをじっと見ている。


「シオン、」


ぼたぼたと雫が落ちるのを見てシオンは目を見開く。


「おれ、おれ、…!」


言葉の続かぬテオにシオンは眉を下げる。
ああ、だからこんな風に伝えたくなかったというのに。
そうは思っても知られてしまった事はもう戻す事はできない。

一方でそのやり取りをしているのを見てイラついたのかシオンの真横で男がテオを抑える男に叫ぶ。


「おい!ガキ黙らせろ!うぜェんだよ!!だからガキは嫌なんだ!」


顔を青ざめた男は「だ、黙れ!」と震える声で言うと持っていたサーベルの柄をテオに向けて殴りつける。


「ぐっ!」

「テオ!!!」


べしゃりと横に倒れたテオにシオンは声を荒げる。
致命傷ではないであろうが、テオは子どもだ。
倒れたまま起き上がる事ができない様子である。
それを見てシオンは息を呑む。
黙り込んだシオンを見て男は「ああ?急に黙り込んでどうした?」とニヤついてこちらを覗き込んできた。
と同時、男はビクリと体を震わせる。


「──テオを殺したら、私があんた達を殺す。」

「っ、」

「ひいっ、」


離れている筈の男は小さく悲鳴を上げた。
一方でシオンの側にいるこの男は一度彼女の覇気に気圧されたようであったが、ぐっと唇を噛むもそれを誤魔化すように言う。


「お、れ達は強くなったんだ!!昔、てめェを逃してしまった後に、“強くしてもらった…!”」












「──逃した?」

「もっ、申し訳ありませんでした、」


深く頭を下げ続けていると、目の前にいるその男はくくく、と笑いをもらした。


「そうか、逃したかァ。せっかく赤髪の所から出てきてチャンスだと思っていたんだけどね。まァ逃げたのはしょうがないさ。あいつは日に日に強くなっているんだから。」

「……。」

「いずれシオンが戻ってくるかもしれない。2人はその島に戻って見張りをしろ。」

「はい。」


もう一度頭を下げ、そこから立ち去ろうと足を一歩下げようとすると「ああそうだ、」と声をかけられ立ち止まる。


「これから毎日“これ”を摂取しろ。」


瓶を差し出される。
その中には錠剤が入っている。
瓶と男を順に見て、ゆっくりとそれに手を伸ばす。


「こ、れは…?」

「“強くなる薬”だ。それを毎日飲めば力が増強される。足りなくなれば送る。そして──どうしてもすぐに力が必要になった時にはこれを。」











「あの頃とは違う!本当に力が溢れる!だから、だから…!」

「おれ達はお前をあの方の元へ連れていく。」

「…。」


それを聞いてシオンはこの男達が哀れに感じる。
どうせその“強くしてもらった”という方法はロクなものではないだろう。
恐らく、この男たちにとっていい事にはならない。
何もかもが“あいつ”の実験対象となるのだから。
きっと彼らは使い捨てだ。
敵とはいえ哀れであり気の毒に思う。
そんな視線に気づいたのだろう、シオンを踏みつけたままの男は「なんだその顔は、」と震える。
動揺した様子の男にシオンは「別に、」と返す。


「ただ、哀れだと思ったのよ。」

「な…!」

「私がここを訪れるかも分からないのにこの島に押し込められた。もし来なければあなた達は永遠にここにいてあの男の実験に貢献していたでしょうね。」

「違う、あの方はおれ達を信頼して、」

「違うわ、あなた達は単なる捨て駒。」

「違う、」


そんなやり取りをしていればテオを殴った男は「ひぃぃ、」と震えた声を上げて蹲る。
それを見てシオンの側にいる男はハッとして叫ぶ。


「おい!こいつの話に耳を傾けるな!!やっと捕まえたんだ…!ここでしくじったら…!!」


彼らは恐らく“次”がない。
だからか最初は余裕であったにも関わらず、こちらの不利な状況であっても動揺しない様子に焦りが出てきたようだ。
テオの側にいる男はすっかり震えあがっているし、シオンの側にいる男も強気な言葉を使ってはいるがもう余裕はない。
失敗してはいけない、という思いが纏わりついているのだ。
そして今、動揺にシオンを踏みつける力が緩んだ。
その瞬間をシオンは見逃さない。
手をついて上半身をのけぞらせると男が動揺して力が入っていなかったおかげで簡単に男のバランスを崩れさせる事ができる。
その一瞬で体を捻り勢いよく起き上がる。


「…どうやら、また捕まえ損ねそうね。」


にこりと微笑み男を見れば、彼は怒りを露わにする。


「くそっ、くそくそっ!!」


サーベルをこちらに向けて振りかぶってくるが、怒りに任せた攻撃は大振りになり、簡単に避けることができ、避けきれぬ分も隠し持っていた短剣であしらう事ができる。
しかし異様な力に間違いはないようで、一刀一刀が酷く重たい。
こんな短剣では遮り続けるのは厳しいかもしれない。
だというのに“春花”は先ほど男に遠くに放られてしまい今すぐ手にはできない。
キン、とサーベルを払ってテオに視線を向ける。
先ほど殴られてしまい倒れていたテオは今は起き上がり、こちらの攻防戦を不安げに見ている。
意識もしっかりしていそうで少し安心する。
先ほどテオを殴った男は未だ何かに脅えるように小さく丸くなっている。
今の所テオにこれ以上害をなす様子は見られないがどうなるかは分からない。
できればテオを安全な所に。
そう思うも中々余裕が出ない。
シオンは視線を正面の男に戻しながら叫ぶ。


「テオっ!動けそ、なら!逃げて!!」

「で、でも、」


震えた声が聞こえるがシオンはサーベルを短剣で受け流し続けて叫ぶ。


「私はだーいじょうぶ!お願い、テオっ!!」

「…っ、」


そう叫んでから暫くして人が動く気配がする。
離れていく気配を感じ、先程までテオがいた方向をちらと見ればさっきまでの男が1人蹲ったままで、他には人はいない。
あの男も未だ動く気配もないしきっとテオを追う事はないだろう。
どうやら上手くこの場から脱してくれたようで安心する。

一方で、防戦一方であるこの状況の中、男は痺れを切らしたのか「くそっ、」とサーベルを地面に刺して怒る。
そしてポケットに手を入れたかと思えば注射器を取り出す。


「お前なんて、あの方には及ばない…!見ていろ!!」

「!?」


止める間も無く、男は自身の足に注射器を刺した。
その瞬間、男はガタガタと震え始め目つきが鋭いものに変わる。


「ぐ、おおおおお!!!」


勢いよくこちらに向かってくる男にシオンは息をのみ、短剣でサーベルを受ける。
火花が散り、ぎぎぎ、と鉄が音を立てる。
何とか力はまだ押し負けてはいないが、これでは短剣自体が負けてしまう。
ヤバイ、そう思ったその時嫌な音を立てて短剣にヒビが入っていく。

バキン!!と音を上げ短剣は折れる。
咄嗟に身を翻し、男のサーベルを間一髪で避けると他の短剣に取り替える。
しかし、押し合っていれば次々に武器が壊れていってしまうだろう。
しっかりとシオンの手に馴染み手入れされた“春花”があればまだ戦いようもあるのに──今それは彼女から離れた場所に落ちている。
隙を狙って取りに行きたいがその余裕が今はない。
──これではやられてしまう。
男は、ニヤリと笑った。


「そんな…短剣じゃおれには勝てない!!お前に戦う力があっ…ても、その短剣がついていってないようだなぁ!!!」


男は笑いながらこちらにサーベルを振り上げる。
先ほどの薬の影響か、目線が定まらずどこか様子がおかしい。
しかしこちらに狙いを定めているのには違いなく、次々にこちらに攻撃を仕掛けてくる。


「ぐっ、」









ちょっと面倒くさい事になってきたな










(このままじゃちょっとまずいなァ…。)
(どうしたもんか。)






200207執筆



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