15.そして、また。



シオンはジャンを抱えながら広がり始めた炎を見つめ、ニヤニヤしながらこちらの様子を探ってくる男2人を睨みつけた。


「なんでこんな事を、」

「なんで?…分かるだろう。お前にとってはよくある事じゃないのか?」

「……、」


そうだ、これはよくある事である。
彼女にとって平穏な時など訪れるはずがない。
あるのは孤独、捕まってしまうのではという恐怖、そして警戒する日々。
この数日の日々が楽しすぎて自分を取り巻く環境の事を忘れようとしてしまった。

シャンクスの船を降りてからそうなる事は分かっていたはずだ。
あの場所を離れてしまえば笑う日々も、安心して過ごす事も、助けてもらえる事もないのだと、分かっていた、はずだ。
なのに甘えてしまった。
彼らの元を離れてもこんな安らかな時があるのだと勘違いしてしまった──。

今までならば短剣や自分の愛刀“春花”はいかなる時でも持っていたというのに今は手元にない。
言い訳をするならば手入れを終えたばかりだから、この家にいる間に持ち歩く必要などないと思っていたから。
そんな油断はしてはいけないとシャンクス達の元で学んでいた筈なのに。
何度も過ちを繰り返してしまう自分が愚かだと嘲る。

シオンは、ふ、と自嘲めいた笑いをこぼした。
そ、とジャンを床に降ろし立ち上がる。
そして男達2人を静かに見据えた。

その静かな彼女の出で立ちに男達は何故か寒気を覚える。
相手は武器すら持たず自分たちよりも幼い子どもだというのに。
赤髪のシャンクスという元にいたという事をなしとしても今まで自分達の組織がこの子どもを手に入れられなかったのは事実。
サーベルを持つ手に力を込め男は警戒する。
子どもの様子を探っていれば少女はふふ、と微笑みこてんと首を倒した。


「──こないの?」

「っ!」

「ならば、私から行くわ。だって、」


早くしないと火が回ってしまうでしょう?


その声は男達には届いていなかった。
そして、子どもの動きを追う事もできなかった。


「ど、どこに──うぐう!!!」


シオンの動きを追えなかった男の背後に回り低い位置から鳩尾に拳を深く入れる。
呻き声と共に倒れ込む男の手からサーベルを奪い、体制を整える。

もう1人の男がこちらを向いたのを見る。
焦った様子でこちらを見る男にシオンは足払いをかけて体制を崩すと無表情でサーベルを向けた。


「くそ、──がっ!!」


シオンは倒れた男のサーベルを払い、ザクリと男の手に自身が持つサーベルを刺す。


「ぐぁあぁぁ…!」


男が悲鳴をあげたのを聞きながら彼女は男を見下ろす。


「残念だったね、私はまた捕まらないわ。」


そう一言声をかけ、男の側頭部を蹴りつけるとそのまま男は意識を飛ばしたようだった。
シオンは周りを見渡し、炎が迫るのを見る。
奴らが入り口でランプを倒した為、玄関はとっくに火が回っている。
ならばまだ火の手の上がっていない2階からの脱出がいいだろう。
荷物もまだ2階にある。
火がこれ以上回る前に出なければ。
シオンはまだ意識が戻らぬジャンを抱え上げると階段を上がり部屋に入る。
ジャンを一度ベットに降ろすと急ぎ足で“春花”をベルトに差し、纏めてあった荷物を背負う。
早く、早く、ここから去らねば。
次の追っ手が来る前に、ここにいたという跡を残してはいけない。
ああ、でもここはきっと全て燃えてしまうのだろう。
あいつらの言っていたように。
それはもう変えられる事のできない事実。
息を吐き、窓を開ける。


「う、ごくな…!」

「!?」


向けられた刃に目をぱちくりさせる。
あれ、いつの間にこの男。とのん気に考える。
さっき思いきり蹴りつけたはずだから意識はそう戻らないはずだったのに。
蹴りが甘かったかなぁ、こんなんじゃシャンクス達に笑われてしまう。











刃が目の前にあるというのに表情ひとつ変わらない少女に男は寒気がしてならない。
しかし、彼にはこれ以上に怖いものが、ある。







「──ああそう、そこにいるんだ。よろしくね。きっと、強くなっているだろうけれど君らならやれるだろう?だって相手は子どもなんだから。」









少し記憶を蘇らせただけでぞわりと寒気が襲うがサーベルの柄を強く握る。


「…着いてきてもらう。」


まるで表情が変わらない少女。
彼女は何を見ているのだろうか。
















シオンはああ、なんて隙だらけなのだろうかと思う。
相手は確かに既にこちらに刃を向けてはいるがこちらも既に手に剣を持っている。
もう彼女にとってこの状況は男と対等である。
一歩下がり、それと同時に剣を抜き、サーベルを叩き落とし、そして急所を狙う。
一撃で終わらせば済む。
そう頭で考えていた時だ。


「シオンに、シオンに近づくな…!」

「おいジジィ邪魔するな!!!」

「っジャンさん!」

「シオン!ここはもういいから!早く逃げるんだ…!!」

「この野郎、」

「シオンに手を出すな…!シオンは私達の大事な“家族”だ!!」

「なに言ってんだこのジジィ!」


はっと気づくと気を失っていたはずのジャンが男の足を掴んでいた。
しかしまだ動きは変わらない。
男のサーベルを叩き落としてジャンを連れてここを出る。
それが自分にはできるはずだ。
“春花”を抜き、男のサーベルを払おうと動く。

しかしその時、今彼女がサーベルを叩き落とそうとした男、つまりジャンに足を掴まれている男とは別の──先ほどシオンが手を刺した男が現れたのだ。
男は顔色の悪いままニヤリと笑いサーベルをジャンに向けた。

気づかなかった、気づかなかった、もう1人の存在は知っていたはずなのに。
最初にこの部屋に姿を見せなかったからいないと、思っていたのに。
まだ気を失っていると思っていたのに。

“油断”

そんな単語が頭に浮かぶ。

一瞬の出来事だった。
早く、思っても手がそちらに動かない。
サーベルを叩き落としてジャンに向けられた刃を弾かなければ、
しかし逆方向に剣を振り切れない。
間に合え、間に合え間に合え!!





──ドス!!!!


「ぐぁ…!!!」



そんな重い音と共に響いた悲痛な声。
それとほぼ同時にシオンの弾いたサーベルがからん…!と甲高い音を立てて床に転がった。


「──ジャンさん!」

「おいジジィに手こずってんじゃねぇよ、早く、しろよ!」

「わかっ──ひぃっ、」


その男の1人と目が合うとその男は一気に顔を青ざめた。
こちらの殺気に気づいたようである。
もう1人もこちらを見て元々顔色が悪かったのに更に血の気が引いたようである。
今更気づいたとしてももう遅い。
こいつらは、大切なものを傷つけたのだ。
こつ、こつ、
一歩、二歩…シオンは歩く。


「はは、なんで、なんで…。私が、私のせいで、」


シオンは“春花”を男に向ける。
次の瞬間にはぎゃあ、と男の声が二回響いていた。
ドサリと倒れるのを冷めた目で見やる。
自分で何をやったのかよく分からない。
息の根を止めてやろうと刃を急所に落としてやろうと剣を握り直し男を見下ろす。
その時小さな呻き声が聞こえてシオンはハッとする。
倒れているジャンが小さく動いたのだ。
彼女は慌てて彼に駆け寄り傷口を抑える。
どくどくと流れる血は止まる様子がない。


「ジャンさんっ、ジャンさん!?」

「う…シオン、」

「うん、私よ、ジャンさん!」

「は、は、ザマァねぇな、すまん、お前の足手まといと、なってしまった、」

「そんな、そんな事、」

「シオン、お前…、人は、殺すな、」

「……!」

「それは、だめだからな…!」


ジャンの言葉にシオンは先程まで自分が男達を殺そうとしていた事を思い出した。
自分の気持ちを制御できなかったのだ。


「でも、ジャンさんが、」

「おれはいいんだ、シオン、お前は…悪くないからな、ごほっ、ごほっ、!」


咳き込み彼は力なく目を閉じた。
ジャンの名を呼んでもひゅーひゅーと小さく息を吐く音しか聞こえない。
シオンには分かっていた。
彼の流した血の量、止血しても止まらぬ深い傷、これはいかなる治療を施したとしてももう助からない。
ジャンは最後までこちらの事を気にして、気にかけてくれていた。
でも、全ては自分の所為なのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、」


ああ、自分に“不滅”のチカラがあるならば何故人を救えないのだろうか。
何故このチカラを持つことで人が傷つくのだろう。
震える手を握りしめてジャンを抱きかかえ窓から外飛び降りる。

着地して炎から離れようとするとテオとユーリの声が聞こえた。


「大丈夫か!?」

「じいちゃん!!」


2人の姿を確認し、宿との距離が取れた事を確認するとそっとジャンを地面におろす。
こちらの様子を見てテオが慌ててこちらに走ってこようとするがそれをユーリが止める。
ユーリは警戒した表情でこちらを見た。


「…シオン、何が、あった?」


ユーリの視線はシオンの持つ“春花”に向けられている。
漆黒の剣は血で光っている。


「ああ…、」


シオンは力なく呟く。
今、男達は宿屋の二階で気を失っている。
あいつらが生きるも死ぬも彼女の知った事ではない。
ジャンが殺すなと言ったから置いてきた。
あんな奴らの血など今は見たくもない。
ちら、と剣を一度見やり剣を一振りする。
ビュッと赤い雫が飛ぶのを確認し、静かに鞘へと戻した。
その一連の流れを見てか、起き上がらないジャンを見てか、僅かに離れた場所にいる彼ら──ユーリは酷くこちらを警戒している。

いいのだ、このままジャンを殺したと思って恨んでくれればいい。
1人取り残されるテオは大切な人を殺したシオンの事をずっと恨み生きていく。
復讐する相手がいると──人は生きていける。
自分も同じだから分かる。
そういう存在が、必要だ。

それに、ジャンは自分の所為で、


ぐ、と下唇を噛み、こちらを見ている2人を表情も変えずに見る。
そして、言葉を紡ぐ。



「──ジャンさんは…私が殺した。」


その後の事はよく思い出せない。
ただ、覚えているのは泣きながらこちらを見るテオ、ジャンさんを呼ぶ声、
そして、


「もう来るな!この島に!もう来るな!!!ひとごろしっ!!!」


──テオの叫び声。














「“さよなら”じゃなくて“いってらっしゃい”だそうだ。」

「?」

「“またいつでも来てくれるように”だそうだよ。」










もう、そんな日は来ないだろう。
もう、人との距離を見誤ってはいけない。
どんなに優しくされたとしても、それに寄り添いたくなったとしても。
一人で生きる。

シオンは“春花”を強く握りしめ、そして止まっていた歩を進める。
こげるような匂いと、テオの泣き声を頭に焼き付け、ここを去る。

昨日までの幸せは、消えてなくなってしまった。








そして、









「シオン…!」

「テオ、動かないで、じっとしてて、だーいじょうぶだか、ら、」


そしてまた目の前で大事なものが傷ついてしまう。











もう目の前で人が傷つくなんて、









(それだけはあってはいけない、)
(絶対、許さない。)



191217執筆



[しおりを挟む]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -