13.わすれない


「ねぇシオン、」

「なに、テオ。」

「シオンはさァなんで一人で旅をしてるの?」


宿の側の芝生に座っていた2人は、ジャンに頼まれた夕飯の下ごしらえをしていた。
その中で急に尋ねられた話にシオンは言葉が出ない。


「なんで、なんでかー。」

「だってさ、この前ユーリおじさんが言ってた。おれ達みたいなチビが1人で旅なんてできないって。」


子どもの言葉はど直球である。
シオンは少し考えて口を開く。


「そんな事ないよ。現に私は1人で旅してるし──私テオより7つ年上だよ?私はチビじゃないわ。」


そう言うとテオはむっと頬を膨らませる。


「おれだってチビじゃない!!」

「ふふっ、そうやってムキになる所がそうやって言われる理由よ。それに私、護身術、航海術、医術…まだまだ勉強不足の所はあるけど1人で旅できるくらいの術を持ってるの。テオは持っていないでしょ?」

「…じゃあおれも覚える!!そんで一緒に旅するんだ!!じいちゃんと、おれと、シオンと一緒に冒険しようよ!」


へへっ!と笑って言うその言葉にシオンは目をぱちくりさせて、そして微笑む。


「──それ、楽しそうだね。」


「でしょ!あ!じいちゃーん!!聞いて聞いて!」

「うおっ、なんだテオ!年寄りを驚かせるな!」








笑いの絶えないその場所──かつてそうであったこの場所に、昔とはもう違うこの場所に、彼女は静かに立ってそこを見ていた。
そこはかつて彼女が数日世話になった場所であり“これからは一人で生きる”と心に決めた場所でもあった。
その場所にかつての少年も立っていた。
彼はこちらに気づく事はない。
気づかせる気もないがもう何もないこの場所にシオンは心が痛むのを感じた。


「テオ、」


出会ったあの時の彼の笑顔を思い出し、切ない気持ちになる。
あの時は楽しかったし、ずっとここにいたいと思ってしまうほどであった。
しかしその油断がテオの大切な人、ジャンを失ってしまう事となってしまったのだ。
それは決して許される事ではない。
あの時の事を忘れてはいけない。
自分を許してはいけないのだ。
それでも、


「テオが元気そうでよかった…。」


きっとジャンがいなくなってしまった後、長く塞ぎ込んだ事だろう。
それでも彼が元気で、成長していたことに安心してしまう。
再開した時の彼の表情は最後に見た時と同じもの。
“真実”がどうであれ自分にできる事は他にない。
いいんだ、これで。
彼の恨みを受け止める事しかシオンにはできなかった。

船に戻ろう。みんなが待っている。

もう一度だけテオの後ろ姿を焼き付けてメリー号の停泊している場所へ足を向ける。

──その時であった。
先程までまるで感じられなかった殺気が辺りにぶわりと広がり彼女はテオのいる方を振り返る。
それと同時に「うわぁぁ!!」と彼の叫び声が響いた。


「──やめろっ!なにするんだ!」


そんな声を聞きながらシオンはテオを視界に収める。


「!!」


テオが二人組の人に襲われているのを見て反射的に動こうとする。
しかし──彼女の動きはピタッと止まる。
脳裏に一瞬浮かぶテオの言葉。








「──なんでまた来たんだ!!この…、この、ひとごろし!!!!」








「っ、」


こんな自分が彼の前に姿を表していいのだろうか──そんな思いが彼女の動きを止めた。










「離せっ!離せよっ!!なんだお前ら!」

「ガキがうるせェなァ…、おれはガキは嫌いなんだよ。」

「我慢しろ、仕事しなきゃおれ達に次はないんだ。」

「…わかってる。」


頭上で会話されるそれにテオは混乱していた。
腕を背に回されギチギチと筋が悲鳴を上げる。


「い、たい、って言ってんだろ!」

「なぁおれさぁ、本当うるさいのイヤなわけよ。」

「…じゃあ静かにしといてもらおう。どうせその内用済みになるからな。一応言っとくが殺すなよ。人質は死んでちゃ意味ねェんだ。」

「はいはい。」


そう言い、男が取り出したサーベルを見てテオは一気に血の気が引く。
その表情に男はニタリと嫌な笑みを浮かべる。


「怖いか?怖いよなァ…。大丈夫、まだ死なないから。」

「っ、だ、だれか、」


ひひ、と笑う男から逃げようにももう1人に押さえ込まれていて動けない。
向けられてサーベルに目を瞑ったその時、キィン!と高い音が響いて恐る恐る目を開く。


「シオン、」

「──離れなさい。テオから。」


彼女は剣を構えており、テオに向けられていたサーベルは弾かれ、急所をつかれたらしい男は倒れる。

テオに憎まれ恨まれていようが、ジャンの死が自分のせいであろうが、今目の前でテオを傷つけさせるなんていう選択肢はない。
後でテオになにを言われようとも今、テオを傷つけさせない。
助ける事でテオに許してもらおうとも思ってはいない。
目の前で起こるそうなこの事態を見ているだけなんてできない。
それが彼女の結論だった。
突如として現れたシオンに驚いたのはテオだけではなかった。
勿論テオを襲っていた男2人も驚きを隠せない様子であった。

1人は急所をついておとした、残る1人はテオの腕を押さえ込んでいた男──テオの背後にいる彼は「手を出せば殺す。」と言うも、そんな間もなく彼女の足が男の側頭部に当たりバランスを崩す。
テオが拘束から解放され、一瞬で場が彼女の独壇場となった、そう思ったその時である。


「はい、動くな。」

「──!?」

「おー、いてェ、やっぱり来たか“不滅のシオン”。武器を下ろせ、ガキを殺すぞ。」

「……、」


カラン、と音を立ててシオンは剣を地面に落とす。
それと同時に膝裏を蹴られ彼女はガクンと地面に膝を着ける事となった。
そして背中を蹴り飛ばされそのまま踏みつけられる。


「ぐっ、」


その事態にシオンは混乱していた。
今、確実に男の意識を飛ばしたはずだったのに男は何事もなかったかのように立っている。
その上サーベルを持っていた男も立っている。
確実に人の急所を狙い倒した筈なのにびくともしていなかったというのか。
どういう事だ、ただの山賊ではないのか、そう思いシオンは視線を上げる。


「あ、んた達は、」

「…覚えているとは光栄だ。」

「久しぶりだな…2年ぶりか。」








忘れたくても忘れる事などできない。








(2年前の事が、)
(鮮明に蘇る。)






190920執筆



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