11.凍りつく



「君は…君は、シオンの事を信じているんだね。」

「あたり前だろ!!シオンはおれの仲間なんだ!!」


麦わら帽子を被った青年の強い眼差しと意思の強い言葉──それにユーリは呑まれていた。
ふと周りを見ると先程まで迷っているように見えていた彼の仲間…彼らすらこの青年の言葉と姿で迷いを振り切ったようだ。
彼らのそんな姿を見てユーリも決意を固めた。
彼らには、全てを伝えるべきなのだと。


「…シオンとジャン、テオは暫く時を共に過ごした。この島のログは3日。しかし彼女はログが溜まってもテオ、そしてジャンにも引き止められ迷っているような姿を見せながらもこの島で過ごしていた。はたから見ているおれですら、アイツらは楽しそうな…楽しそうな様子だったんだ。」












「おーい!シオン〜!遊びに行こうよ!」


裾を引かれシオンは振り返り困ったような表情を見せる。


「テオ、私旅支度の…買い出しに行きたいの。そのあとでもいい?」


その言葉にテオは、ムッと頬を膨らませる。
彼の表情にシオンは眉を下げる。
その様子を見ながら、テオは口を尖らせる。


「…なんだよシオン…、もう行っちゃうつもりなのかよ。」

「あ、えと…、私だいぶここに長居しちゃってて、」

「せっかく仲良くなったのに。つまんない。」


口を尖らせたまま目をそらすテオにシオンはどうしたらいいのかと言葉につまる。
そのやり取りを見ていたらしいジャンは間に入る。


「こらテオ、シオンが困っているだろ。」

「じいちゃん!だって、シオンがもう行っちゃうって…。」


むす、と不機嫌な表情をして視線を落とすテオにジャンは柔らかい表情で微笑む。
そしてテオの頭をぽんぽんと撫でた。


「テオ、シオンは旅人なんだよ。だから無理に引き止めてはいけない。」

「……。」


むすっとした表情のままのテオに今は何を言ってもダメだろうとジャンは視線をシオンへと向ける。
彼女は未だ困ったような様子をしてこちらのやり取りを見守っていた。


「シオン、」

「…はい。」

「君は旅人だ。いつかは旅立つのだろう。でもね、君の心が休まるまで、ここでゆっくりしていっていいんだよ。備えあれば憂いなし、旅支度は早めにすましておきなさい。でも支度を終えても…ゆっくりしていってくれ。私も、テオもシオンがいてくれると嬉しいから。」


その言葉に彼女は喜びを隠しきる事ができなかったようだ。
こちらの言葉に驚いた様子を見せながらも口元は弧をえがいていた。
そんな彼女を2人はじっと見つめる。
その視線に気がついた彼女はハッとした様子を見せる。


「あ、あの。…本当に私に優しくしてくれて、ありがとう。こんな風にしてもらえたのは久しぶりで、私変だったらごめんなさい。」


そう礼を述べながら硬い言葉を使う彼女にジャンとテオは顔を見合わせてニッと笑う。


「優しいのはじいちゃんのオハコだから大丈夫だっ!宿の“さいさん”がとれなくてもお人よしだから仕方ないんだ!」

「そうそう、おれは採算が取れなくても気にしないお人よしだからな!──ってうるさいわ!!なんだそんな言葉どこで覚えてきた!」

「ユーリさんがこの前そういってた!!」

「あいつ…!!」

「ふふっ!」


口を大きく開けて笑うシオンにジャンもテオもそっくりな顔でニッと笑う。
そしてテオは続けて口を開く。


「それにさ、シオンは自分で変って言うけど、シオンはあの嵐の日にぼーっとしてるようなヤツだから最初から変って分かってるから今さら気にしてもおせェぞ!!」

「こら!!なんちゅー事を言うんだ!」

「だってーほんとの事だもーん。」


わははと笑う彼らと共に彼女も笑う。
















その日の夜、リビングで作業していたジャンの元にシオンはやって来た。


「ジャンさん、」


遠慮がちにかけられた声にジャンは顔を上げる。


「やぁシオン、眠れなかったかい?」

「あ、えと…ジャンさんと、話をしておきたくて。」

「?」


話そうかどうしようか迷っているような彼女の様子にジャンはペンを置いて彼女に腰掛けるよう促す。
ジャンの向かいに腰掛け、シオンはゆっくり口を開く。


「昼の…話で、」

「ああ。旅支度は進んだかい?」

「…うん。いつでも海に出れる。」

「そうか…まだもう少しいるんだろう?」

「あの、私本当はもっとここで過ごしたいって思ってる。ジャンさんは優しいし、テオも凄く私なんかに関わってくれる。それにユーリさん…町の人たちも優しい目をしてる。」

「じゃあ…もっとゆっくししていっていいんだよ。」


優しい笑みで言うジャンにシオンは静かに首を振る。


「私ね、…私、同じ場所に長くいてはいけないの。」

「……?」


彼女の言う事の意味がよく分からず彼は疑問の目を向ける。
しかし彼女はその様子に反応せず続けた。


「長くいると迷惑かけるの。私、今この島に長くいすぎた。だからもう2…1日でこの島から発つわ。本当ならもっと早く…それこそ今日出ないといけなかった。でも私、本当に楽しかったの。…ごめんなさい、ジャンさん。」


眉を下げて頭を下げた少女に、ジャンは戸惑っていた。
この少女は何を言っているのだろう。
まだ親元で過ごしている年齢のはずの少女は一人でこの海を旅し、そして一つの島に滞在はもとい、長居すらできない…というのか。
一人で旅している事に何かワケがあるとは思っていたが想像以上に彼女は何かを抱えているのかもしれない。
彼女がここでずっと過ごせたら、そう思うがそれは彼女自身が許さないのかもしれない。

理由を聞いたとしても彼女は答えてはくれないだろう。
そう考えると胸が痛むが、今自分にできる事は彼女がこの島を出るまで安心してゆっくり過ごしてもらう事…それくらいしか思い浮かばなかった。
黙り込んでいるジャンの姿に不安を覚えたのか、ちらりと彼を見るその姿に、ジャンはシオンを優しく抱きしめる。
それにガチリと体を強張らせた彼女にジャンは優しく声をかける。


「シオン、君が旅立つそのタイミングで旅立つんだ。それまでは、ゆっくり、心置きなく過ごしてほしい。あと数日かもしれないが楽しんでくれ。」

「…っ、ありがとう、」


小さく震える少女の頭を優しく撫でる。
それをしばらく受けて彼女は離れる。
その時にはもう震えも、迷っている様子も見られなかった。
その様子を見てジャンはシオンに微笑む。


「…旅立つ前に、明日1日だけ少し時間をくれないか?」


その言葉に彼女は首を傾げた。


「テオは内緒にしたがってるが“いってらっしゃいパーティー”をするそうだ。ナイショだがな。明日準備をするそうだから…あと1日この島でよければ過ごしてほしいんだ。」


その言葉に彼女は少し考える。
そしてにこりと微笑んだ。


「1日、明日ゆっくり過ごさせてもらって、次の日旅立つ事にする。」

「ありがとう、きっとテオも喜ぶよ。私がしゃべってしまった事は…ナイショだよ。」


怒られてしまうからね、といたずらっぽい表情で彼が笑うとシオンもつられて笑う。


「ふふっ、わかった。ナイショ、ね。」

「…テオが言っていたんだが、“さよなら”じゃなくて“いってらっしゃい”だそうだ。」

「?」


どういう意味だろうかと首をこてんと倒したシオンにジャンは微笑み続ける。


「“またいつでも来てくれるように”だそうだよ。」

「……!」


一瞬目を見開いた彼女はすぐに柔らかい笑みを浮かべて、そして頷いた。


「ありがとう、ジャンさん。」
















「…そこまでが、私がジャンから聞いた話だ。その話をした翌日…“いってらっしゃいパーティー”が開かれる事はなかった。」


その言葉に一味は息をのむ。
ユーリはゆっくりと、口を開いた。


「パーティーをするはずだった夜、その前にジャンは死んだよ。」

「…なんでだ?」


チョッパーがおそるおそる尋ねる。


「あの日の事はとてもよく覚えている。…その日の夕暮れ、ジャンの宿屋は燃え…その中からジャンを抱えたシオンが出てきた。」

「……、」

「ジャンさんは火事で?」


ナミがそう聞くと彼は首を振る。


「…ジャンの体には刀傷があり、そして燃えてゆく宿屋をバックに彼女は何も感じさせない無の表情で言ったんだ。」












「ジャンさんは…私が殺した。」












燃える炎を背景に









(彼女の語った言葉は)
(彼らを凍らせた。)



190821執筆



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