9.嵐のよる
「テオとテオの祖父にあたるジャン。ジャンは宿屋を営んでいた。…全てが起きたのは2年ほど前の事だ。」
ユーリの話を真剣な表情で聞く麦わらの一味。
「2年前、それって…シオンが赤髪のシャンクスの船を降りたあと、の事よね?」
そのナミの呟きに対してウソップは「たぶんな。」と静かに返す。
そしてユーリの話を聞こうと彼に視線を向ける。
ユーリは話を続けた。
「そう、その日は物凄い豪雨だったんだ。」
「──おう、ジャン。今日は凄い雨だな。」
ユーリはジャンに声をかける。
彼は朗らかな笑顔で「まったくだな。」と不満げに口を開く。
「こんな雨じゃせっかくの客も来ない──商売あがったりだ。」
「わはは!ジャン、こんな日でなくともこの島には滅多に旅人は来ねェだろうが。万年商売あがったりだろう。」
「しまった!バレたか!!」
「バレるわ!!何年友人をしとると思ってる!」
そうやり取りをして大笑いする2人の間で子どもが口を挟む。
「もう!じいちゃんもユーリおじさんもいつもそんな内容のない話ばかりなんだから!もうビショビショだし帰ろうよー!」
少年テオの言う通り、彼らはカッパを着てはいるものの帽子は風でかぶれずにずぶ濡れであった。
その言葉に大人2人は大笑いである。
「はっはっ!すまんすまん!テオは見るたび大きくなるなァ!」
わしわしと頭を撫でられ、子ども扱いされる事にその子ども──テオは不満げである。
「見るたびにって、ほとんど毎日会ってるからわかるもんか。」
「わかるさ。なァジャンよ。」
「勿論!可愛い孫の成長なんぞ丸わかりだ!」
わははと笑う2人にテオはため息をついて長引きそうなそのやり取りを止める。
「もう分かったから帰ろうよ、雨がどんどん強くなってきてるよ。」
「それはその通りだ。今日は荒れる。早い所戸締りして休んだ方がよさそうだ。」
「テオはしっかり者だなァ。」
「またからかう!!」
笑い続ける大人2人にむすっとした様子を見せるばかりのテオ。
からかいすぎたか、とジャンはすまんの、と謝りテオの手を引く。
「さァ帰ろう。」
「…うん。」
「じゃあまたな、ユーリ。」
2人が手を繋いで帰るのを微笑ましく見守るユーリも雨足が強まってきたのを感じ慌てて帰路へ着く。
「テオの両親は昔事故で亡くなっておってな、身寄りはジャン…テオの祖父だけだった。それでも寂しそうな顔など一切見せない健気な子であった。」
「…それはわかったけど、どこでシオンと会ったんだ?」
まるで出てくる様子がねェけど、と訊ねるウソップ。
それにユーリはここからだ、と返事を返した。
「ここからはジャン、そしてテオから聞いた話だ。ジャンは宿屋を営んでいてな…、2人が私と別れた後、この噴水広場で彼女──シオンと会ったそうだ。どしゃ降りの雨の中彼女は広場の隅にいたらしい。」
「もーじいちゃんがもたもたしてるからこんな大雨になっちゃうんだよ。」
「わはは、すまんすまん。テオ、ほら手をつないでいこう。」
「…だ、だいじょうぶだもん!」
差し出された手を見つめながらテオはぱっと顔をそむけ小走りで進む。
それを笑って見つめながら「気をつけるんだぞ、」と声をかける。
その時ふと感じた視線にジャンは辺りを見回す。
雨が酷く、周りがよく見えないような状況であるが人影を見つけて彼はテオを止めるとその人影の方へ向かう。
ジャンの言葉で立ち止まったテオは不思議そうにその様子を見つめていた。
「…大丈夫ですか?」そんな言葉をかけながら近づくとその人物と目が合い、同時に彼は目を見開いた。
その人は雨でビショビショになりながらも動こうとはしない。
何故こんな雨の中、と思うも彼がその事より驚いたのはテオよりは年上に見えるが、その子がまだまだ子どもであろう少女であった事である。
小さな島の小さな村、この島に住む子どもは知っている。
だが、このような顔の子どもは知らなかった。
つまり、外から来た者であろう。
だがしかし、他に人の気配はしない。
こんな子どもが“偉大なる航路(グランドライン)”を一人で?
あるいは捨てられたのか?
そんな事が脳裏に浮かんで、言葉が出ない。
ジャンのその様子に少女は静かに立ち上がった。
「だーいじょうぶ。ちょっとだけ休んでたの。もう行かなきゃ。」
にこ、と微笑み彼女は自分達とは逆の方に向かい足を進める。
傘もカッパもなく、この大雨の中一人で彼女はどこへ向かうというのか。
異様な状況にあったには違いないが、ジャンは思わず彼女に声をかけた。
「待ちなさい、この雨の中行く場所などないだろう。これから雨足も強くなる──うちは宿屋なんだ。今留守にしていたんだがよければ泊まっていかないかい。旅人さん、だろう?」
その言葉に驚いたのか彼女は目を丸くさせて振り返る。
そして彼女は考える素振りを見せる。
普通ならばこんな雨なのだからすぐさまイエスと頷くはずだが躊躇っている。
ジャンは「ここから近いんだ。ついておいで。」と半ば強引に話を進める。
ここまで話をしてついて来なければ恐らく泊まるつもりはないのだろう──無理強いするものではない。
例えこんな少女がこんな時に一人であったとしてもだ。
(今は姿は見えないがもしかしたら違う所で待っているのかもしれない。)
こちらのやり取りをぼんやりと見ていたテオに「待たせたな。」と一言声をかけて歩き始める。
少し歩いてちらりと振り返ると少女が一定の距離をあけながらもついて来ていた。
それの様子に安心して、小さく息を吐く。
とりあえず少女が風邪を引かぬうちに自宅へ戻らねば。
(もちろん自分たちが風邪を引く可能性も充分にあるが。)
宿のドアを開けるとテオが一番に「びしょびしょだーっ!」と叫びながら入る。
そんな彼にタオル取ってきてほしいと頼むと「わかってるよ!」と返される。
それに苦笑いしながら振り返り、少し離れて歩いていた少女を見やる。
彼女はドアの側まできて周りを見渡している。
何かこの辺りに彼女の興味を引くものがあったのだろうかと首を傾げる。
「…なにか珍しい物でもあったかい?」
その問いに彼女はハッとしてこちらの存在を思い出したかのような様子を見せた。
「べ、つに何もない。」
「そうかい?…いつまでもそこにいたら風邪をひいてしまうよ。中に入りなさい。」
そう声をかけると彼女はゆっくり、そっと…まるで何かに用心しているかのようにドアをくぐった。
警戒心の強い少女に違和感を感じながらも話しかける。
「今日はこんな天気だし、お客はいなくてね。今日は君の貸切だ。」
にこりと微笑めば彼女は戸惑った様子を見せる。
それにも違和感を感じるがテオがバタバタ戻ってきた事でその違和感は吹き飛んだ。
「今日は、っていうけどさ!今日もでしょ!この島にあんまり旅人こないんだからさ!たまに来たお客さんくらいしっかりもてなしなよ!はい!お客さんタオルあげる!」
ぽーんとタオルが彼女へ飛んでいき、彼女はあわあわしながらもそれを受け取る。
「こら!テオ!」
「わっ、ごめんなさーい!」
へへ、と笑いながら謝り、彼はぽかんとした様子のシオンに近づいてくる。
そしてニカッと笑顔を見せる。
「おれテオ!じいちゃんはジャン!おまえ何て名前なの?」
「こら!お客さんだぞ。」
「いーじゃん!」
「だめだ!」
「いーじゃん!」
「だ、め、だ!」
そんなやり取りをしていると小さな笑い声が聞こえてくる。
テオとジャンが笑い声に反応してそちらを見ると彼女はハッとして目をそらす。
しかし暫く間をおいて彼らの方を見る。
「…私、シオン。一人で旅してるの。ログが溜まるまでこの宿に泊まらせてください。」
頭を下げる彼女にテオはニカッと笑って「いいよー!」と返しジャンも少女が一人で旅しているという事に驚きながらジャンも微笑む。
「…もちろんだ。ようこそ!」
好きなだけ泊まってくれ
(じいちゃん!シオンの部屋は二階でいーでしょ!?シオンこっちこっち!)
(ああ、いいぞ…って早!!)
(わ、まっ、待って!)
190813執筆
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