陽気な空の下であなたの手料理を
「ナマエはピクニックって行ったことはあるん?」
「……ピクニック? キャンプじゃなくて?」
「そうや」
 たまには一日ゆっくりするかなぁ、なんて言って私を膝の上に乗せてテレビを見ているヤローさんはそんなことを問いかけてきた。キャンプはこのガラル地方においては馴染み深いものであるが、『ピクニック』とは何か。そう思ってスマホロトムを呼んで、インターネットを用いて検索をする。
 しかし、キャンプとの違いがあまりよく分からない。……これ、同じじゃない?
「ヤロー」
「どうかした?」
「違いが分からない」
 スマホロトムをひょいと放るとふいっとスマホロトムはどこかへと飛んでいく。そっちはワンパチがいると思うんだけど、大丈夫かな。
 ロトムを見送った後、ヤローを振り返れば、彼はいつも通りにこにことした表情で私を見ていた。
「そうやなぁ。簡単に言えば、料理をその場で作るか作らないかやな」
「……その場で、作らない?」
「そう」
 うん? と首を傾げるとヤローは笑みを深めた。私より年上なのに、私より子どもっぽく笑う人だ。可愛い、なんて言ったら照れちゃうし、その後正反対のすごく男の人らしい表情をされて骨抜きにされてしまうからそんなこと言わないけど。いや、言うなら話が終わった後かな。一応、ちゃんと話が終わるまでは心に秘めておこう。あんまり秘めておくと今度は無理やり引き出されちゃうし、うん。
「外で作るんじゃなくて、家で作ったものを外で皆で食べるのがピクニックや。もちろん、厳密には違うんだろうけど、それだけ覚えておけば問題ないよ」
「ふぅん」
 ガラル地方ではテントを張ってその近くでポケモンや他のトレーナーと過ごすことが一般的とされている。これをキャンプというのだが、その場では、食材を切り、火を熾し、調理をするのが定番だ。今ガラル地方ではキャンプでカレーを作ることが大人気で、ルウやキャンプ用の食材などが至る所で販売されている。カレーの味付けの要となるきのみはワイルドエリアで集めることがほとんどだが、これもまたキャンプの楽しみの一つと言ってもいい。まぁ、ヤローほどの人なら、どの辺りにどのきのみがあるのか全部把握しているのだろうけど。
 しかし、ヤローがやりたいと思っているのは――まだ口には出していないけど、多分一緒に行きたいと思っているのだろう――、家で料理を作って外で食べるというのだ。彼の説明を借りれば、キャンプで料理を作って食べるのではなく、散歩がてらそのまま外でご飯も食べよう、ということなのだろう。
 ……イメージが、湧かない。
 ちゃんと説明されているのに今一つピンとこないまま唸っていると、笑い声が後ろから聞こえてきた。
「ぼくはナマエと行きたいんやけど、ナマエはどう?」
 私が断れないと分かっているし、万が一断ったとしても断らせる気なんてないのに、そうやって訊いてくるところがヤローの優しさだ。一応は選択肢を提示はしてくれる。「はい」と「はい」しかない選択肢が果たして選択肢と呼べるのかは、別だけど。
「……行きたい」
「よしっ、じゃあ決まりやね!」
 嬉しそうにヤローは私の頭を撫でてくる。ん、と小さく声を出して目を閉じたままされるがままにする。ウールーや小さな体のくさタイプのポケモンを扱い慣れているヤローは私に痛みを与えることはなかった。これだけ大きな手で、硬い掌で、太い腕で、とんでもない力があるのに、だ。羽が触れるように優しく、柔らかな手つきで撫でられるのが、心地いい。
「ぼくが言い出したから、準備はぼくがするよ。ナマエは当日を楽しみにしててほしい」
「分かった」
「あぁ、楽しみやなぁ」
 ジムリーダーとして常日頃忙しそうにしているだけでなく、家の農業の仕事もしているヤローだ。たまには羽根を伸ばしたいんだろうなぁ、と思う。その相手に、気の合う友人や同じ仕事をしているジムリーダーではなく、恋人である私をちゃんと選んでくれるのはやっぱり嬉しい。
「私も、楽しみ」
 お腹に回っている腕にそっと触れて撫でると、ヤローが笑みを深める気配がした。

○○○○○

 それから数日後、ヤローと私の休みの日程を合わせて、天気も調べて私達はエンジンシティからワイルドエリアに出ていた。あまり遠くに行くのはピクニックにはならない、というヤローの言葉で、草むらを避けながらキバ湖の近くを二人でゆっくりと歩いている。傍らにはウールーやワタシラガ、スボミーやキレイハナなど、私達のポケモンが広い土地を堪能するようにはしゃぎながら歩いていた。
「本当に何も持たなくていいの?」
「いいのいいの。ナマエはぼくの隣に居てくれるだけでいいよ」
「いや、でも」
 ヤローを改めて見ても、大きなリュックを背負っていて、両手には大きなバスケットと危ないことこの上ない。いくら日頃から体を鍛えているとはいっても、受け身を取れない状態で転んでしまったら怪我をしてしまう。そう言っても、「それはきみも同じやろ」と取り合ってはくれなかった。
「ぐももー」
 陽気な声をあげながらウールーが私の方へと転がってきた。スピードを落としたうえでぶつかってきたウールーは、抱いて抱いてとばかりに私を見上げて小さな手で私の足をつついている。
「疲れたの?」
「ぐもっ!」
 不真面目な性格ではないはずなのだが、甘えたいだけなのか、それとも本当に疲れたのか、ウールーは私へと擦り寄るようにしている。ヤローを見ると、仕方ない、という顔で頷いてくれた。しゃがみこんでから体の下に手を差し入れてから落とさないようにして持ち上げる。嬉しそうに顔を擦り寄せてくるウールーは非常に愛らしい。甘えたがりなのは、まるで飼い主たる誰かのようだ、とも思ってしまう。
「それじゃ、もう少し先のほとりでお昼にしようか」
「そうだね」
 歩いているポケモン達はどうも疲れたようで、私に抱え上げられたウールーを羨ましそうに見ていた。これではすぐに交代をせがんでくるだろう。さすがに全員を抱えながら歩き続けるのも無理だ。ヤローであれば交代しながらなら全員を抱えられるのだろうが、彼は今そんなことをできる状態ではない。となれば、どんな行動を取ればいいかなんて考えるまでもない。
 ヤローが言ったほとりを見ると、一本の大木が生えている場所だった。辺りに草むらはなく、野生ポケモンがたくさんいるような感じでもない。湖が近いため、ポケモン達の水浴びの場としてもちょうどいいだろう。
 ポケモン達はもうどこに行けばいいのか分かっているのだろう。我先にと目的地のほとりへと駆け出していった。いや、ほとんどが小さい体のポケモンだから、人間が走るスピードに比べればかなり遅いけれど。
「何だか、ポケモン達の方が楽しそうだね」
「まぁ。ワイルドエリアはポケモンにとっては天国みたいなものやからね。当然かも」
 ボールの中ではなく、狭い家や柵の中でもなく。のびのびと思うがままに行動してもいい場所というのは、ヤローの言う通り天国なのかもしれない。特にくさポケモンにとっては水場や太陽の光というものは何よりも嬉しいものらしく、普段よりも目をキラキラとさせているような気がした。
 しばらく駆け回るポケモン達を追いかけるように歩いていたが、やがて木の下に辿り着くとヤローは荷物を下ろしてポケモン達を呼び戻した。私と一緒に居ることの多いヤローの声を私のポケモンもちゃんと覚えているので、ワタシラガやアップリュー達と共にキレイハナ達も戻ってきていた。
 ポケモン達を出迎えている間にヤローはお昼の準備を整えていたようだ。レジャーシートを敷き、小さなクッションを置き、ポケモン用のお皿を出して、バスケットの中身を広げていた。人間用のものとポケモン用のものを作っていたらしく、そのせいで大きなバスケットを二つ用意することになったようだ。
 私達の分はレジャーシートの上に、ポケモン達の分はそのすぐ外側に置かれる。
「ヤロー」
「ん」
「ちゃんと寝た?」
「どうしたんや急に」
「いや、あまりにも多いから……ちょっと心配になった」
 人間用の物はサンドイッチだ。こちらはあまり手間がかからないから、ヤローにとっては、少し早起きをすれば用意できるレベルなのだろう。けれど、ポケモン達のものは違う。ポケモンフードではなく、ヤロー手作りのものがたくさん置かれている。恐らくは、それぞれの好みに合わせて用意したのだろう。そうでなければ、ポケモン用の皿などわざわざ用意はしない。それも、そのポケモンの絵が描かれた皿だ。しかも、ヤローのポケモンだけでなく、私のポケモンの分まである。
「心配してくれてありがと。でも、農家の朝は早いからな。夜早く寝て、朝早く起きただけやから、心配には及ばんよ」
「なら、いいんだけど」
 たしかに、以前からそんなことを言っていた気がするし、私の家に泊まりに来る時も、すごい早い時間から眠そうにはしている。彼の言う通り、朝もすごく早くから起きて朝ご飯を作ってくれていた。でも、今日のこれを、それと同じようにして考えていいとはとても思えないのだ。
「ほらほら、スボミー達が待ちきれないみたいだからぼくらも食べようか」
 見れば、待ちきれないという表情でこちらを見上げるキレイハナと目が合った。まぁたしかに、ポケモン用とはいっても、すごくおいしそうなご飯に見える。私とヤロー用のサンドイッチなんて、尚更だ。
「うん、そうだね」
「それじゃ、召し上がれ」
 ヤローがぱんと手を叩くとポケモン達は目の前の皿に置かれている食事を勢いよく食べ始めた。普段よりも動いたからか、その分空腹ということだろうか。
 が、それは私も同じだ。言葉には出していないけど、お腹ペコペコだ。
「それじゃ、私ももらうね」
「うん、召し上がれ」
 バスケットの中に入っているサンドイッチを一つ手に取って、さっそく齧り付いた。ハムとチーズが挟んであるだけだと思っていたのだが、ほんのりと甘くて、それと、その甘みを邪魔しない程度だが、塩気も効いていて――
「おいしい」
「それはよかった」
 つい言葉に出てしまっていたそれを聞いたヤローが笑って自分もサンドイッチを手に取った。赤と緑の野菜を挟んだそれは彩も綺麗だ。バスケットの中を覗けば、他にもいろいろな種類のものが入っていて、ヤローがとても張り切ってくれていたのだと嫌でも分かる。
 ぽつぽつと最近起きた出来事を話したり、寄ってくるポケモン達を撫でている内にサンドイッチは二人で完食した。
「おいしかったー!」
「そりゃあよかった。張り切った甲斐があったわ」
 せめてとばかりに片付けをしていると、ヤローがほっとしたような声で返してくれた。
「いつも喜んでくれるけど、サンドイッチなんて誰でもできるようなものでナマエが喜んでくれるか分からなかったから」
「私、ヤローの料理に文句言ったことないけどなぁ」
 ワタシラガの体を撫でているヤローにむくれながらそう言うと「そうやけど」と返ってくる。
「こんなものって言われるの嫌やから」
「……私より料理ができるヤローに文句言えるわけないじゃん」
 農家の息子というだけあってか、ヤローは料理が得意だった。対して私の料理の腕前はお世辞にも上手いとは全然言えない。二人でキャンプに行く時はヤローの指導がなければ美味しいカレーは作れない。一人でキャンプをして、何度自分のポケモンを失望させたことか。いつも切なそうな顔でこちらを見上げる相棒達には申し訳ない気持ちをいつも抱いている。
 そんな私なんだから、ヤローが気にすることなんてないのに。
「簡単すぎたかなって思ってたんよ」
「私じゃ同じ味付けにはできないけどなぁ」
 全ての物を片付け終わると、クッションの上でワタシラガを撫でていたヤローの隣に腰掛けて、体をもたれさせた。
「皆と遊んでおいで」
 ポンポンとワタシラガを撫でた後、水辺ではしゃいでいる他のポケモン達の方へと送り出した。ふわふわと風に乗ってその体がウールー達の方へと向かっていくのをぼんやりと眺めていると、ぼすんと体を倒されて膝枕をされた。
「……重くない?」
「全然」
「しんどかったらその辺放っておいてもらっていいよ」
「嫌や」
 ゆっくりと髪を梳く手がぐにっと私の頬を抓った。少し、怒らせてしまったようだ。
「せっかくナマエと遊びに来てるんだから、きみを放るなんて、嫌や」
 直球で紡がれる言葉に、何だか恥ずかしくなった。言葉こそ選んでくれているが、そうか。これは、デートだ。
 となれば、たしかに。普段一緒に居れない時間を埋めようとするヤローからしてみれば、私を放ることなんか絶対にやらないし、私の方から甘えたのだから、私を逃がす気なんか全然ないだろう。言葉にこそしないが、多分、とても嬉しいんだと思う。だって、自分のポケモンを離れさせたくらいだし。私の時間を独り占めするために、ポケモンから距離まで取って。
 外であろうが中であろうが、恋人として過ごすと決めたからには、やっぱり離す気はないようだった。
「ぼくもこのまま少し寝ようと思うから、ナマエもこのままでいいよ」
「……何で、眠いって……」
「そんな顔してる」
 ちょっと横になりたいけどさすがにそんなことできないしなぁ、と思ってヤローに寄り掛かったのに、まさか眠いということまでバレてるとは思わなかった。ヤローはすぐ後ろにあった木に体をもたれて目を閉じる。でも、手はまだ私の頭を撫でていた。
 優しい手つきが気持ちよくて、瞼がどんどん重くなってくる。
「おやすみ」
 陽の光を遮るように目元に大きな手が添えられると同時に、優しい声が降ってきた。
 その顔を見られないのは少し寂しいけれど、温かな体温が、心地いい。
「ん、おやすみ……」
 その大きな手に自分の手を重ねてそっと撫でて意識を手放した。

 ――疲れ切ったポケモン達がそんな私達の横に集まってきて、みんなで一緒に寝ていたと気付いたのは、少し冷え切った夕方のことだった。

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