眠れぬ夜に眠れる刺激を

「ねぇ、ベリアル」
 徐に布団に潜り込んできて、当たり前のように私を抱き枕にしてきた男の名を呼べば、甘えるような声で返事が返ってきた。
 何故だか知らないが、布団に入った途端に、この男は急に甘えたがりになってしまう。普段はハイテンションなくらいの声音で、甘い言葉も冗談のようにしか言わないというのに。
 そんな、私を後ろから抱きしめて私の感触を存分に堪能している男の手を撫でつつ、私は口を開く。
「眠るのが怖いって思ったことって、ある?」
「怖い? 眠るのが?」
「そう」
 冷えてすぐお腹を下してしまう、という私を労わるようにそこを撫でる手がぴたりと止まった。
「オレはないな。そもそも、眠りは生存の為に必ず必要になる行為だろう? それを怖がるっていうのが、まず理解できない」
「……まぁ、そうだよねぇ」
 私だけなのかなぁ、と呟いて更に身を丸めようとするが、私を後ろから抱くベリアルはそれが不服のようで、自らの脚を私の脚に絡めてくる。
「普通は思わないよね。眠るのが怖い、だなんて」
 この話をするのは、ベリアルが初めてなわけじゃない。騎空団の皆にも訊いたことはあるし、家族や友達にだって訊いたことはある。けれど、答えは決まってベリアルと同じだ。そんなことは考えたこともない、と。
 布団に入って目を閉じて暫くすれば心地よい眠気が襲ってくる。そうして気付いたら朝になる。
 個人差はあれど、そうした答えばかりで、私のような考えを持つ人なんて全然いない。だから、今更落胆するようなことなどないのだが。
 それでも、夜を共にするこの人がぐっすり寝ているのを横目に、私一人だけが眠りを恐れて悶々としているというのは、もう耐え切れそうにもなかった。
 疲れるのだ、すごく。寝たいのに寝れないわけではなくて。睡魔が襲ってくると、どうしようもなく怖くなるのだ。
「何が怖いんだ?」
「……目を、閉じたら」
 それは、ありえないことだとは分かっている。途切れ途切れの睡眠の後に、私はちゃんと目覚めている。それが、どれほど最悪で、体が休まっていなかったとしても、だ。
「もう、目を覚まさないんじゃないか、っていうのが怖い」
「あぁ、意識を無くすのが怖いのか」
 さくっと答えを寄越すベリアルに、今度は私の方が思考を止めた。息を詰めるようにしたのが彼にも伝わったのか、一度体を離した後、私の体を反転させ、向かい合わせにさせられる。
「いやほら、オレだってさ、命懸けてる時があるわけだからさ。似たようなものかなー、って」
「多分似てないけど」
「でも、意識が落ちるほどの痛みは、オレでも怖く感じる時はある」
「どうだか……」
 何をしても、興奮するような男だ。私は魔物相手でも人間相手でも戦うことなんかできないから、その恐怖は全く理解できない。
 それに、痛みのあまり、あるいは大量の血を流して意識を失うことと、生存の為に不可欠な眠りで意識を失うことは、その精神的な在り様が全く異なる。戦うということは、今ベリアルが言った通り、命を賭けることだ。でも、眠りは違う。その本質は、安息。記憶の整理。同じ『意識を失う』ということでも、それは、真逆のことだと思う。
「眠ったまま二度と目が覚めなかったら怖いって思うんだよね。……そういう人を、見ちゃったからかなぁ」
 友人でいたのだ。病で体が蝕まれ、最後は眠るように穏やかに息を引き取っていった人が。以来、私は眠りが怖くなった。
 あの人のように、もう二度と目覚めないのではないか、という恐怖が、私に付き纏うのだ。それが、ありえないことだとしても。
「そんなにトラウマになるようなことだったのか?」
「……分からない」
 劇的な何かがあったわけでもない。ありふれた、世界の一場面だとは思う。けれど、それでも。私にとって初めての『死』はあまりにも衝撃だったのだろう。
 傷一つなく、綺麗に亡くなっていった。穏やかな寝顔のような死に顔だった。けれど、冷たくなっていく手と、どれほど呼びかけても指先すら反応を示さない手は、残酷だったと、今でも思う。
「死なんてものは、突然訪れるから。何の前兆も無くても、死んじゃうっていうから。だから、眠るのが怖い」
「それでずっと起きてるわけか。ろくな睡眠も取れずに。体が悲鳴あげてるのも無視して」
「……悲鳴?」
 怪訝に尋ねれば、ベリアルは、そう、と頷いた。私の背に彼の大きな手があやすようにおかれ、擦られる。まるで、眠気を呼び起こすように。
「ふらふらで、何かをしていたら倒れそうだって時がある。自分でも気付いてるだろ?」
「それは、まぁ。そこまでいったらさすがに」
「オレはその前から見ていて冷や冷やするけどね。だから、こうして……」
 正面からじっと見据えられる。軽薄な笑みを浮かべていない真剣そのものの表情は、私の心を刺すように彼に釘付けにさせた。
 暗闇の中で赤の瞳が不思議な光を帯びて近付いてくると、不思議と意識が溶けていくような感じがする。
 眠くなるような感覚に近いが、違う。体の力が抜けて、この人に縋るしかなくなってしまうような感じがする。
「姦淫しようか」
 何も考えられずにぼうっとベリアルを見ていたら、そう囁かれ、思わず頷いてしまったが、その後に我に返った。私は今、何を了承した。
 戸惑っている私に構わず、ベリアルは私の唇を舐める。
「べ、ベリアルっ!?」
「ん? キミは了承しただろ。眠るためにオレと姦淫するって」
「……なっ!?」
 思わず距離を取ろうとするが、ベリアルの腕は私をしっかりと抱いていた。
「何も考えられなくなっちまえば、寝れる。だからキミが限界かなって思ってた時にいつもヤッてたんだけど、覚えてない?」
「……なんで、っていうのは今初めて聞いた」
「そう? じゃあ覚えておくといい。まぁ、オレも溜まってるから、キミが気を失うまでさせてもらっててね。明日の朝覚えている保証はないわけだけど」
「……ま、待って!?」
「待つ男がいるわけないだろ? もう身を委ねてるくせに」
 悪い子、と囁かれてその赤い瞳に見つめられるだけで、背筋をぞくりとした震えが駆け上がっていった。

   眠れぬに眠れる刺激を

 長い口付けは、熱を交換するように。撫でられる体は、気持ちを静めるように。腰を抱く腕は、拒絶を許さぬように。
 その赤い瞳に見つめられるだけで、思考は甘く溶けて行き、私は諦めてベリアルに身を任せることにしたのだった。
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