Mis3 scene4 | ナノ




──scene 4



 招き入れられたリンの部屋は、とてもシンプルだった。
 ベッドにソファーにテーブル、あとはそれぞれの部屋についてある簡易キッチンとシャワールーム。部屋の片隅に無造作に並べられた銃の数々がリンらしいけど、リンの部屋と特徴づけるものはそのくらいだった。説明しようにも、それ以上何も言えない。だって物がないんだもの。


「他の人の部屋も、似たようなものだけどね」
「え?」
「座ったら?」


 促されて、私はソファーに腰を落ち着けた。かたり。私の前のローテーブルにマグカップ一つを置いて、リンはテーブルを挟んだ向こうのベッドに座った。
 マグカップからは、甘い匂い。


「自分で飲もうと思って作っていたの。ココア、嫌いじゃない?」
「うん、ありがとう。リンはココア好きなの?」
「ええ、よく飲むわ」


 一口、口に含む。甘い。


「………でも、中の仕事の人はそうでもないわね」
「え?」
「部屋の話よ。ミクはまだ他の人の部屋にあんまり入ってないんだっけ?」
「うん。メイコさんのところには行ったけど」


 彼女の部屋は、書類で足の踏み場もないほど散らかっていた。ていうか書類の上を歩いていた。真っ白な紙の裏に刻まれた、黒い靴の跡。こんなので良いのかしら。まるで子供の悪戯みたいだと思った。リンは思い出したのか、ふふっと笑った。


「デスクの人は皆似たり寄ったりね。ルカの部屋は難しそうな本ばっかりだし、兄さんの部屋は武器資料ばっかり」


 SOJのメンバーは、大雑把に二つのグループに分けられる。
 メイコさんやカイトさん、ルカさんなんかは、作戦を立てたり指揮をとったり、後処理をしたり、いわゆるデスクワーク中心の人たち。
 もう一つは、リンやレンがするように実際に外で仕事をする人たち。二人だけじゃなくて他にもいるようだけど、世界中を飛び回っていて帰って来ないと聞いた。常駐しているのがこの二人ってことらしい。
 前者をデスクグループ。
 後者をフィールドグループ。
 そんな風に、簡単に呼び分けている。まぁ、呼び分けが必要なほど大きな組織というわけでもないらしいけどね。


「あたしたちの部屋は皆こうよ。仕事続きで私物を持ち込めないってこともあるけど」
「けど?」
「何かあったときに、荷物は少ない方が楽でしょう?」
「──」


 思わず、リンをまじまじと見つめる。彼女は表情も顔色も変えず、好きだと言ったココアを飲んでいる。
 そういえば、彼女から好き嫌いを聞いたのはこれが初めてだった。

「リ、ン」
「………だから、レンは怒ってるんだと思うんだけどね」
「え? レンが怒ってるの?」
「こないだの任務、あたしね、幹部から情報を引き出す役だったのよ」
「それは、知ってるけど」
「じゃあどうやって引き出すかは、聞いた?」
「どうやって?」
「聞いてないの。簡単よ。ハニートラップ」
「……」


 ハニートラップ──色仕掛け。
 私は絶句してしまった。リンの黒いドレスから伸びた細い手足はしなやかで、それでいて引き締まっている。服から見える体の線はどこまでも華奢で、折れてしまいそうなほど。
 にこりとリンが笑った。唇は赤く、濡れている。


「そんな顔しないで。納得ずくのことだし、最後までさせてないもの」
「さいごって…」
「レンが怒ったのは、あたしがやりすぎたからだわ。情報は引き出せたんだから、それ以上は必要なかったってことね。だから、ミクが悪いんじゃないの。あのときのアレも、喧嘩真っ最中の図だったワケ」
「そ、そうなんだ……」


 喧嘩するには妙な体勢のようだったけど、レンが怒っていたなら、まあ、わからなくもない、の、かな?
 思わず考え込んでしまった私に、リンが何かを言いかけた。


『緊急連絡』


 ウィーン、とベルが鳴り、スピーカーからメイコさんの声が流れた。部屋にはそれぞれスピーカーが設置してあって、連絡なんかでよく使われる。
 す、とリンの表情が引き締まる。


『任務が入ったから、今すぐレンとリンは指令室に来ること。急いで頂戴。それからミクも仕事があるから戻っておいで。以上』


 プツン、と途切れた放送。無意識にスピーカーを見ていた目を戻すと、既にリンは立ち上がって準備をしていた。太腿に銃をセットする様は、白い肌が見えて心臓に悪い。同性でもこうなんだから、ハニートラップはさぞ仕掛け甲斐があるだろう。


「出来た。行きましょうか」
「う、うん」


 気を引き締めて、リンと一緒に指令室へと向かう。



20121114