Mis2 scene1 | ナノ




──scene 1



 私が連れてこられた先は──場所は、わからなかった。
 というのも、途中目隠しをされたからだ。赤いオープンカーは屋根を取り付けて私には周囲の景色が見えなくなったし、その上で目隠しをされた。場所を教えないのは、情報漏洩を防ぐとともに私の為でもあるらしい。そうよね、これ以上変な人に狙われたら困るもの。
 どのくらい車に乗っていたのかもよくわからずに、やがて車が停まるとリンさんの声がして手を引かれた。ひんやりとした小さな手は、さっきまで銃を乱射して、あまつさえ楽しげに手榴弾を投げてきたそれと同じものには思えない。
 そして、目隠しを外されたときに目の前に見えたのが、


「『Statue of Justice』?」


 そんな小さな看板が掛けられた、木の扉。
 あたしの隣に立ったリンさんが微笑んだ。


「正義の肖像──あたしたちの結社名よ」
「え……」
「ようこそ、SOJへ」


 レンさんは気取った仕草でドアを開ける。そんな動作すら様になっていて、私はどうすればいいかわからない。リンさんは相変わらず恭しく私の手を取って案内してくれているし、なんだか私、場違いのよう。
 もっとも、場違いなんてもう最初からだけど。
 意を決して、一歩、踏み出した。


「お帰りなさい、待っていたわよ」


 薄暗い部屋の中。青い画面が幾面も並ぶ中、それを背景に女の人が立っていた。こつ、こつ、ヒールの音。
 大人の女性の、声だ。
 思わずごくんと唾を飲み込んだ。


「あ、おかえりー」


 と、そこに割り込んできたのが、呑気そうな男の人の声。あ、まだ人がいたんだ。それもそうだよね、結社、って言ってたし。間抜けにもそんな風に納得していると、するりとリンさんの手が抜けた。


「ただいま、兄さん」
「リンちゃん!」


 リンさんはソファーから立ち上がった影に飛び付いた。影は勢いを殺すように再びソファーに沈み込み、リンさんをぎゅっと抱き締める。男の人だ。背が高くて、男の人にしては少し長めの髪をしている。リンさんはソファーに座るその人の上に横抱きされるようにごろごろと懐いていた。唖然としてしまう。


「ねーえ、兄さん。今回のあの手榴弾すっごく良かったわ! 火花が綺麗で、音も大きかったし」
「ほんと? 頑張った甲斐があったよぉ。火花の色も見てくれた? ちょっと工夫したんだー」
「一部緑だったわね。花火みたい。あれで威力もすごいなんて、さすが兄さんね」
「えへへー」
「でもね、あの拳銃は駄目よ。威力ないし、窓ガラス割るくらいが精一杯だったわ」
「そっかー……お店見に行ったときに、見た目可愛いからリンちゃんに似合うかなって思ったんだけど、そんなに力なかったんだ…」
「見た目は好きよ。丸くて、可愛いし。ね、兄さん、また改造してくれない?」
「わかった。頑張るね!」
「うふふ、ありがと、兄さん」


 ちゅ、と、リンさんは男の人の頬にキスを贈った。途端に見てわかるほどデレデレと頬が緩む男の人。兄さん、とリンさんは言っていたけど、とても普通の兄妹に見えないのは気のせいかしら…。体勢のせいかもしれない、リンさんはいまだワンピースで、際どい位置までスカートが捲れていたし。
 ったく、と隣でレンさんが苦虫を噛み潰したように二人を見つめていた。


「相変わらずあのシスコンブラコンどもめ…あれ以上凶暴になられちゃ困るっつの」
「全くだわ。ちょっとカイト、改造もいい加減にしなさいよ!」
「ええー、でも」
「でも、じゃない。あの手榴弾やっぱりあんたの仕業ね! 毎回毎回あたしたちがどんだけ後処理に苦労してるかわかってんでしょ!?」
「良いじゃないメイコ。あたしたち仕事はきっちりしてるんだから」
「破壊行動を最低限に抑えてから言って欲しいわねその台詞」


 兄と妹は密着したままの体勢で、メイコと呼ばれた女の人に文句を垂れている。


「まぁあいつらのことは良いわ。で」


 女の人が、私の前に立った。見上げる位置にある目に、この人が随分長身でスタイルが良いことに気付いた。
 リンさんは良く見ればまだ幼くて、子供と大人の間でふらふらしているアンバランスな、それでいてそこが限りなく魅力的だということをわかっているかのような色気を放っているけれど、この女の人は完全に大人の女の人という感じだ。短いブラウンの髪に、暗い色の瞳。真っ赤な口紅、赤いチューブトップの上から白衣を着ている。知的な美人だ。
彼女はにこりと優しげに微笑んだ。


「あなたがミクさん? いきなり連れてきちゃって悪いわね」
「い、いえ、あの」
「ああ、ごめんなさい。あたしの名前はメイコ。ここのリーダーをしているわ。あなたを呼んだのも、あたし」
「はぁ?」


 と、ここで疑問符を発したのはレンさんだった。


「ミクの家族とか知り合いとかから依頼かかってきたわけじゃねえの?」
「違うわよ」
「じゃあメイコの知り合い? いやでも今自己紹介してたもんな」
「うるさい坊やね」


 ふ、と溜息を漏らしたメイコさんは、おもむろに私に手を伸ばしてきた。す、と触れた指先が、私の頬を、髪を撫でる。


「……なるほどね…」
「あ、あの…?」
「ああ、ごめんなさい。それにしても髪、どうしたの? すごく長いって聞いたんだけど」
「えっとそれは、」
「ごめんね」


 いつの間にか、メイコさんの隣にリンさんがいた。彼女は深い瞳で私を覗きこむと、無表情に近い表情で口を開く。


「ちょっと不手際で、あたしがミクになりすましたの。そのときに、髪をもらったのよ」
「あら…それは申し訳ないことをしたわ」
「い、いえ良いんです。どうせいつかは切るつもりだったし」


 それにあのとき、彼女には一房で良いと言われたのだ。それで事足りるから、と。
 全てばっさりと切り落としたのは、私。


「逃げるのに、長い髪は邪魔にしかならないでしょう?」
「……ふふっ、あははは! 良いわねあなた。気に入ったわ」


 何が良いのかさっぱりだったのだけれど、メイコさんは朗らかに笑った。そうすると一気に幼く見えて、少し安心した。
 あのね、メイコさんが笑みを残した顔で言ったとき。
 ウォーン、ウォーン、と。
 室内が赤く、光った。


「メイコ! 南方に武装集団確認!」


 ハスキーな女の人の声が突然響いた。ま、まだ人がいたんだ。メイコさんと、リンさんのお兄さんに気を取られ過ぎていた。


「数は!?」
「目測だけど七十から百。銃器を持ってるわ。あと四分でここも囲まれてしまう」
「どんな連中かわかる?」


 メイコさんはきびきびと歩きながらソファーをぐるりと回り、そこにあったデスクの向こうへ行った。そこにモニタがあって、その影にもう一人いたみたい。モニタに手を突いてその人と言葉を交わしていた。


「あらあら。百だってよ、レン」
「随分しょぼいな」
「全くだわ。そのくらいで私たちに勝てるとでも思ってるのかしら。おめでたい頭ね」
「まぁた一暴れすっか」


 にやりと笑うリンさんとレンさんの頭を、何言ってんのとばかりにメイコさんが叩いた。


「何が一暴れよ、あいつら連れて来たのあんたらでしょうが」
「うわ、ばれてやがる」
「あんたなんで撒いてこなかったのよ。そんくらい出来たでしょ」
「だってさ、そろそろここも引き時だって言ってたじゃんか。派手な方がいいだろ」
「……三倍働いてもらうわよ」
「りょーかいっと」


 赤いランプに照らされて、レンさんが獰猛に笑った。
 ううん、レンさんだけじゃない、


「うちに喧嘩売るってのがどういうことだか、教えてやらなきゃね」


 ここにいる皆の瞳が、戸惑う私を置いてきらりと光る。


【MISSION2】
──Start.



20120830