Mis1 scene2 | ナノ




──scene 2



 男の名はレン、女の方はリンというらしい。


「お嬢さんの名前は?」
「ミクよ」
「へぇ。良い名だ」


 現在私たちは四階の廊下を足早に歩いていた。初めて見る建物の内部は陰鬱とした雰囲気で小汚く、ざわめいていた。驚いたことに私がいた部屋は六階建ての最上階。窓もないし暗いから地下かと思っていた。
 何故こんなにも建物内がざわめいているかというと、彼らが爆発物を仕掛けたかららしい。あの部屋を出る直前、すごい音と振動があった。崩れないのが不思議なくらい。


「ん? おいそこの!」


 目前のいかつい顔をした男が、私たちを──否、私を見咎めた。一応帽子を被って顔を隠していたのだけど、さすがにワンピース一枚は目立つ。ここまで止められなかったのが不思議なくらいだ。


「そいつを連れてどこへ行く」
「さっきの爆発で五階が一部崩れたでしょう。六階は危険なので、とりあえず階下に連れていくところです」
「そんな話は聞いていない!」
「独断ですから。こいつに傷をつけたら、ボスに半殺しですよ」
「なら私が……ん? おい待て、顔を見せろ!」


 突然男が、それまで黙っていたリンさんの腕を掴んで帽子を払い落した。リンさんはその帽子が頭を離れるか離れないかのタイミングで、掴まれた腕を引き寄せ足払いをかける。流れるような動作。レンさんが、あーあという顔で天を仰いだ。
 ざわりとした空気が、凍る。


「……し…し、侵入者──────!」


 誰かのその叫びを皮切りに、レンさんが私の手を取って走り出した。並ぶようにリンさんも走る。向こうは銃器を持っているようでひやりとしたけれど、「緑髪の娘には当てるな!」「怪我をさせるな!」そう叫んでいるところを見ると、怖くて扱えないらしい。それでなくても建物内なんて流れ弾が怖いもの。
 レンさんとリンさんは混乱している敵の間を縫うように逃げているけれど、果たして逃げ切れるのか正直なところ不安だった。向こうは建物の中なんてちゃんと把握しているだろうし、何より多勢に無勢。でもそうはならなかった。それは多分、ひっきりなしに爆発音が響いていたからかもしれないし、二人が流れるような動作で敵を捌いていたのもあっただろう。
 どこをどう走ったのか、気が付けば私は薄暗い倉庫のような場所で膝を突いていた。


「リン、お前なぁ。面倒なことになったじゃんか」
「あんた簡単すぎてつまらないって言ってたでしょ。このくらいで丁度良いわよ」
「言ってろ。ま、楽しくなってきたのは間違いないわな。命がけの鬼ごっこってか」


 二人がそれぞれの銃を確認しながら言葉を交わす。武器、持ってたんだ…考えてみれば当然のことだけど、今まで見なかったのは何故だろう?
 リンさんがちらりと私を見た。


「切り札は最後まで取っておくものよ」


 …まるで、私が思ったことを読んだみたいに。


「…あ、あなたたち……一体、何者よ」


 この状態で焦りを覚えると言うよりも、心から楽しげな笑みを浮かべる二人が恐ろしい。
 二人は顔を見合わせる。


「何者って言われてもなぁ。『正義の味方』って言ってるやつもいるらしいけど」
「余計胡散臭いわよね」


 銃器の確認が終わったらしく、それを上着の中に収める二人。それからちらりと窓の外を見て、でもちょっとまずいなぁと呑気に呟いた。


「追手が多いわね」
「思ったより混乱が少ないな」


 直にここも見つかる。そうなったら……どう、なるんだろう。
 ふとリンさんが私を見て、にこりと笑った。艶やかに。


「ね……ここから出られるなら何でもするって言ってたわよね」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。それがあの牢屋内での独り言だと気付くと、顔にかーっと血が上る。


「き、聞いてたの!?」
「あれは、どこまで本気?」


 二人の瞳が、怪しく揺らめく。



20120808