Mis1 scene1 | ナノ




──scene 1



それは数日前のことだった。ううん、もしかしたら一月も前のことかもしれないし、一週間くらいのことだったかもしれない。時間の感覚が、わからなくなっている。まぁ一月ってことはないだろうけれど。
 買い物に行った帰り、人気のない道でいきなり黒服の怪しい男たちに連れ去られ、気が付けばこの薄暗い部屋に押し込められていた。幸いなことに、今のところ何の暴行も受けていないし、粗末なのには目を瞑って食事も出る。身体を拭く水も与えられる。殺す気はない、そういうこと。ただ安心していられないのは、そうした扱いを受けるのはきっと売買目的だと容易に推察できるから。
 人身売買。
 治安が良いとは決して言えないこの地域。そうした噂はよく聞いた。あの人が売られた、だの、あの金持ちは異国の娘を何十人も買った、だの。だからこそ一人でうろついていた私自身にも非はある。
 だからと言って、こんなところで大人しく言いなりになるなんて絶対に嫌。


「……逃げるためなら、何でもしてやるわ」


 決意を込めて呟いて、私は何か使えるものがないかと部屋の中を見回した。が、布団と簡易式トイレがある他は何もない。今更ながら、牢獄のような環境に腹が立つ。否、「ような」ではないか。
 来たときはもう少し物があった。どうやら物置として機能していた場所見たいだったから。けど私が脱走しようと画策したのがバレて、ほとんど持ち去られてしまった。
 窓はない。天井には換気口が一つ。最初はあそこから逃げようと思ったのだけど、椅子を積んでいるところをうっかり見られてしまった。その次は体調が悪い振りをしたり、色々。
 ただ一つだけ、定期的に食事を持ってやってくる連中の不意を突くのはなかなか出来ないでいた。武器を持っているし、屈強な男二人組で来られたらどうしようもない。
 だけど、一か八か。


「へぇ。なかなか威勢のいいお嬢さんだ」


 ──いきなり、だった。
 いきなりそんな声がして、振り返ると警備員の制服を着た人間が二人、ドアを開けて入ってくるところだった。
 嘘…? 食事の時間はまだなのに。戸惑いながら、警戒心を込めて奴らを睨む。


「おっと。そんなに睨まないでくれよ」
「………何の用よ」
「あら、助け甲斐があるじゃない」


 驚いたことに、一人は女だった。帽子を上げてはっきり表れた顔は酷く整っている。ここに女が来たことなんて一度もないのに。
 戸惑いを増した私の心情を察したように、男の方が口を開いた。


「時間がないから手っ取り早く行こう。俺たちは任務で、君を外に出すのが目的」
「外…に?」
「ということで、とりあえず逃げようか」
「……し、信じられるわけないじゃない!」
「まぁそれもそうか」


 男は肩を竦めた。随分慣れ切った態度のようだ。
 ここで女の方が、でも、と話しだした。


「付いて来られないというなら、あたしたちはこのまま出ていくわ。いくら任務って言ったって、本人の意思が最重要でしょう?でもそれって得策かしらね。ここにいたら後でどうなるか………信じる信じないは、外に出てからでも判断できるんじゃない?」


 ……果たして、外に出てから信じられないとなっても、この二人から逃げられるかどうか。
 それでも現状打破と言う点では言う通り。私は差し出された女の手を、ゆっくりと取った。
 思いの外、華奢な手だった。



20120804