Mis11 scene1 | ナノ





――scene 1



 驚いた。
 私は、驚いたのだ。
 メイコさんが小ぶりな拳銃を両手に構え、円を描くように乱射する。弾が切れればスリットからスカートの下に手を入れて新たに銃を持つ。硝煙の臭いと血の臭い。ああそうだ、血、だ。実弾だった。それが容赦なく、今までそこに立っていた人たちの頭を貫いたのだ。
 圧倒的なまでの死が立ち上っている。それなのに――驚いたのは、私と、大統領と、今まさに死んでいく人たちだけだった。
 かちゃん、とメイコさんが銃を落としたとき、彼らは死に絶えていた。静けさに私はおびえていた。レンは無表情に大統領を見ていた。


「お、お前、お前……!」
「大統領」


 かつん、と、メイコさんがヒールを鳴らす。艶やかに笑うルージュが目に毒々しい。


「何故……何故」
「それは一番よくわかってるでしょ?」
「お前は……私の、」
「Daddy、動かないでね。あんたの子飼いのミクオちゃんも動けないんだから」
「ミ、クオ」
「知ってるんだから。あの子はあんたのスパイでしょ。汚れ役も全部押し付けて。あーあ、カワイソウ」


 メイコさんが笑いながら拳銃の照準を大統領の額に合わせた。
 ぞっとした。


「メイ、コ、さん、メイコさん、」


 待って。
 何を、しているの。


「どう、して? 止めてよ、メイコさん……!」
「どうして?」


 酷く不思議そうに、彼女が問う。
 私は、それに応えられなかった。


「捕まっちゃう、よ、だって、こんな」
「今更じゃない、そんなの。もうこんなに殺しちゃったんですもの」


 ああ、血の匂い。


「それに、どうせ犯罪者集団ですもの」
「……え?」


 ……え?


「知らなかった? ルカは墓を掘り起こして死体を荒らしたり、死刑囚の目をくりぬいたり」


 やめて。


「カイトは、純粋に爆弾魔だしね」


 やめて。


「神威は、あんたどっちが本当なのかしら。パパ? それともあたし? 二重スパイなんて楽じゃないわね」
「思うままに行動しているだけだ。次はこいつを放すかもしれないな」
「あら、じゃあ今回はラッキーだったのね、あたし」


やめて。


「レンとリンは暗殺ばっかりしてたわね」
「楽だからな」
「あんたらはすぐ楽に流されるんだから」


 やめて、よ。
 あたしは頭を抱えて叫んだ。


「じゃあどうして! どうして私を巻き込んだの?! 関係、ないじゃない!」
「関係ない? じゃあどうして、」


 メイコさん、と叫んだのは、それまでずっと黙っていたミクオだった。神威さんに押さえられたままのミクオは、やめろと叫ぶ。でも、メイコさんはまるで聞こえないように私を見て笑った。


「さっき人質にとられたとき、ナイフで刺そうとしたの?」
「そ、んなこと、してない!」
「リンが助けたからでしょ。じゃあどうして『あのとき』ナイフを手に取ったの?」
「でも、あれは、だって、」
「ええ、あなたが殺さないと、殺されていたでしょう。でも、それならどうして死体を隠したの?」
「かく……して、」
「どうして、ナイフを持って、夜、うろついていたりしたの?」
「わた、し」
「どうして、『あのとき』、ナイフを持って笑っていたの?」


 知らない。知らない知らない知らない知らない。
 知らないはず、なのに。
 思い出したくない、のに。
 メイコさんは後退りをする私を優しい目で見て自分の父親に目を向けた。そのとき、大統領はそろそろと逃げ出そうとしていたから。
 ぱん、と拳銃が鳴る。ぎゃあと悲鳴と血が飛び、大統領は足を押さえて転んだ。


「駄目じゃない、動かないでって言ったでしょう、Dad. 言いつけを守らない悪い子はお仕置きだって、昔、よく、あたしに、言ったわよね?」
「メイ、コ、メイコ、私は」
「メイコ。メイコ。メイコ。それは、お母さんの名前じゃない」


――Mom died when I was a kid.
――You killed her, did you, Dad?


 ばぁん。
 銃声が響いて。
 男の額に穴が開く。
 男は、二度と起き上がらない。
 それを齎した男の娘は笑顔だった。笑顔のまま、私たちを振り返る。


「さああんたたち、逃げなさい」


 肩を竦めて、レンが出ていく。窓のすぐ外にリンがいて、二人で夜の闇に消えた。カイトさんも手を振って、別方向に歩いていく。神威さんは建物の中に消えた。
 待って、と、震える声は、私のものだった。


「ど、どうして。何で」
「さよならよ、ミク。もうSOJの目的は終わったの」
「目的?」
「あれはいらないのよ」


 爆音がどこからともなく響く。悲鳴も聞こえた。私は、動け中多。周囲を囲む死体。血の臭い、爆薬の臭い、焦げ臭い、地響き。
 思い出していく、記憶の数々。ああ、あの人は、そう言ったのだ。

――あいしていたのに。

 あの夜のことを、覚えている。思い出してしまった。押し入ってきた男たち。押しこまれたクローゼットの中。お父さんとお母さんの悲鳴。野卑な声。覗き見た――惨状。
 一人残った男は、おそらく事後処理だったのだろう。私はそっと後ろから近寄った。手に持っていたのはナイフだった。男の背中に振り下ろすのは簡単だった。しゃがんでいたから。重たい大人用のナイフは、振り下ろすと言うより重力に負けて落とす形になったけれど、綺麗に骨を避けて突き刺さってくれた。
 はじめは、恐怖だった。怖くて怖くて、私も殺されてしまう、痛い思いをしてしまう、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
 なら、動けないようにしてしまえばいい。お父さんとお母さんも、こうされて、動かなくなったのだから。
 ナイフの突き刺さった身体は一瞬痛みに仰け反り、後ろにどうと倒れた。私はすんでのところで巻き込まれるのを回避して、男の目が見開かれた死にざまを見た。
 血走った、青い目だった。綺麗だと思った。飴玉のようだと。
 スプーンでは、うまく刳り抜けなかった


「……そうなのね。そうだったんだ」


 納得した。
 ああ、私を捕まえたかったのは、大統領だった。
 歪んだ愛だった。
 奥さんを愛していた。だから縛りつけた。でも奥さんは逃げ出した。逃げ出した先は、今となっては想像しか出来ないけど、恐らく友人だったのだろう、私の両親のところ。
 聞きたかったんだろう、彼女が何を、私の両親に語ったのか。

――あいしていたのに。

 過去形だった。あのときのあの人は、決して、彼を愛していなかった。むしろ純然たる憎しみで、美しいほどだった。
 それを、彼は知らない。知らぬまま、娘の手にかかって死んでしまった。
 けれど、私は思うのだ。


ざ ま ぁ み ろ


 力が抜けて、膝から崩れ落ちる。笑いが漏れた。ああ、駄目だ、おかしい。気持ち悪い。おかしい。滑稽だ。
 だってそうでしょう? 恐らくあの後、大統領は歪んだ愛で奥さんを殺して、娘を代理にした。そして娘はどうしたのか知らないけれど、軟禁から抜け出して変わりを作ったのだ。人形を。夫人のお誕生日パーティ、車椅子に乗っていた彼女は、マネキンだ。ああ、そうだ、きっと、ルカさんが作ったんだ。だからだ。だから、彼女は、全部。
 娘が父親に囁いた。ねぇ、お母さんを蘇らせてあげる。そうして、マネキンを用意した。
 マネキンを燃やしたのも、彼女の復讐。目の前でミクオを捕まえたのも、復讐。最後に殺したのも復讐。彼女は憎しみで出来ていた。
 笑いだした私におかまいなしに、メイコさんは床や壁、カーテンに火をつけていく。燃えないんじゃないかしらと思ったけれど、燃えやすい木の部分から燃えて行った。消えないと良いなと思った。
 炎の向こうで、彼女が笑う。


「さよなら、ミク。せいぜい自由に生きなさい」


 彼女は父親の死体を引きずって、炎の奥へと消えていく。私はそれを止められず、笑ったまま、見送った。
 座りこんだ私の前に、靴が見えた。顔はあげなかった。それなのに、ぐいと引っ張りあげられて、屋敷の外に連れられる。どう進んだのかもわからない。いつの間にか木立ちの中で、燃えさかる炎を見ていた。
 リンがいた。レンもいた。カイトさんもいた。


「ねぇ、リンちゃん。あの男が死んだよ」
「そうね」
「『カイト』を死に追いやった元凶だ」
「そうね」


 静かな会話。一層、奇妙だ。私たちと彼らの間に、隔たりがあった。
 へたりこんだ私の前に、ミクオがしゃがみ込む。


「私は、殺人鬼だ」


 声は、思いの外平淡だった。


「それでもいい」
「異常、よ」
「それでもいい」
「あんたの目を、いつか刳りぬいてしまうかもしれない」
「それでもいい」

 あの夜のことは思い出せるのに、あんたのことは朧にも思い出せない。
 返せるものなんか何もない。それでも良いの。


「いいよ、なんだって。僕はずっと、君が好きだったんだ」


 唖然とする私に、そう言って。
 ミクオは私に手を差し伸べた。


「なんて綺麗な爆発なのかしら」


 リンがそう言って、声に笑みを滲ませた。






【MISSION 11】真実
――unknown.









20160529