Mis10 scene3 | ナノ





――scene 3



 大きな御邸だった。
 着いたのはもう日が沈んで数時間も経った頃。広大な敷地は周囲を木立ちに囲まれ、更に御邸自体がぐるりと塀に囲まれている。門番が無表情に立っていて怖かったけれど、さすがにメイコさんは顔パスだった。
 いつだったか、ハクさんが囚われていたお城とはまた趣が違うけれど、そのくらいの大きさ。ホテルかなんかじゃないかしら。白い壁がぼんやりと闇夜に浮んでいた。
 出迎えたメイコさんのお父さん――大統領は、げっそりと落ちくぼんだ目をしていた。疲れているのだろうか。そう、かもしれない。
 大統領は、奥様を愛していたと、その憔悴ぶりは悲惨なほどだと、ニュースで聞いたような気がする。
 メイコさんはそんな大統領に挨拶のハグとキスをしてあたしたちを中に案内した。連れられた先は、巨大なリビング。大きなソファーに何人寝転べるか思わず目算してしまう。リビングだと言われて案内されたけど、私にはリビングというより劇場とかそんなものにしか見えなかった。何故か舞台もあるし、吹き抜けにもなっているし。百人は収容できそう。
 物々しい警備だった。SPと思われる黒服の人たちが数人歩いているし、一人、大統領の傍にぴたりとくっついている人もいる。
 重苦しい雰囲気に、息がつまりそう。


「さて」


 そんな中、お気軽に声を発したのは案の定メイコさん。


「なにか食べない? お腹空いたわ」
「俺も」
「ちょっとレン、遠慮しなさいよ!」
「なんだよミク、運転すんの疲れんだぞ」


 レンも自宅かというほどにくつろいでいた。というか椅子に座り行儀悪く足を机に投げ出している。心無し、SPの方々が呆れた目をしている。
 メイコさんの合図で、それから数十分後に豪華なディナーを頂くことが出来ました。美味しかった……。

 かち、こち、と響くのは秒針。夜が深まっていくごとに、緊張感が高まっていく。
 話し合いが持たれたのはつい今しがた。犯行予告は明日零時。でもそれが、今日と明日の境を指すのか、明日と明後日の境を指すのかの判別がつかない。だから、二十四時間気を抜けない。どこに爆弾が仕掛けられているかもわからない。この「リビング」はかなり綿密に調査を行い、周囲もぐるりと囲っているから一応は安全らしい。
 他の場所については、何しろ御邸が随分広いことと、犯行予告が届いてから予告時間まで時間がなかったため、調べる余裕がなかったみたい。
 そして、問題の。


「十二時……」


 鐘が鳴る。――何も、起こらない。
 一応は「まだ」何も起こらないだけなのだけれど、とりあえずはほっとした空気が流れた。
 ――そのときだった。


「大変です!」


 そういって入ってきたのは、年若いSPらしき黒服の男。


「どうした?」
「あ……」


 けれどそのSPは、入ってくるなりメイコさんを見て絶句している。何か言いにくい雰囲気だ。どうしたのかしら、と思っていたら、メイコさんがにこりと笑った。うわぁ……猫被ってる。


「私に言いにくいことかしら。どうぞ言って頂戴。私の家のことですもの」


 若いSPはうろたえて上司に判断を仰いでいたが、頷いたのを見て口を開いた。


「恐れながら……メイコ嬢の仕事場が爆破を受けたというご連絡をいただき、別隊が向かいました」
「ありがとう」
「賊らしき者が残っておりましたが、反撃を受けて撤退。賊らしき者は三人、こちらに向かっていると思われます。うち一人は足を骨折していると別からの情報です」
「そう。お願い」


 全くの。
 唐突だった。
 メイコさんがだしぬけに言った「お願い」に動いたのは、二階の吹き抜け部分から降り立った「誰か」。その誰かは誰もが動けないほどの速さで標的を引き倒した。動けないよううつ伏せにさせて、手足を拘束する。
 メイコさんは、かつん、とヒールの音を立てた。


「ようやく、尻尾を出してくれたわね」


 かつん、かつん、かつん。
 私は、動けなかった。


「どうして……」
「どうして? あの子が足を骨折していると思ってるのは、」


 床に押し付けられていた顔を、なんとか持ち上げて。


「あんたしかいないのよ――ミクオ」


 ミクオが、メイコさんを見上げた。ミクオを拘束している神威さんは、それを無表情に見下ろしていた。









20160528