Mis10 scene1 | ナノ
――scene 1
「ミク、なんだか機嫌悪いね」
「人の機嫌伺うとか気持ち悪い」
「あはは、いつもより刺が鋭い」
神威さんのことを思い返すだにむかむか、そして朝っぱらからこいつの顔を見て苛々。だというのに、ミクオはやたらと機嫌が良い。こないだ行ったあの仕事のときはなんだか機嫌悪かったくせになんだというのだ、本当に。
そして、メイコさんは私に輪をかけて機嫌が悪かった。というより、
「このあたしに喧嘩吹っ掛けようなんて」
……怖い。
ドアを開けた瞬間飛び込んで来た悪人面の笑みに思わずドアを閉めた。勿論目に入っていたらしく、ミク、とメイコさんが鋭く私を呼んだものだから渋々開けざるを得ない。
「忘れ物でも思い出したの? 悪いけどそんな時間はないわ」
「超逃げたい」
「僕も」
「あら、逃げられるところなんかあるのかしら?」
ぱちん、とウィンクひとつ、悪役じみた台詞を吐くのはルカさんだった。行儀悪くデスクの上に座りこんで足を組んでいる。
私はミクオを盾にしながら恐る恐る尋ねた。
「何があったんですか?」
「脅迫状よ」
紙飛行機にして飛ばしてきたそれを上手く空中で受けとめる。開いてみれば、新聞や雑誌の切り抜きで作ったチープな脅迫状。チープだけれど、与えるショックは割と大きい。
――爆破予告!
エクスクラメーションマークのついたところが軽妙で恐ろしい。
内容は、明日深夜零時、大統領館を爆破するというもの。大統領が家で待機していなければ街のどこかの小学校を、娘も待機していなければどこかの病院を爆破する。
つまりは、大統領とその娘を殺すという明確な殺意。
「メイコさん、これって」
前言っていた、要人暗殺事件のことだろうか……。でも、暗殺よりかは堂々としすぎている。
そのとき、だった。
「!?」
「ミクっ」
建物が衝撃音と共に揺れた。
ミクオが私を抱え込み、何も見えなくなる。足元が危うくなった。
幸い、揺れはすぐに収まった様子。顔を上げると、メイコさんの凶悪な顔が更に凄みを増していた。
「やってくれるわね……」
この顔を見なくて済むのなら建物よいっそ倒壊しててくださいとすら思った。
それが私のほうを向いたときなんて、本当に。
「ルカ、経路確認。ミクオはレンを連れて来て、下にいると思うから。ミク、あんたは」
メイコさんがつかつかと近付いて私の手首を掴み、そのまま歩きだした。白衣が翻って顔に身体に当たる。
「あたしに付いてきなさい」
「って、もう歩き出してますけど!」
階段を上っていくメイコさんは有無を言わせない強さを持っていた。怒っている、と直感して、鳥肌がたつ。
さっきの揺れの原因は、爆発だ。私には見当がつかなかったけど、SOJの建物の内部が爆破された。いつもならまたリンとレンが何かしたか、カイトさんがリンの爆発物を作って失敗したかを考えるんだけど、メイコさんのこの様子じゃ違う。
それに、さっきの脅迫状のこともある。
階段を上って最上階へ行くと、そこが惨状だった。壁がなくなり、あちこちに破片を残し、物が散乱している。
そして、そこに。
「カイト。リンは」
「ついてなくてね」
場違いに穏やかな会話を、二人がかわす。カイトさんがくたりと四肢を投げ出したリンを抱き抱え、メイコさんを見上げた。メイコさんはすっぽりと表情を落としてカイトさんに近付き、腰を落としてリンを見た。私は、そんなメイコさんをその場に突っ立ったまま見ていた。
「じゃあ、カイト、あんたはリンと一緒にいて」
「言われなくてもそうするよ。大事な妹だしね」
「あんたのそれ、歪んでるわよ」
「知ってるよ。だから声をかけたんだろ」
「ええそうね。じゃあ」
「ああ」
メイコさんはあっさりと立ち上がって二人に背を向けた。カイトさんとは目が合わない。穏やかな表情で、リンを見下ろしている。
おろおろする私を余所に、メイコさんはすたすたと階段を降りていく。私はついていく他なかった。
「メイコさん、リンは」
「気絶しているだけよ」
「これからどこに」
「喧嘩は買わないとね」
手伝ってね、と。
メイコさんはようやくいつもの顔で笑った。
【MISSION 10】
――start.
20160528