Mis9 scene3 | ナノ
――scene 3
「なんだか懐かしい街並ね」
「そう?」
てくてく、てくてく。ミクオと一緒に石畳の道を歩いて行く。両側に家が続く、静かな住宅街。夕陽の所為か、とても郷愁を誘われるような景色だと思う。なんて、私には故郷なんてないのだけれど。
神威さんはあれから別行動。別件から洗ってみると言ってどこへとも知れずふらりとどこかに行ってしまった。私たちとしてもあの人と一緒は目立つから勘弁してほしいところだったからそれはまぁ良かった。なんだか苦手なのよね。
「ほら、あの街灯とか。レトロよね」
「どこにでも見るタイプだけどね」
「さっき見た公園も遊具可愛かったわ」
「色遣いかな。最近塗り替えたみたいだったね」
「小道とかあるし、ちょっと入って見たくなるわね」
「やめといた方が良いよ、絶対迷うから」
「失礼ね」
隣を歩くミクオをそっと見上げる。すぐに視線に気付かれて、なに、と柔和な笑みを向けられた。
私は相変わらず、この男が苦手。
「あんた、そんなに神威さんが嫌いなの?」
「え?」
「さっきから随分機嫌悪いじゃない」
「………」
驚いたように微かに見開かれた目を誤魔化すように、ミクオはついと視線を逸らした。たまに、ごく稀に、こいつはとてもわかりやすい。
ミクオを下から覗きこもうとしたときだった、
「きゃっ!?」
突然、ミクオが私の手を掴み近くの路地に引っ張り込んだ。西日も入らない、街灯も無い、薄暗い路地。私の背中が壁に押し付けられて、見上げたところにミクオの顔がある。とりあえず逃げようとしたけれど、顔の両側にミクオの腕があった。
ちょっと待ちなさいよ、こっちは心配しててあげたっていうのにまさか発情してるわけ!? こんなことなら神威さん引きとめてればよかったわ!
混乱しつつも、口から出てきたのは「退きなさいよ」という冷静な言葉。私、パニックに強くなってるのかしら。確実にメイコさんの所為ね。おかげじゃなくて。
「ミク」
「ちょ、なななな、」
表面上の冷静さもここで終了した。ミクオが顔を近づけて来たから。押しのけようにも、びくともしない。殴れば良いの、蹴れば良いの!? 思わずぎゅっと目を瞑った。
耳元に、声が触れた。
「神威さんに、隙を見せない方が良い」
「離れなさ……え?」
目を開けた。思いの外真剣な眼差しがあった。
「神威、さん?」
「うらぎりものかもしれない」
「…………え」
裏切り者。
そう変換されるまで時間がかかった。
思い出したのは、いつかのメイコさんの言葉。――うらぎりものがいるわ。
あれは、酔っ払いの言葉だと、忘れてしまおうって、思っていたのに。
「うそ」
「……確証はないんだ。でも、神威さんが、よく街中で隠れるようにどこかに電話しているって話も聞くし、あの大統領の警護のときも、一人でどこにいたかわからない。神威さんは、今日僕たちがここに来ることを知らなかった。メイコさんに意図的に隠されていたんなら」
「メイコさんも、疑ってるってこと……?」
「もしかしたら、それも含めて一緒に調査させたいのかもしれない。……全部憶測だけどね」
ふと、脳裏に。
いつか神威さんが窓の外に何か白い紙のようなものを投げていたことを思い出した。
いつの間にかなくなっていた紙は、あれは、本当は、なんだったのだろう。
「ミクオ、あんた、」
「憶測だよ……ミク」
ミクオの笑みが、ふと、寂しそうに見えた。その笑顔に見覚えがある。
この人は、私の「昔」を知っている。どうしてか、それに詳しく触れたことはなかった。触れたくないと、感じていたのかもしれない。
この瞬間、聞かなければいけない気がした。
「私の何を、知っているの」
「過去を」
「過去」
「ミクが、知らなくて良い過去を知っている」
「知らなくて良い……?」
「知らなくて良いんだ」
「私のことなのに?」
「覚えているべきじゃないことだから忘れてるんだ。だから、本当は、僕も忘れているべきなんだ」
「忘れなきゃ駄目なの」
「僕は、今のミクが好きだよ」
息を飲んだ。
今まで戯れに口説き文句のようなことを言われたことはあった。それでも、戯れ程度。こんな風に告げられたことはなかった。
寂しそうに。
諦めたように。
――恋しそうに。
それを。
どこかで、見たことがあったのかもしれない。
でも、私はやっぱり、ミクオを知らないのだ。
何か言おうと、口を開く。何も言えなくなって、口を閉じる。
ミクオはふふ、と笑い声を漏らして私から離れ、目をふっと逸らした。そちらを向けば、ぽかん、と口を開けて見上げている小さな男の子たち三人。
……見られてた。いつから? かーっと顔が赤く染まるのがわかって、思わず頬を押さえた。
「いちゃいちゃしてる!」
「ちゅーはしないの!?」
「ちゅーしろよ!」
「何言ってんのガキども!?」
「まぁまぁミク」
「宥めてんじゃないわよ!」
そうだ、子供ってこういう囃し立て方するわよね。むかつくったらありゃしない。
しばらく口喧嘩をしてひと段落ついたとき、男の子の一人がふと怯えたように路地の奥に視線を走らせた。
「お姉ちゃんたち、この街のやつじゃないだろ」
「? そうよ」
「じゃあ知らないんだ。お化けが出るの」
「お化け?」
「眼つぶしの悪魔」
唐突に出て来た物騒な言葉に、どきっとする。
「目……隠し、じゃなくて?」
「目を潰すんだって」
「赤い服着てて、刃物で笑いながら目を潰すんだって」
「だから、気をつけた方が良いよ」
平凡な街に似合わない、不気味な怖い話。
鳥肌で全身が総毛立ったとき、路地の奥から。
「!」
微かに、女性の悲鳴が聞こえた。
20160522