第三章 | ナノ


第三章 
 第一話
 第二話
 第三話
 第四話
 第五話
 第六話
 第七話
 第八話
 第九話
 第十話
































第一話



 四元素、という話を聞いた。万物の基本とは土、水、空気、火の四つであり、それが結合と分離を繰り返し変化を生じている。この世界における魔術とはその四元素が持つ結合と分離の力を最大限に利用しているものであり、魔術師の得意不得意によって四元素のごとく分類が別れる、とか。


「だから、リンは水の魔術師だね」
「じゃあ、他の性質は使えないってこと?」
「いや、四元素はいわゆる物質という意味で使われるとは限らないよ」


 それなら、と質問を続けようとしたところで、がたん、とドアが開く。顔を覗かせたのは顔を上気させたレンで、手にはずしりと重そうな袋を携えていた。


「やぁ、遅かったねレン。お帰り」
「お帰りなさい」
「おいちょっとお前ら距離近いんだけど?! つーか俺が苦労してたのに何で応援にも来てくれなかったんだよリン!」
「え、あたし?」


 テーブルに金属音を響かせて置かれた袋の中身は、おそらく賞金だろう。この間のゴーレム事件のあった日からおよそ一週間が経ち、あたしたちはあの村から離れ別の街へ来ていた。そこではあたしの街であったものより少し規模の小さい腕試し大会みたいなものがあって、レンはそれに参加していたのだ。優勝すればそれなりの賞金がもらえる、とのことだったし。


「だって、レン今まで負けなしなんでしょ? 別にあたしが行くことないじゃない」
「ある。応援してくれた方が嬉しいしやる気出るしっ」
「応援ならしたわよ、レンが行く前」
「その場でしてほしかった!」


 駄々っ子か、と思う膨れ面に、少し笑いだしたくなってしまったのは内緒だ。
 まぁまぁと宥めに入ったのは、今まであたしに魔術のことを少しずつ教えてくれていたクオくんだった。


「リンは少しでも早く自分の力を安定させたいんだってさ。リンも、わかってやってよ。レンは好きな子に自分の雄姿を見ててほしいんだよ……ぷふ、ククッ」
「笑ってんじゃねーよ」
「いや、だって思春期かよ」
「良いわよレンが強いのは知ってるし」
「何でそんな不満そうに言ってんの」


 レンの強さは知っている。生まれ育った街から連れ出してくれたときも、あのゴーレムと一人で渡り合ったと聞いたときも、それからここに来るまでに山賊を一網打尽にして路銀を稼いでたし、クオくんからもレンの話を聞いた。あたしは本当に、ただ付いてくるだけだった。
 なんだか、それが酷く悔しくって。
 山賊退治の仕事だって、見ているだけ。あたしが少しでも危ない目にあったり、転びかけたり、それだけでレンは血相を変えて素っ飛んでくるのだ。どれだけ弱いと思われているのだろう、腹が立つ。でも、その弱さが満更嘘でもないのが悔しい。魔術師だと言われても今までそんなの知らなかったし、花屋の娘だったから戦う術なんか知らない。
 悔しい、悔しい、悔しい。
 そんなわけで、あたしは頑張ってるっていうのにこの男は。
 休憩しようか、とクオくんが席を立ち、宿屋の階下にある共有調理場へ降りて行った。残されたあたしたちの間に漂う微妙な沈黙。
 レンはいまだ不機嫌そうにクオくんが座っていた席に腰を下ろして、机に行儀悪く頬杖を突く。向かい側に座っていたあたしとの距離が、微妙に近付いて思わずたじろいだ。


「レン」
「なんだよ」
「優勝おめでとう」
「……ん」
「なによ」
「花なくていいから、あのときみたいに」


 あのときって………花、というワードにつられて思い出したのは、初対面のときのこと。
 レンが優勝して、あたしが花を持って行って。それで……ああ、いつものように、頬にキスをしただけ。伝統というか、決まり事というか、あの場でのことだからやったのに。
 改めてしろと?


「いや」
「何で」
「むしろこっちが何でよ」
「御褒美が欲しい……です」
「照れないで気持ち悪い」
「酷くね!?」


 それからああだこうだと呑気な会話をしていて、クオくんが戻ってきた頃にはレンの機嫌は元に戻っていた。










20161210
























第二話



 がたがた、と荷馬車に揺られて眠気に誘われつつあったけれど、隣から聞こえる得体の知れない言葉に起こされること数回。俺には理解できないその言葉は、呪文を唱えるのに必要な言語らしかった。まったくわからん。
 俺たちは宛のない旅をしている。強いて言えば、俺が修行の旅の途中だったため二人ともそれに付いてきているような形にはなっていた。各地でちらほらと魔物の動向が伺えて、それから逃げるように次の腕試し場を探していく。
 足で歩くと二日はかかる場所にある街に、結構な力を持つ盗賊がいるらしい。それがなかなか強いというため、稼ぎついでに行ってみることになっていた。その近くまで行くというおじさんがいて、運よく乗せてもらうことができた。


「クオくん、この読み方」
「ああそれは」


 リンはわからなくなれば振り返ってクオに話しかけはするものの、俺は基本放置。あーあ。せっかく二人だったのにクオが付いてきてから寂しいものになってしまった。


「なぁリン、こんなとこで本読んで、気持ち悪くなんねぇの?」
「なんないから黙ってて」
「俺の扱い日に日に悪くなってね?」


 ぶ、と背後から聞こえるのはクオの噴き出した音だった。いつか殺す。
 俺が秘かに何十回目かの決意を固めたとき、がたん、と急速に馬車が留まる。何やら慌てたような気配がして、馬が騒いでいる。
 顔をあげると、クオが諦めたかのような笑みをしていて、リンはひたすらに困惑していた。俺は二人に動くなと告げて馬車を降り、おじさんの方へ回る。


「どうしたんすか?」


 が、そこにおじさんはいない。というか、逃げていた。逃げ足が早くて、あっという間に木立ちの向こうに見えなくなる。
 その原因が、向こうから近付いてきていた。
 大きな黒い馬が引く、大きな黒い馬車。御者は黒いローブを着ていて顔が伺い知れない。闇を引きつれている馬車は、魔族のものだ。魔力に反応しているのか、通った跡の木々が枯れていく。
 そして逃げる間もないらしかった。俺の姿を認めて、馬車のスピードがあがる。








20160110























第三話



「レン!?」
「中から出るな!」


 怒鳴り声。降りて様子を伺おうとしたけれど、その声で動けなくなる。振り返ってクオくんを見ると、彼はかっこつけさせてあげなよと笑った。


「でも」
「リンはまだ力が安定しないからなぁ。暴走されると俺でも手がつけられないかも。ああ、いやでもこれはまずいか」
「え?」


 きぃんと金属音が響いた。剣戟の音だ。それにしても物音が騒々しくて、敵は一人ではないのだとわかった。違う、相手が複数でも山賊くらいならレンは大丈夫だ。クオくんが、まずいという理由。


「ちょっと見るだけ。ならいいでしょ」
「……そうだね。ちょっとレン一人では荷が重そうだし、さっき読んでた呪文使ってみなよ」
「ありがと!」


 急いで馬車を降りて車輪の影に身を隠す。いきなり出て行っても足手まといになる可能性が高いし、肉弾戦は苦手。あたしに出来るのは不安定な魔法くらいなのだから、この距離が良い。

 真っ黒。
 始めは、夜が来ているのかと思った。

 そこでレンと剣を交えていたのは、黒いローブを羽織り顔の見えない、真っ黒な人影だった。一人じゃない、四人だ。その人影たちは動きが鈍いようで、身軽なレンを捕まえられないでいるけれど、そのレンもどうしてか動きがいつもと違っていた。どうしたのかしら……まるで、足に重りをつけているような。


「うわぁ。やっぱり影じゃん。あれ近付くと生気取られし死なないから嫌なんだよね」
「クオくん」


 後から降りて来たクオくんがあたしの頭の上から覗いてぼやいた。手に、長い棒のようなものを持っている。先に金属が付いていて、鈍器として立派に成立しそうなものだ。どこにあったんだろう、そんなもの。


「ああ、これ? 折り畳み式。強度はそれなり? 多分リンの杖の方が鈍器だよ」
「こっちの方が鈍器ってどういう意味よ」
「俺とレンで時間稼ぐから、水喚んで。あれは武器じゃ倒せない」
「え」


 ちょっといきなりそんな重要なこと任せないで! と思ったのに、彼はさっくり行って見る間にレンと背中合わせの陣を取る。目配せ一つせず背中を任せたまま武器を振るうから、やっぱり仲がいいんだと思う。ああ、いいな。
 だから、あたしも。
 杖を構えて、目を閉じる。頭の中で思い浮かべる水の音。足元を浸す冷たい感触。水は、昔から、友達だった。
 さっき覚えたばかりの呪文が口を突く。まるで、小さいときから知っていた子守唄のように。
 目を開ける。大きな水の固まりが、あたしの足元で唸っていた。行け、と命令すれば、それは忠犬のように影に襲いかかる。水の固まりに閉じ込められた影は、苦しげに手を振り回していた。あああれは死体の手だ。ぞっとしたことを後になっても覚えていた。だから、死なないのだ。
 あたしは、ぼんやりした頭で見ていた。
 水が、熱を持って行く。湯気が出て、ぐつぐつと茹る。ゆっくりと浮上して行く。あっちに、確か川があったはず。流れてしまえ。全部、流れていけばいい。


「やばい、リンがトランス状態になってる」
「えっ、えっ!? おいクオどうすりゃ」
「抱きしめてぶちゅっとやってこい」
「はあ!?」
「意識こっちに戻しちまえばいいんだよ!」
「え、ちょ、そういうのはちゃんと本人の同意を得てだな」
「なにカマトトぶってんだ!」
「ばか押すな!」


 ああ、なんだろう。すごくうるさい。流してしまおうか。
 このときのあたしがとても異常だったのは後になって気付いた。この状態が終わったのは、がちゃ、と場違いに聞こえた音。
 向こうに、真っ黒な馬車があった。転がるように落ちてきたのは、真っ白な人。銀の長い髪を流して、真っ白な肌をして、真っ白なワンピースは少し汚れていた。縄で縛られていて痛々しい。口元には痣が出来ていた。血のような、真っ赤な瞳はアーモンドの形をしていて、耳はぴんと尖っていた。
 その人を見たときに、子守唄が聞こえたような気がした。


「おかあさん」


 あたしはあなたを知っている。







20160220





















第四話



 糸が切れたようにリンが倒れ込んだ瞬間、俺たちの周りで渦巻いていた水が面白いように引いていった。俺は慌ててリンに走り寄り、崩れた身体を抱きあげる。……よかった、気絶しているだけだった。


「よしレンそこだ。王子様の目覚めのキス」
「黙れ殺すぞ」
「最近お前雑じゃね?」


 振り返ると、クオが奴らが使っていた黒い馬車から落ちてきた女の人の縄をナイフで切っているところだった。そのナイフどっから出したんだよ。
 女の人……特徴的なアーモンド型の目に、尖った耳。初めて見た。この人は、


「エルフ……ですか?」
「はい……助かりました」


 か細い声に、折れそうなくらい華奢な肩の印象から、なんだか儚い人だなぁと俺は呑気な感想を持つ。


「とりあえず、場所かえよっか。立てます?」
「ええ」
「場所かえるってどこ行くんだよ」
「野宿の準備」
「野宿? まだ昼間だぞ」
「今日は全員疲れてるから早いうちに準備した方が良い」
「ああそうだな……リンも横にさせたいし」
「リンとテント別だからなー」
「なななな何言ってんだよ当たり前だろ!」
「ちなみに俺と一緒」
「はあああああああ!? ふざけんな死ね!」
「俺とお前が一緒なんだよ何考えてんの青少年」
「死ね」


 クオが先頭に立ち、エルフの女の人が後ろに付く。俺は最後尾でリンを背負った。


「レン、リンが今気絶しててよかったな」
「いいわけねーだろ」
「お前今最高にやらしい顔してんぞ」
「えっ、嘘やばい」
「当たってますか」
「ばばばばば、ちがっ、そんっ、当たってねーし! 違うから! そんなっ、ねーから!」


 慌てて弁解していたら、そのタイミングだった。だらんと下がっていたはずのリンの手が持ちあがり、俺の首に巻き付いた。


「……誰の胸がないですって?」
「リン起きて……違うから、決して、決してやましい気持ちで背負ったわけじゃなくて!」
「当たらない胸で悪かったわねえ」
「うわわわわっ、当たってっ、当たってます当たってるぎゃああああああ! リンさん首に! 首に当たって、生々しい!」
「うるさい」
「ぐえっ」


 リンが俺の頭に手刀を落とした。意外と力強いんだよな……痛い。






20160220






















第五話



 ぱちぱち、と薪が燃えている。オレンジ色に反射する髪がきらきらとしていて、綺麗だった。


「わたしは、ハク、と言います。西の森に棲んでおりました」


 綺麗な声なのに、勿体無いくらい小さな声だった。誰かが声を発したらそれだけでかき消されてしまいそうなほど。だから、というわけではないのだろうけれど、誰も喋らずに火を見つめていた。


「魔王が復活したという話は、森の奥深くに棲むわたしたち種族にも届いています。けれど、別の場所に棲む種族はどうであれわたしたちは戦いには消極的なものですから、これといって動くこともございませんでした。わたしも特に森から出ようと思わなかったのですが、魔王の手が森に伸び始めました。一年中青々と茂っていた木々が枯れ始め、花が陰り、動物たちの姿が消えました。代わりに現れたのは、醜悪な怪物どもです」


 次第に仲間うちでどうすると意見が割れ始めて、その間にも増えていく森の異常。数人の仲間が出て行き、戻らなかった。


「わたしは森と共に生きる者。だから、森と運命を共にしなければならない、と、思っていました」
「思っていた?」
「ええ。お恥ずかしながら、わたしは同族に比べて身体が著しく弱いのです。森の不調にそのまま影響されて、森にいられなくなりました」
「え……?」


 にこりと、ハクさんは笑った。


「だから森を出ました。見苦しいけれど、生きて居たかったから。未練も、ありました」
「未練って……」
「それは、リンのことですか?」


 静かにクオくんが問うた。あたしは動けないまま、ハクさんを見つめた。彼女は赤い瞳にゆっくりあたしを映す。


「大きくなりましたね……、リン」
「……おかあ、さん?」
「ごめんね」


 水の中で、あたしを呼ぶ声。リン、その声が重なる。ああ、やっぱり、この人だった。


「あなたは、半分、人間なのです」


 その夜。お母さんと一緒に眠った。最初で最後の夜だった。







20160220






















第六話



「エルフというのは、その昔人間よりも先に存在し、世界を把握した種族です。剣と弓に優れ、歌と踊りが好きな陽気な種族。不老不死であり、人間から見れば不可思議な技術を持っている、全ての生き物の長。

「かつて魔王を倒したと言われる剣は、エルフ族が鍛えたものという話が残っています。それだけでなく、エルフが鍛えた剣は軽くて丈夫だし、防具もまた同じ。俺たちの世界ではエルフが鍛えたというだけで高値がつくから、詐欺が絶えないんです

「俺たち人間の間では勘違いしている者もいるけれど、エルフは特殊な技術に優れ、万物の知恵に長けているだけであって決して魔力を持っているわけではない。一見魔法のような技に見えるのは、エルフが持つ優れた特殊能力と技巧によるものでしょう。

「だからこそ、俺には解せない。

「リンには魔力がある。底の知れないほどのものだ。魔力というのは血筋に現れやすいのです。たとえ父親が魔術師だとしても、リンの魔力は考えにくい。

「あなたは、一体何者ですか」



「わたしは――」







20160220
























第七話



「レン、こっちに水源があるわよ。はやく来なさいよ」
「かさばるんだってこの荷物!」
「だから少しくらい持つわよって言ったじゃない」
「絶対持たせない。俺の沽券に関わる」
「意地っぱり」
「うっせ」


 決して重くはないが、水を入れる樽はなかなか大きくて森の中では歩きづらい。このm樽は昨日馬車から逃げたあのおじさんが馬車に積んでいたものだった。逃げて戻ってくる気配がないので、この際有効利用させてもらおうと拝借したのだ。
 足音軽く先を行くリンの背中を見ながら、俺は溜息を吐く。なんだか今朝起きたときから様子がおかしい。俺には辛辣なことばっかり言うリンが、よく喋るのだ。まぁ、いきなり生き別れの母親と再会したんだから妙な気持ちにはなると思うけど。
 水汲みなら俺とクオで行ってくるっていったのに、自分から立候補してくるし。いや、俺は二人になれて嬉しいけどさ。
 気がつけば、随分と距離が開いていた。彼女の背中が木々に隠れ始める。俺は慌てて足を速めた。
 水の音が、近付いてくる。


「リン、待ってって」


 穏やかな川の流れだった。彼女はそのほとりに立って、水面を見下ろしていた。見過ごさなかったことに安堵して隣に行き、その顔を見下ろしたところで。


「リ……」


 ぎょっとした。


「リン……?」
「……るさい」


 ぽろぽろと、見開いた目から流れていく涙。嗚咽を堪えるように噛んだ唇が痛々しい。リンはばっと俯いて、俺の視線から逃れるようにしゃがみ込んだ。


「どうした……?」


 膝を抱えて頭を埋めるリンの隣に、俺もしゃがむ。触れて良いのか、迷った挙句、恐る恐るその背中に触れた。
 少し、震えていた。


「………った……」
「なに?」
「あたし……父さんの、子じゃ……なかった…………!」


 言葉にすることで堪え切れなかったのか、震えが大きくなる。俺は、あの街で、優しげに笑っていた店長の顔を思い浮かべた。


「ハクさんに言われたの?」
「ううん……っ、で、でも、でもわかる、わかるもん……わかっちゃった」


 泣いているのを見たのは、二度目だ。
 どうして、リンが。どうしてこの人がこんなに辛い思いをしなければいけないのか、理不尽に腹が立つ。悲しくて、抱き寄せた。


「生まれたあたしを、おかあさんのとこじゃ、育てられなかったからって……人間の、街に、預けたって……! 前っ、から……、そんな気はしてた、けど……あた、あたし、あたし、父さんの子が……よかったのに」
「カイトさんと血が繋がってなくたって、親子だよ。大丈夫。俺にはちゃんと親子に見えたよ」
「ほん、とに? また、会っても、父さんって言って良いの」
「呼ばなかったら拗ねるぜあの人、きっと。俺もお父さんって呼ぶ気満々だし」
「何で……あんたのお父さんじゃないのに」
「え……だって娘さんをくださいって」
「そこで照れないでよ。ていうかお断り」


 少しずつ、彼女の声の調子が戻って行った。少しここで目を冷やして、戻ろうと提案すると、そうね、と少し恥ずかしそうに頬を染めた。可愛いんだけど。そこで俺は今彼女を抱き抱えていることに気付いて愕然とする。
 刺激が強すぎる。
 しどろもどろになった俺に気付いた彼女が、完全に白い目を向けてくるまで、後五分。








20160220





















第八話



 お母さんがあたしを手放したのは、ハーフの場合、お母さんの仲間からの迫害が酷くなる可能性があったかららしい。生まれた子供は幸か不幸か人間としての特徴しかなかったし、お母さんも身体が弱く仲間から離れての暮らしができなかったのだ。だから、父さんに預けたと言っていた。


「あたし、なんとなく覚えていることがあるの」


 優しい歌声。きらきらと光る水面。優しい眼差しを、きっと。
 そう言うと、彼女は儚げに笑った。


「ありがとう、リン」


 そしてあたしの頬を撫で、額を触れ合わせる。暖かい。彼女を何のためらいもなくお母さんだと受けれられたのは、きっとこの温度を覚えているからだ。
 お母さんとはここでお別れ。身体の治療をしに仲間と合流するらしい。危ないから一緒にいると言っても、人間嫌いだからと断られた。


「またね……会いに来て」
「ええ。リンも、元気でね」


 さようなら、と手を振る。レンが操る馬の後ろに乗って。小さくなっていくお母さんを、見ていた。


「またね、お母さん」


 今は、レンもクオくんも見ない振りをしているのが、嬉しかった。









20160220





















第九話



「さようなら………わたしの愛しい子」


 命など、繋ぐ必要のない存在だから、わたしたちのような種族は、子を産むとその世代に全ての命を託すように、消えてしまう。でも、それでよかった。あの子と逢えた。

 最期に森を出たのは、あの子に逢いたかったから。わたしの持っているものを全て開け渡したかったから。

 ごめんね。果たせない約束をしてしまった。
 どうか、どうか、待たないでね。


「ごめんなさい。この世界に産んで、あなたに過酷な運命を背負わせて」


 でも、あなたに逢いたかったの。
 生まれて来てくれて、ありがとう。
 さようなら。リン。






20160220






















第十話



「?」


 呼ばれた気がして振り返る。お母さんがいた場所はまだ見えるけれど、そこにはもう誰もいなかった。きっともう行ってしまったんだろう。
 日光に反射して、お母さんがさっきまでいた場所がきらりと光った。水の反射のようだった。





20160220