Mis9 scene0 | ナノ





──scene 0



「ルカさん?」


 ルカさんの部屋の、ドアが開いていた。私は首を傾げながら、呼びかける。いつもきっちり閉まっているから、どうしたんだろう。
 中を覗きこむと、誰もいなかった。本が壁中ぎっしり並んでいるけど綺麗に整頓された、女性らしい部屋。なんだか香水の良い香りがして、どきどきしてしまう。SOJの女の人はお洒落な人ばかりで、ちょっと悔しい。お洒落なんて、どうすればいいかわからないもの。


「ルカさーん……いないのかしら」


 留守? と思ったら、本棚の影に隠れるようにドアがあることに気付いた。あら……こっちにも部屋があるのかしら。個人の部屋は大体同じ間取りで、他の部屋は一部屋のみでこんなドアはない。好奇心に突き動かされるように、私はドアノブに手を載せる。呆気なく開いた。


「ルカさん?」


 そこは、何か、薬のまじりあった匂いがした。むっとするような温度。立ち並ぶ本棚に、フラスコやビーカー、得体の知れない色をした薬品、何に使うかわからない機械の群れ、そして、

 顔だ。

 顔が、並んでいる。白人黒人黄色人種、老若男女さまざまの顔が立体感を伴って、入って来たドアから見てちょうど正面にあるガラスケースに綺麗に並べられている。私は、首をそのまま並べたのかと錯覚して、でもそれ以上に目を引いたものがあった。何段にも首が飾られている棚の、三段目の端にある、ガラスの瓶。色とりどりの、まぁるいもの。あれは――目。目、だ。緑、青、紫、茶、たくさんの種類の色の目が集められた瓶だった。悲鳴をあげそうになり、やがて気付いた。首は、精巧に出来た、人形のそれ。
 ルカさんは、窓際のテーブルに突っ伏していた。ここは多分、ルカさんの研究室だ。


「ルカ、さん……こんなところで寝たら、風邪、引きます」


 私はルカさんの肩に手を伸ばした。けれど、肩に触れることはなかった。触れる前に、ルカさんが私の手を掴んだ。ルカさんがゆったりとした動作で身を起こして私を目に映す。艶然と笑みを浮かべる、その表情を、怖いと思った。


「あら……きれいなかお」
「る、かさ」
「ほしくなっちゃう」


 私の手を掴んでいるのとは反対のルカさんの手が、私の顔に伸びてくる。食べられてしまう。どうしてそう思ったかわからない。その目が、怖い。ルカさんが私の顔に、触れたら。
 視界の端に見えた、ペーパーナイフ。私はそれを片手で奪うように取って、そして、


「……ミク? なにしてんの」
「あら、メイコじゃない。Good Morning」
「あんたね、もう昼よ」
「こないだのメイコは夕方まで寝てたわ」


 メイコさんが来た。嘘のように、ルカさんが私の手を放す。あの空気はもう消えていた。力が、抜けた。


「ミク、あんた探してたのよ」
「え?」
「仕事よ、仕事」


 もしかしたら、これほど仕事の言葉が嬉しかったことはなかったかもしれない。






【MISSION 9】
――start.








20141213