Mis8 scene1 | ナノ





――scene 1



 事務室のドアを開くと、デスクの上にメイコさんが行儀悪く座っていた。散らかし放題の書類をお尻に敷いて、一枚の書類を面白くなさそうな顔で読んでいる。


「メイコさん、書類ぐちゃぐちゃです」
「いいのいいの。後でミクが直してくれるから」
「そのミクからの苦情なんですけど」


 メイコさんが私の苦情を汲んでくれたことは一度も、一回も! ないけれど、これが言わずにいられるかっての。ちょっとやさぐれ。
 メイコさんが敷いていないところの書類を片付けようと手を伸ばして、その書類がやけに血腥い単語に溢れているのが目に留まる。過去の殺人事件の資料だわ、これ。これだけじゃなくて、散らばっている書類ほとんどがそうみたいだった。


「メイコさん、なんです、これ?」
「これは二十年前の事件ね。外務大臣が帰り際、何者かに暴行を受けて翌朝僕死体で発見される。その数箇月後、国外に逃亡していた妻子も馬車馬が暴れて事故死」
「いや、別に事件の概要知りたいわけじゃないんですけど」
「そうなの? こっちは二十二年前、警視総監一家殺人事件。ある夜突然家が燃え上がり、焼け跡から家族全員と見られる遺体が発見、損傷が激しかったが、子供の腹部に刺されたとみられる傷があった。これは新しいわね、七年前、大企業の社長宅に火炎瓶と爆発物が投げ込まれて爆破、使用人含む五人が死亡。生存者一命……も、事件後姿が消えているわね。……ああ、これは関係ないかしら。十年前官僚の家に男が押し入り、官僚夫妻を刺殺後逃亡。その後斬り裂き魔が出たっていうし。どう思う?」
「……え? あ、はい」
「聞いてなかったでしょ」
「はい」
「素直ね」


 途中からどうやってメイコさんに机を降りてもらおうか考えていたし。


「ここら辺の紙は全部、過去三十年の、官僚か、それに関わる人物の殺人事件よ」
「全部殺人事件なんですか? それちょっと、多すぎません?」


 そしてそれを尻に敷いちゃってるメイコさんもどうかと思います。


「だから多いんだって。前に調べたことがあったんだけど、もう一回全部洗ってもらったのよね。全部が全部そうじゃないけど、大体に見られる傾向は、一家皆殺しであること、犯人の検挙率が他の殺人事件に比べて低いこと」
「それは……臭いますね」
「でしょ」
「でも何でそんなことメイコさんが調べてるんですか? あ、もしかして最近つけ狙われてたり!?」


 メイコさんがそこらの暴漢に負けるとは一切考えていないけれども、この人は大統領の娘だった。一家皆殺し、というメイコさんの言葉が頭の中でちかちかして、私は蒼褪める。たしかメイコさんのさっきの話に、使用人も殺されたみたいなこともあった気がする。それって、私も危なくない? 他の人は自衛出来るけど、私ただの女の子なんだから。


「大丈夫だよ、ミクは僕が守るし」


 と私の手をきゅっと握って来たのは、案の定ミクオだった。こいついつの間に入って来たのかしら。
 ミクオは、さっき知り合ったばっかりの女の子――グミさんの荷物もちに付き合わされていたはずだけど、グミさんの姿は見えない。


「あら、頼もしいわね少年」
「好きな子の前では格好つけたいですから」
「格好だけじゃないでしょうね」
「勿論ですよ」


 私はミクオの手を振り切ってやった。ミクオはきょとんとして私を見ているけれど、そういうの好きじゃないんだって。いい加減慣れたけど。
 赤い頬を誤魔化すように、私は手近な書類を取った。メイコさんが関係ないと言った、十年前の斬り裂き魔の事件だった。あら、これここから近いのね。買い物で通りかかったことがあるだけに、ちょっと嫌な気持ちになる。


「メイコさん、これ何で読んでるんですか?」


 もう一度同じ問いを発すると、メイコさんは肩を竦めて「何でって今届いたからよ」とやっぱり答えになっていない答えを返した。


「今? 郵便来てました?」
「あら、会わなかった? うちの情報屋」
「え?」


 ばたばたと階段を走る忙しない足音と、意味不明の言葉が並ぶ叫び声が近づいてきた。この類の騒がしさは、昨日までこの建物内になかったものだ。


「いろんな名前で送られてきた封筒あったでしょ」
「ああ、Gretelとか?」
「あれ、グミよ」


 なんてこと。正確な情報だったから、てっきりもっと知的なクールビューティを想像していたわ。




















20141019