Mis7 scene4 | ナノ





――scene 4



 結婚式に参加した記憶なんて、とんとない。おごそかな雰囲気の中でただ座っていることに、私は早くも退屈した。いや、仕事だからそんなこと言っちゃいけないんだけど。
 だってそんなに多くない招待客は知らない人ばっかりだし、教会なのに何故か薄暗いし、どうにも眠くなってしまうのだ。教会ってこんなに薄暗かったかしら。イメージだけど、ステンドグラスとかがあって、綺麗に光を反射させるものと思っていた。
 花婿は、神経質そうな三十路すぎの男だった。名前は忘れたけれど、伯爵、らしい。この国に爵位制度なんてあったのかと思ったら、海の向こうからやってきたお貴族様だという話。このお城や教会も、海を越えて運んできたというのだから豪気な話。
 伯爵は、一心不乱に扉を見つめている。花嫁が入ってくる場所だ。随分待ち望んでいる様子が、見て取れた。
 そして扉が、開く。招待客たちは一層静かになった。
 光を背負って、入場した人影。花嫁の介添えは、何故か中年の女性だった。しずしずとヴァージンロードを歩いてきて、花嫁が花婿へと――


「……違う」


 花婿が花嫁に手を差し出した形で、固まった。花嫁の手が、宙に彷徨う。
 ざわり。招待客がざわめいた。お構いなしに、伯爵は後退りをする。


「違う……私の花嫁は、お前ではない!」
「伯爵」
「誰だ! 私の、私の花嫁をどこにやった!」


 様子がおかしい伯爵に、介添えの女性や牧師がおろおろと間に入ろうとする。けれど、伯爵はだんだんと興奮してきた様子で、話を聞かない。
 ぶん、とふりあげた手が、中途半端に掲げられたままの花嫁の手に当たり、花嫁が倒れた。かちゃりと、妙な金属音がする。招待客は立ちあがり、その光景を見た。
 長いドレスの裾から、花嫁の白い足が覗いている。その足には、武骨な――鎖。
 両足に、絡んでいた。


「違う?」


 澄んだ声だ、教会に響く。


「この鎖は、貴方が、貴方の花嫁に嵌めたものでしょうに」
「貴様――」
「貴方が浚った子に、逃げられないように」


 ベールの向こうで、目が光る。花嫁――いや、それは。
 リン、だ。
 リンは、立ちあがって、伯爵を睨む。鎖は、多分元からすぐ外れる仕掛けだったのだろう、金属音を立てて地面に転がった。


「あの子は、貴方の手の届かない場所に私が連れて行ってあげたわ」


 にこりと笑ったリンは、手に拳銃を持っていた。それを私が確認すると同時に、リンが教会の壁に向けて、発砲する。
 ガラスのはじける音がして、陽光が差し込んだ。教会の中が、恐慌状態に陥って、招待客や牧師が逃げ惑う。私は巻き込まれないように、壁際に移動した。


「ま、まさか、貴様……!」
「望まれない結婚をするよりも――幸せでしょう?」


 発砲音を聞いて教会へとなだれ込んで来た屈強な男たち、出口を求めて走る招待客、そして、近付くエンジンの音が――リンが割った窓から飛び込んで来た。
 バイクに乗ったレンが、現れたのだ。


「ウェディングより楽しい、パーティをしましょう」


 レンのバイクの後ろに飛び乗ったリンが、そう言って笑った。














20140915