Mis7 scene3 | ナノ





――scene 3



 結婚式の前日から、新郎と新婦は顔を合わせてはいけない。次に会うのは、教会の中。そういうふうに、決められているらしい。何故かは知らないけれど。


「あの男はね、熱心な宗教家らしいのよね。だからその辺、守らなきゃいけないはずなんだけど、微妙だわね」


 リンは資料をめくりながらそんな風に言った。微妙って? と尋ねると、一日でも目を放したくないのよ、とわかったようなことを言う。


「ま――教会って言っても同じ敷地の中だし。本当に儀礼的なものになるんじゃないのかしら」
「はー。お金持ちは違うのねぇ」
「全くだわ」


 今回の任務は、『囚われのお姫様を攫って』くることだ。これ、そのままメイコさんが言ってたこと。
リンが要塞のようだと表現したお城に、ある女の子が強引に連れて行かれて、そのお城の持ち主と無理矢理結婚させられようとしているらしい。で、攫えるのが、どうやら結婚式当日しかないようだという結論に至っている。
つまり――今日だ。
 それほど多くはないけれど、お客さんも来るし、何より花嫁は着飾る量が花婿より多い。更に花婿は先に教会に入っていなければならないから、花嫁に接触するチャンスは十分にある。
 でもそれは、リンの仕事。今回の私の仕事は、本当に見ているだけなのだ。
 最初、私が同行するとメイコさんがリンに告げたとき、リンは一人でいいと言うのかと思った。でも、そうじゃなかった。リンは書類にざっと目を通した後、苦笑いの体で『その方が良いわね』と言ったのだ。
 一体、どういうことなのかしら。
 私はリンから一枚の封筒を受け取っている。これは結婚式の招待状だという話で、私はお客さんの振りをして教会に忍び込むだけで良いらしい。偽造かしら、これ。それともどっかから盗んで来たのかしら。宛名は流暢な筆記体で、名字だけが綴られていた。


「で……リンはどうするの?」


 私、まだそれを聞いてないんだけど。
 このお城がある土地に来てから、リンはお城を遠目に観察しただけで特に何も動いてはいない。ただ近くの町で楽しく買い物をしただけである。何を呑気な。いや私も楽しんだから同罪か。
 ちなみにここは、お城に向かう一本道の途中。私が運転する車の中だ。女だって運転しちゃうのよ、怖いけど。レンに散々な特訓を受けたのだ。鬼教官だった。そしてリンは後部座席で悲鳴を上げていた。
 今もリンは後部座席。


「あたしはね、ちょっと暴れるだけよ」
「リンのちょっとはちょっとじゃないと思うんだけど」
「大丈夫、お城が全壊するようなことにはならないわ」
「基準がおかしい!」
「うふふ」


 リンが楽しげに笑っている。こういうときのリンは要注意なんだけど……今日はやけに、テンションが高いみたい。


「だからね、あたしがあんまり暴れすぎて、それこそ危ないってときには止めて頂戴ね」
「止めてって」


 メイコさんにも言われたけれど。
 意味がわからなくて、戸惑う。


「それって……」
「ミク、着くわよ」


 そしてリンは後部座席を持ち上げて、その下に隠れてしまった。この車は、レンのもので、そういう仕掛けがたくさんあるらしい。レンは車好きというか乗り物が好きだから、あんまり人に貸したがらないのかと思えば、そうでもないみたい。
 リンは隠れたきり、気配を消してしまった。ここから私は、一人行動。見てるだけって言われたけど、こういうのって見てる「だけ」じゃないような気がする。
 私は解放された門の中に、吸い込まれるように入る。門番がいて、私を見咎めた。


「お嬢さん。こちらはどのようなご用件ですか」
「伯爵さまの、ご結婚のお祝いに参りました」
「は……お一人で?」
「ごめんなさい、パートナーが昨日足を骨折してしまって。欠席のご連絡を入れようかと思ったのだけれど、それじゃあ間に合わないし、折角ご招待を受けたのだからと思って一人で来たのですが……」


 私はせいぜい上品ぶって微笑んだ。女は度胸だ。


「そ、そうでしたか。招待状をお見せ頂いても?」
「はい、どうぞ」


 リンに渡された招待状を手渡して、門番が宛名を読むのを眺めた。その目が見開かれたのは、多分そこに記された宛名に「Duke」の爵位がついていたからだろう。私も驚いたし。


「こ、公爵様で!」
「の、娘です」


 にこりと笑った。少しはお貴族様に見えると良いのだけれど。何しろ私は貴族と言うものを知らないのだ。
 演技が功を奏したのか、はたまたドレスがいいものだったのかは知らないけれど、幸い、門番は畏まって私を通してくれた。

















20140913