Mis7 scene2 | ナノ







――scene 2



 茨に守られて、永い間眠りに就いた御姫様――私はふと、そんなお伽噺を思い出す。
 双眼鏡から見えたのは、蔦が壁を這い、森を成したような古びたお城だった。といっても、打ち捨てられたようなものではなくて丁寧に手入れがされている。蔦だって朽ちゆく様を敢えて演出に使ったものにすぎないのだろう。


「まるで要塞ね」


 と、隣で私とはまるで違う感想を口にしたのは、リンだ。チッと舌打ちして、機嫌の悪そうに撃鉄を起こしたり下げたりしている。物騒だからやめてほしい。


「要塞って」
「見てよあの暗い家。窓とか全部鉄格子が嵌めてあるし、門扉なんか尖ってて、刺さりそうじゃない。絶対今まで何人か刺さってたわよ」
「ちょ、気持ち悪いこと言うの止めてよ」
「あれね、ヴァンパイアのお城みたい」


 言われてみれば、そうかもしれない。私たちはその、吸血鬼のお城を眺めている。向かいの山の上からだから、かなり遠くて双眼鏡でもなければ見えやしないけれど。
 あんなお城でも人が住んでいるらしく、さっきから一つの窓辺がちらちらと光で揺れている。いや、そのお城にいる人が今回の任務の対象なのだから、住んでいなければおかしい。
 リンは、私が撃鉄を弄っている手を嫌そうに眺めていたのに気付いたのか、今度はかちかちと音を立てながら、ランプの覆いを付けたり外したりし始めた。どうにも落ち着かないようで、珍しい。
 メイコさんが言ってた、「嫌いなのよね」に関係あるのだろうか……。


「侵入するには面倒だわ、あのお城。周りの木とか全部伐採されててね、軽く草原になってるらしいのよ。だから近付いたら一発でばれる。おまけに人なんて二人くらいしか住んでないから、使用人に化けるのもだめ」
「あんな広いお城に二人だけなの?」
「業者がね、定期的に掃除にくるみたいなんだけど、それもあの男の顔見知りだしね、しかも次の掃除だと遅すぎるし。あの手の男は警戒心が強いから、近付いたのがバレたら二度目はないわ」
「そうなの?」
「そうよ。嫌いなタイプ」


 リンが強い口調で断言した。ちょっと興味が引かれる。状態は停滞しているようだし、すこーし世間話、いいかしら。


「じゃあ好きなタイプは?」
「ふふ。ミクは? 教えてくれたら教えてあげる」


 にこりとリンが笑う。その笑顔は酷く艶めいていて、どきどきしてしまった。
 こんな会話、女の子っぽくって落ち着かない。でもまぁ、話を振ったのはわたしよね。リンが苛々しているようだったから、和ませようかと思っただけなんだけど、失敗だったかしら。


「えーと」


 答えようとして、ふと、そんなこと全然考えたことなかったことに気付いた。好きなタイプ、ねぇ。


「優しい人、とか……?」
「優しいだけじゃ駄目よぅ、八方美人なだけかもしれないじゃない」


 無難な答えを言った所為か、ばっさりと切り捨てられる。


「ミクにだけ優しい人、でしょ?」
「だ、大前提じゃない」
「じゃあミクオなんてそうじゃない? タイプ?」
「軽薄な男は嫌いなの」
「あれはポーズでしょうに。ま、あたしもお勧めしないけどね、アレは」
「あいつのことなんかどうでもいいわよ。答えたわよ、わたし」


 リンは? と求めた。仕事中なのはわかってるけれども、こうなってしまえば好奇心が止まらない。
 タイプって言ったって、どうせレンのことなんだろうけど。そう思っていたのに、リンは意外な答えを口にした。


「んー……あたしのことなんて全然気にしない男かしら」
「え? ……それ、どこが良いの?」
「縛らないのよ、最高でしょ」
「えー……」


 でも、レンは結構リンのこと気にしてたような気がする。あ、いやいや、好きなタイプと実際好きになるタイプは違うか。
 私の表情に気付いたのか、リンは苦笑気味に双眼鏡を覗いた。


「だからね、レンは結構、タイプかしら」
「……え?」


 なんだかよくわからなかったけれど、その後リンが、ここはもういいから戻るわよ、と踵を返したから、もう何も聞けなかった。















20140906