Mis6 scene4 | ナノ
――scene 4
あれから一月。ようやく騒ぎが落ち着いた頃に、私たちは打ち上げと称して飲み会を開いた。
「あり得ない。あり得ないんだけどめーちゃん」
「こうして現実にあるんだからあり得るでしょうが」
「兄さん、頑張って」
「! 勿論さ!」
「単純……」
カイトさんのアイスにメイコさんが度数の高いアルコールをがばがばと注ぎ、それを周囲が悪ノリして囃したてている。ルカさんはこっそりと器に何やらトッピングしていて、知らずに流しこんだカイトさんがおおいに咽こんだ。なに入れたんだろう。
飲み会の会場は本部の食堂。あんまり広くないけど、隅っこでは神威さんが静かにお酒を飲んでいる。小さな器に入れた、透き通るようなお酒だ。神威さんの出身国の銘酒らしい。リンはワインが好きで、レンはブランデー、ルカさんはビールで、メイコさんはちゃんぽんでいろいろ。なんとまぁ節操のない。素面なのは、私くらいだ。ミクオも、あんまり飲んでないみたいだけど。
ぎゃあぎゃあと皆騒いでいるけれど、それはから騒ぎのように見えるのは、気のせいだろうか。誰も、あのことには決して触れなかった。
死者1名、怪我人95名の、大惨事。
その1名というのは、あのパーティの主役である大統領夫人――メイコさんのお母さんんだった。
あのとき。建物が揺れたあのとき、会場近くの部屋に仕掛けられていた爆弾が、爆発したらしい。私は最上階にいたからそれを知らなかったけれど、急いで大統領夫人の部屋のドアを開けた。
そこは、既に火の海だった。完全防音だったから、全く気付けなかったのだ。いつ、どうしてこうなったのかはいまだにわからない。熱せられた空気が、顔面に触れて私は怯んだ。
その向こうに、彼女はいた。
車椅子に座って、私たちをじっと見ていた。虚ろな眼窩。何も見ていないのだと、私は瞬間に感じた。すぐそばまで迫っている火など、大したことではないと言うように、身じろぎ一つしなかった。
誰もが、彼女を呼んだ。SPの人たちは、自分の危険を顧みず火を渡っていこうとした。けれど、叶わなかった。また、爆発したから。大きな爆発ではなかった。けれど、夫人の部屋を崩壊させるには十分すぎるほどのもの。ミクオが咄嗟にかばってくれたから私は怪我などしなかったけれど、爆発に巻き込まれたSPの人は大怪我をした。そして、夫人は火に呑まれてしまったのだ。
もしかして、と、多分誰かしら思っている。脅迫状は、パーティを止めないと皆殺してやる、という子供じみたものだったらしい。もしかしてそれも含めて、夫人がたくらんだものなのではないのかしら。盛大な自殺だったのじゃないかしら。瓦礫に呑まれるその一瞬まで、夫人は微動だにしなかった。あれを見てしまうと、そうとしか思えない自分がいることに気付くのだ。
誰にも、言わないけれど。だって、メイコさんのお母さんだもの。
どうやって建物の外に脱出したかを、私は上手く思い出せないのだけれど、火に呑まれていく建物を黙って見つめていたメイコさんをよく覚えている。炎の火に照らされてオレンジ色。哀しいのか憤っているのか悟らせない横顔を見て、ああ、あのとき、確かに夫人が誰かに似ていると思った。メイコさんだった。二人はよくよく似ていた。確かに、親子だったのだ。
その日からメイコさんも後始末に追われていた。国を挙げての葬儀も行われた。大統領は、呆然として涙も流せない在り様だったから、メイコさんが動かなければならなかったらしい。愛していたから。大統領は、夫人を愛していた。
「ミクったら、オレンジジュースなんて子供じゃないんだから」
「え、ちょ、ああああああ! なにするんですか!」
「何って、スピリタスじゃない」
「当然のような顔!」
「大丈夫、そんなに入れてないから」
「嵩が二倍になりましたけど!?」
アルコール度数九十度という、世界最強のお酒。あり得ない絡み酒だわこの人。
「って、リンとレン!」
「あー?」
「なに?」
誰かにヘルプ頼もうとしてきょろきょろしていたら、またもやあり得ない光景にぎょっとする。椅子を三つほど並べたところにリンが寝転んでいて、レンがその上に覆いかぶさってる。ちょっと際どいところ触ってますね。じゃねーよ! そんでミクオはなんでそれ眺めながらお酒飲んでるのかしら! 親父か!
「こんなところでおっぱじめるの禁止!」
「えー」
「えー」
「えーじゃない! ミクオも止めなさいよ馬鹿!」
「えー」
「えーじゃない! カイトさん……!」
カイトさんは部屋の隅で熟睡。ルカさんが頭の上にグラスを載せて、ゆっくりとお酒を注いでいる。見ていて冷や冷やするから、見なかったことにする。
「もぉーミクってば、あたしのお酒が飲めないの?」
「こんなの飲めませんよ!」
「チッ、仕方ないわねぇ最近の若い者は!」
「舌打ち!?」
メイコさんはそうして、スピリタスオレンジジュース割を一気に煽った。止める間もなく。私は蒼褪めた。これ、やばくない? いくら強いったって、アウトじゃない?
案の定、がん、と叩きつけるようにしてグラスをテーブルに置いたメイコさんは、これまで以上に据わった目をしていた。そしてにたーっと笑うと、テーブルに突っ伏した。
「メメメメメイコさん! しっかりして!」
「うぅさいわ……えかしろいれ」
「呂律が回ってない! ちょ、部屋に、」
ぐでっと力の抜けたメイコさんは、私より背が高いし重い。一人で運べる気がしない。慌てて辺りを見回すと、使い物になりそうなのはミクオくらいしかいなかった。リンとレンはいつの間にか折り重なるようにして寝てるし、ルカさんは壊れた機械みたいにカイトさんの頭の上のグラスにお酒を注ぎ続けている。とっくに溢れてカイトさんの頭にかかっているけど、おかまいなし。ルカさんも寝かさないと。でもまずはメイコさんだ。
「ミクオ、手伝って」
「はいよ」
ミクオがメイコさんの左腕を肩にかけて、私はその逆を持つ。メイコさんの足取りは覚束なくて、二人がかりで支えているというのに振り回されている気がする。
静かな廊下だった。メイコさんの部屋のドアを開ける。驚くくらい、空虚な部屋だった。ベッドしかなかった。前は沢山、書類があったはずなのに。
何も言わずにメイコさんをベッドに寝かせようとする。それなのに、メイコさんは私たちの肩から手を外さない。どころかしがみつくように、放さなかった。
「メイコさん? ほら、ベッドですよ。寝ましょ?」
「……警備は、完璧とは言えなかったわ、確かに」
「メイコ、さん?」
急にはっきりとした口調。驚いてメイコさんを見ると、顔は確かにお酒で赤くなっていたけれど、目は何かを睨むように鋭く尖っていた。
「でも、不審人物がいりゃわかるはずだし、爆弾仕掛けられてた場所は調べてあった。何より警備の薄かった場所を狙われてた」
独り言だ。これは、独り言。誰にも聞かせるつもりのないものだ。だから、聞いちゃいけない。そう思うのに、私もミクオも、金縛りにあったみたいに黙ってそれを聞いていた。
言わないで。メイコさん、言わないで。あなたリーダーでしょう。メイコさんがそれを言ってしまっては。
そう思った。だけど、メイコさんは言った。
「うらぎりものがいるわ」
そうしてメイコさんは、体中の力を抜いてばたんとベッドに落ちた。眠ってしまったらしい。
私たちはメイコさんを、少しの間だけ、眺めていた。何も言わなかった。何も言わずに、メイコさんの部屋を後にして、宴会場に戻り、皆を部屋に返して、後片付けをした。意味がわからずに、泣きそうになった。
【MISSION 6】要人を警護せよ
――Incomplete.
20140803
今回はめーちゃん回でした。超楽しかったwいよいよシリアス入っちゃったんですけどね。シリアスというか、今後鬱展開になるかもしれないです。今断っておきます。遅いですか、遅いですね、すみませんorz
といっても結崎の書くものですから、大したことはありませんよ! きっと!
あ、ちなみに、舞台となる国は戦前の米 国ですが、あくまでモデルなので違う部分が多々あると思います。だって調べるの面倒くさtry
そして大統領とかはモデルとかはいません。適当に作りました。オリキャラなので名前がありません。
全然話変わるんですけど、今回全部ミク視点にしてしまったorz今まで一話くらいは三人称使ってたんですけど、うっかり忘れてしまいました。今気付いた。
次回は新キャラ出します。そしてリンがry