Mis6 scene2 | ナノ





――scene 2



 きらきらと目に眩しい高価(と思われる)な輝き。品の良い香水の香りは、混ざり合ってもそれなりに気持ち悪くならない気がする。気のせいかも。さざめくような笑い声、色とりどりのドレス、紳士的でありながら個性的でもあるスーツの中を、私は、


「ちょっと通してくださーい、ごめんなさーい!」


 ドレス姿で泳いでいた。片手に料理を盛ったお皿を持って、本当ならもう片手にグラスを持ちたいところだけど、仕事だから最低でも片手は空けておかなきゃ。
 そう、こんな場違いなパーティに出ることになったのも仕事。ついでに言えば、これはある人の奥さんの誕生日パーティで、ダンスもあるらしい。というかダンスパーティらしい。そういうわけで、私はこのパーティのためにダンスとマナーをみっちりしごかれた。
 メイコさんが容易してくれた、ブルーの手触りの良いドレス。髪はリンが結い上げてくれて、化粧はルカさんがしてくれた。二人とも自分の支度をしてからだから、綺麗に着飾った二人が目の前であれこれしているのは、正直目の毒だった。二人ともタイプの違う美少女と美女だもの。
 今回の仕事は、SOJ本部にいる全員が出張る大規模なものだった。ちらりと目をやれば、出入り口付近にミクオが、壇上近くにリンとレンがいる。見当たらないけど、カイトさん、ルカさん、神威さん、そして我らがリーダーは別のところにいるはずだ。なんでも、脅迫状が舞いこんで来たらしい。その内容を私は知らないけれど、普段ならこの手の依頼は、リンとレンが出るだけだから、相当な地位にいる人間が狙われているんだと思う。
 相当な人間――そう、このパーティはただの誕生日パーティじゃない。世間に疎い、というか興味が無い私でも知っているような人がわんさかいる。たとえば、さっきすれ違ったのは外務大臣だし、そこで談笑している紳士は某金融会社の社長さん、あっちで一心不乱に食べている痩せた男の人は、今をときめく画家さんだったような。もう、本当に場違いな気分。


「あ」


 やばい。私はひたと立ち止まる。これはまずい。慌ててドレスの布の間に隠していた小型のトランシーバーをこっそりと口元に持っていく。


「こちらミクです、ちょっとお手洗いに行きます。どうぞ」
『OK. リンちゃんに移動してもらうね。どうぞ』
「はい、お願いします」


 髪に隠した受信機から聞こえてくる、カイトさんの声。小型化したこれらは、全部カイトさんによる改良の成果だ。無駄に器用っていうか、カイトさんに作れないものなんてないんじゃないかしら。悪用されたら怖い。
 私はなんだか上品だけど腹の底で何を考えているかわからないようなお偉いさんの間を急ぎ足で通り抜けて、会場の外へ出る。外って言っても、ホテルの中のホールだから建物内だ。そうすると、まぁ高級感漂う建物には違いないんだけど、ちょっとほっと一息。人も警備の人くらいでほとんどいないしね。
 その警備の人に愛想笑いを浮べつつ、私は赤い絨毯の上を気を付けつつ走り、階段を駆け上り、ホテルの一室に駆けこんだ。ここはリンと一緒にあてがわれた部屋で、着替えとか荷物とか置いている。最初に調べたから、盗聴機の類がないことは織り込み済みだ。だからここに来た。
 私はスカートをたくしあげると、太腿に巻きつけたナイフのベルトが落ちかけてるのを直した。ガーター式のベルトで吊っていたけど、解け掛けていたのだ。さすがにこれは、人目に触れる可能性のあるところでは直せない。トイレとかでも、金属音がして怪しまれたら嫌だし。どうして部屋に戻ったか訊かれたら、女子のアレで生理だとでも言いはろう。よし、完璧。最後にもう一回確かめて、部屋を出る。
 断っておくけれど、勿論、ホテルに入る前にボディチェックはあった――らしい。らしい、というのは、私は、というか私たちSOJはそれを受けていないから。警護要員だからか、チェックを受けなかったのだ。
 階段を降り切ったところで、黒いスーツを着た一団があるいていくのが見えた。あれはうちとは違うとこの警備……というか、SPだった。思わず隠れてしまったのは、屈強な男の人たちに見咎められるのが怖いから。あんまり関わりたくないのよね……。
 隙間から見えた、車椅子の女性に、私はふと意識を奪われた。髪を上品に結い上げたおんなのひと。年の頃は一見二十代とも思えるし、でも常に表情を動かさなかったから老けて五十代にも見える。あの人こそ、パーティの主役。

 ――この国の大統領夫人だ。

 私は物陰に隠れて、通り過ぎるのを静かに見守った。動かないのは表情だけでなく、身体もだ。何やら障害か病気かで、身体がうまく機能しないらしい。喋りもしなかったし。ただ無表情に人を眺めていた。まるで人形みたいな人。不謹慎だとは思うけれど、少し不気味だった。
 でも、あら……なんだか、見覚えのある横顔。それを考えているうちに、集団はエレベーターの中へ吸い込まれていく。


「Hi, Miku」
「ひゃっ、る、ルカさん」


 後ろから急に肩を叩かれた、と思いきや、マーメイドドレスに身を包んだルカさんが悪戯めいた表情で私を見下ろしていた。


「こんなところで、何しているのかしら、kitty?」
「あ、ちょっとベルトがずれたから……」
「そう。身嗜みは大事だものね」


 身嗜みっていうのじゃないと思うけれど。勿論、ルカさんはベルトが何を示すのか知ってて言っている。だって私のドレスに、本来ならベルトは必要ないもの。
 ていうか、散々思ってたんだけど、なんで私、ナイフなんか持ってなくちゃいけないのかしら。使いこなす自信なんて全くないのに。そう言ったらリンは笑いながら「脅す位はできるでしょ」と言ってた。どんな悪役よ、それ。まったくもって、【Statue of "Justice"】に似つかわしくない。


「ルカさんはこの辺りの警備ですか?」
「That’s right. それよりも、ねぇミクちゃん。早く戻った方がいいわよ」
「あ、はい、持ち場あんまり長く離れちゃいけませんよね」
「それもあるんだけど、そうじゃなくてね。面白いものが見れるから」
「面白いもの?」


 疑問符を飛ばした私に、ルカさんは笑って私の背を押した。戻れってことだから、とりあえず私は足を進める。戻れば言ってた意味もわかるだろうし。
 ホールのドアをこっそり開けて、中に忍び込む。今何やってるのかしら、ときょろきょろしたとき、挨拶の声が通った。その声の主を見て、私は、


「皆様、母のために御集りくださり、ありがとうございます」


 ぽかんと口を開けてしまった。


「随分と楽しみにしていたのですが、どうやら人に酔ってしまったようで……残念がっていました母の代わりに、改めて娘の私からお礼を申し上げますわ」


 会場の前で堂々と喋っているその人は――我らがリーダー、メイコさんだったのだ。









20140727