Mis6 scene1 | ナノ





──scene 1



「ワン、ツー、ワン、ツー、ミク、足逆よ」
「え、」
「痛っ」
「あ、ごめん」


 ミクオの足を思い切り踏みつけてしまって、咄嗟に謝罪が出てしまう。足を踏んだのはステップを間違ってしまったからなんだけど、その後思い切り力を込めて踏んだのはあきらかにわざとだから謝るのもどうかと自分で思った。

 こないだ修理したばかりの訓練場。がらんとしたここではリンの手拍子が殊の外響く。私たちは、何故かダンスの練習をさせられていた。ダンスだけじゃなくて、同時進行で社交界(?)マナー講座みたいなのもやるらしい。その教えてくれる人が、なんとリンとレンだった。
 レンは、逆向きに椅子に座ってにやにや笑ってるだけなんだけど。
 意外なことに、リンとレンはダンスもマナーも完璧らしい。リンは年の割に達感してるみたいなところがあるし、レンは車とかバイクとか乗りまわしている所為か(偏見だけど)粗野な言動が目立つし。だからお手本として優雅に踊って見せてくれたのがすごく意外で、ぽかんと口を開けて見てしまった。


「リン、ちょっと休憩しちゃだめ? こいつの顔間近で見るの飽きたんだけど」
「近いと照れるって素直に言えば良いのに。そう思わない、リン?」
「んなっ、人聞きの悪いこと言わないでよこのスケコマシ!」
「ミク限定でね」
「ばっ、」
「はいはい、仲良いのは分かったから」


 思わず赤くなってしまったのは、怒りで頭に血がのぼったのと、正直に言ってしまうと、こういうのに慣れていないから。怒っている振りをするので精一杯なのに、どうしてこうも、この男は放っておいてくれないのかしら。振りって言うか、実際に怒ってはいるんだけど。
 リンが苦笑いで割って入って来た。遮ってくれたのはありがたいのに、その言葉で台無しよ。


「休憩にしましょ。ミク、ヒール疲れたでしょ」
「あ、うん。ありがと」


 レンが椅子を退いたのを見て、リンが言う。二人とも揃ってスマートだと思う。こういうところ。
 譲ってくれた椅子に座って、高いヒールを脱いで足を遊ばせる。ああ、つま先が痛い。いつも歩きやすい靴で、かかとのあるものなんて履いたことがなかったから、慣れていないんだと思う。リンとか、メイコさんが履いている踵の高い靴は可愛くて憧れていたから、ちょっと嬉しいけれど、見るのと履くのとでは大違い。リンってば、よくこんなもの履いて戦えるものだ。
 どっちにしたって、靴は綺麗なものでも、服は普段着だから、様にならない。


「ダンスって、意外に大変なのね」
「慣れよ、慣れ。慣れちゃえば考えなくても勝手に動くから」
「それまでがね……」
「まぁ、女の子はね、そんなに難しく考えなくて良いのよ。ダンスなんて男のリードで決まるんだから」


 と、リンがミクオに目を流す。ミクオは、はははと空笑いをして誤魔化すように座りこんだ。


「善処シマス」
「ふふ、謙遜しなくたって、初めてとは思えないくらい上達してるじゃない」
「あらら、リンに言われると本気にしちゃうよ」
「本命の前であたしなんか褒めていいの?」
「褒めた? 思ったこと言っただけなんだけどな」
「思ってたより女の口説き方下手なのな、お前」
「だから口説いてないってば」


 レンが参戦して、何やら一触即発の空気。たまーにカードゲームとかしてるのを見ると仲がいいのかと思うけど、結構こんな感じで微妙な空気を漂わせてたりして、仲がいいのか悪いのか。あ、喧嘩するほど仲が良いのか。
 そしてそんな空気が苦手な私は、思わず割って入ってしまう。


「あ、そうだ、リン、レン、私もっかいお手本見たいな」


 三人の視線が同時に集まった。う、気まずい。とはいえ、咄嗟に口から出た方便は決して嘘じゃない。
 だって、最初に見せてくれた二人のダンスってば、本当に綺麗だったんだもの。レンは普段通りツナギで、リンもいつものドレスめいた黒のワンピースを着ている。一見つりあわない格好なんだけれど、なんていうんだろう、洗練された動きが、衣服の釣り合わなさを見事に打ち消していた。ひらひらと舞うリンを、レンが綺麗にリード、そう、リードってあんなことを言うのね、何とも様になっていた。見つめ合って、身体を密着させているのに、嫌らしさなんて微塵も感じさせない。むしろ普段の二人の方がちょっとやらしいような。


「二人とも、どこかで習ってたの?」


 好奇心のままにそう訊くと、リンとレンは少し苦笑めいた表情で視線を交えた。


「随分昔のことだけどな」
「ミクと同じよ、必要があって叩きこまれただけ」


 そして、レンが恭しくリンに手を差し出した。


「一曲お相手頂けますか、Lady?」
「喜んで」


 言葉とは裏腹の、悪戯めいた口調。その所為で、私にとって現実離れしたその動作は一気に喜劇に落ちる。
 私のとなりにやってきたミクオが、ぼやいた。


「ミクさ、僕のことタラシだなんだって言うけど、あの二人にゃどう考えても負けると思うんだよね」
「あの二人は良いの」
「なんで?」


 だって、乱暴な口調や婀娜めいた仕草で誤魔化しているけれど、あの二人。
 ──お互いしか、見えていないもの。













20140726



※ダンスとか案の定適当です。