Mis5 scene1 | ナノ




――scene1



 私は憤っていた。わかりやすく。どのくらいわかりやすいかと言うと、メイコさんのデスクにつかつかと近寄るなり、ばんっと書類を叩きつけるくらい。


「どうしたの、ミク。お冠じゃない」
「どうしたもこうしたも、ないですよ!」
「何か問題でもあったの、そんなに怒ってても可愛いのは変わらないけどね」
「〜〜っ」


 今喋ったのはメイコさんではなく、私の後ろをのんびりとついてきた奴だ。歯が浮くような台詞に、鳥肌が立った。
 問題なんて。問題なんて。問題、なんて!


「なんで私が! こいつの! 世話係なんですか!」


 こいつ、ことミクオが入団して早七日。何故か私が世話係に任命され、ここでやっていくために必要なことを教えなければならない。ミクオを除けば私が一番来て日が浅いってのに。朝起きて夜寝るまで四六時中一緒に仕事をしている気がする。ていうか、私に世話係なんてついてなかったんだけど。何よこの特別待遇。
 七日前にも言ったことを再びまくしたてれば、メイコさんは七日前の答えを再び口にする。


「いいじゃない別に。今のところ差し迫った仕事もないんだし。自分の復習にもなるんだし。新人の人となり見るのにも丁度良いし」
「七日見てわかりました。馬が合いません」
「酷いな。僕はこんなに慕ってるのにさ、先輩?」
「じゃああとひと月見なさいよ」
「もうやだこの人たち!」


 なんでこうも私の意見が蔑ろにされなきゃいけないんだろう。理不尽ってこういうことを言うのかしら。
 メイコさんは腕を組んで、息を吐いた。


「仕方ないでしょ。クオの特技はイカサマとスリと口八丁なんだから。事務くらいしか今んとこ仕事が無いのよ。まさか財布盗って来いなんて言えないでしょう」
「その口八丁手八丁を拾ったのはメイコさんじゃないですか」
「一人くらいそんな人間いてもいいかなって思ったのよねー」
「いきあたりばったり!?」


 開いた口がふさがらないとはこのこと。まさか私を雇ったのもいきあたりばったり……うん、私の場合は完全にいきあたりばったりだと思う。脱力。
 けれどめげない私は、デスクで黙々と書類仕事をしているカイトさんに水を向けた。この人、リンがいるときはやたらとうるさいんだけど、他のときはあんまり喋ってる印象ないのよね。


「カイトさん! こいつの存在迷惑ですよね! いらなくないですか!?」
「え、世話係通りこして僕の存在なの?」
「まぁまぁミクちゃん、落ち着いて。俺としては、リンに手を出すつもりなら次の爆弾の材料にしてあげるけど。被害がミクちゃんだけなら、気にしないよ」
「何より酷いやつ発見したわ!」
「清々しいね、いっそ。でも安心して下さい。ミクがいるなら、妹さんに手は出しませんよ」
「ミクちゃん、なかなか話がわかる子だと思うよ俺」
「味方がいない……」


 リンもレンも面白がるだけだったし、この場にいないルカさんも以下同文だし、むかつくことこの上ない。私ははぁとこれみよがしの溜息を吐いて、どさくさに紛れて私の前に押しやられた書類を手に取る。あれ、これ新聞だわ。SOJ新聞……? こんなもの発行してるのね。
 ぱらぱらと流し見。中味は業務報告がほとんどで、一番後ろにだけルカさんのゴシップが載っていた。うわ、ルカさん……なんとなくそうじゃないかと思ってたけど、夜の女だわ。


「あんまり信用しない方が良いわよ、一番最後。作ってる奴の悪ふざけだから」
「へぇ?」


 ミクオの野郎が隣に覗きこんで来たので、新聞で顔を叩いて押しのけた。近いのよ。


「カイトのショタコン趣味だったり、あたしのスリーサイズだったり、リンの浮気だったり、レンの浮気だったり、どうしようもないネタばっかりよ。ま、ルカのそれは信憑性ありそうだけどね」
「俺はショタコンじゃなくてシスコンなんだよ」
「知ってます誇らしげに言わないでください」


 あれ、ちょっと疑問。


「カイトさん、レンは良いんですか?」
「ん? レンがどうしたの?」
「だって、レン、リンの恋人なんでしょう?」


 ぽかん、とカイトさんが口を開けた。と思ったら、メイコさんもカイトさんも揃って吹きだした。え、何、この反応。隣を見たら、ミクオも呆気にとられているみたい。瞬きが多い。


「え、え?」
「あー、そうね、知らないとそう見えるわよね」
「違うよー、リンちゃんに今恋人はいないよ」
「え、で、でも、」


 二人、キスしてたし。なんか押し倒したり押し倒されたりしてたし。あれは何!?
 ぐるぐる思考が巡って、思うように言葉が出ないでいたら、目尻の涙を拭ったカイトさんが(そこまで笑うのか、むかつく)言った。


「レンは良いんだよ。まぁちょっとコーヒーに毒入れたくなるときはあるけど」
「気にしてるじゃないですか、バリバリ」
「だってレンはさ、」


 その後、どういう言葉が続くのかを私は聞きそびれてしまった。突然ドアがばんっと音を立てて開いて、皆の視線が逸れてしまったから。


「賑やかね」


 やってきたのは、話題の渦中のリンだった。何やら嬉しそうに顔がほころんで、足元も跳ねるよう。


「リンちゃんおはよー!」
「兄さん」


 そのままの足取りでカイトさんに走り寄ったリンは、カイトさんの両頬にキスをして、カイトさんもリンに返した。


「レンじゃなくて、カイトと付き合ってるのかな」
「馬鹿言わないでよ、兄妹よ」


 隣で声を落として聞いてきたミクオに、思わず頷いてしまいそうになったのは秘密。


「どうしたのよ、リン。ご機嫌ね」
「メイコ、知らないの?」


 くるりとその場で踊るようにターンをしたリンは、今まで見たいつより上機嫌。


「帰ってくるってさっき連絡があったのよ」
「……まさか」
「ええ」


 満面の笑みで頷いたリンと違って、メイコさんとカイトさんは頬を引き攣らせている。え、何のこと?
 そう思った次の瞬間、事務室が赤く光り、サイレンが鳴る。

 ――エマージェンシー。

 それは、この本部に侵入者が出たということ。これまで(といっても短いけど)私がいた中で、初めてのことに、思わず身体が固まった。私は大体が中での事務仕事だったから、詳しくは知らないけれど、でも、リンやレンがたまに危ない仕事を請け負っていることを、私は知っている。そういうときの彼らは、とても怖い目をしているから。
 侵入者なんて。緊張する私の手を、そっと握り締めた人がいた。ミクオだ。思わず振り払おうとしながら隣を見れば、思いの外真剣な顔で私を見ていて、息を飲む。
 そんなシリアスな私たちを余所に、メイコさんとカイトさんは渋い顔を更に渋くさせて、リンが何故か顔を輝かせた。あら?


「……全く、早すぎやしないかしら。こっちは聞いたばっかだってのに」
「すぐ近くで、さっき電話してきたのよ」
「電話してきただけマシかしらね」


 大きな溜息を吐いたメイコさんは、リンにしっしと手を振った。


「行きなさい。ただし、くれぐれもはしゃぎすぎないこと」
「Yes,Mom」


 芝居がかった仕草で敬礼をしたリンは、足取り軽く事務室を出て行った。


「あのぅ、メイコさん? 侵入者って」
「ああ、いいのよ」
「いいって」
「正確に言えば、侵入者じゃないの」


 思わずきょとんとしてしまえば、メイコさんは私を見て苦笑した。


「リンの師匠なのよ」






【MISSION5】
――start.
















20140702