Mis4 scene3 | ナノ





――scene 3



 髪をきりっと結い上げた女性のディーラーが、カードを切る。白い禁欲的なシャツに黒いベスト、黒い蝶ネクタイを合わせた姿は素直に格好良い。私はそれを眺めて、ゲームに興じる二人には極力注目しないようにしている。二人とも笑顔なんだけど、殺伐とした空気が心臓に悪い。メイコさん、私帰ってもいいですか。


「なーんで野郎とゲームなんてしなきゃいけないんですかね」
「俺が知るか」
「納得いかないんだけど」
「それに関しては同意」


 声は笑ってるけど絶対怒ってる感じの、よくわからない会話だ。隣で、さっきのゲームで出たなんとかフラッシュってなぁに、と別のディーラーの女性に尋ねるリンが、普段の大人びた様子と相まって可愛いと思う。ていうかリンは聞きすぎだと思うけど。ポーカーなら知ってるんじゃなかったのだろうか。


「つーか、」


 男の子が、難しそうな顔で配られたカードを見たかと思うと、それを投げ出して天を仰いだ。あれ、どうしたのかしら。


「やめやめ。こんなゲーム」
「降参か」
「んなわけないじゃん。そこのディーラーさん」


 ぴっと指差したのは、カードを配った女性ディーラーの方だった。


「はい?」
「君、そいつらの仲間じゃん」
「そんなわけないでしょう。この方々一見さんですし、第一今まで勝ってたのあなたのほうじゃないですか。第一、私がずっとこの店に務めていたのは貴方も御存知でしょう?」


 そう、だ。ディーラーさんの言う通り。投げ出したカードを見れば、私でもわかるほど強い手札が揃っているし、さっきまでほとんど勝ち続けだったのはこの男の子の方。レンはまた負けたと何度もぼやいていたのを覚えている。
 それなのに、男の子は苦い顔を止めない。


「勝ち負けの数なんかこのゲームじゃ問題になんないよ。微妙に取り返しのつくチップしか賭けてないでしょ。そんで、最終的にどーんと勝つ。……そこまでやってんなら、わかってるんじゃないの」
「さぁて。何のことやら」


 不思議な沈黙が降りた。ここは端っこのスペースだから、人の視線が流れていく。なんとなく、隔離されているような空間だ。


「大体、君、イザベラちゃんじゃないし」
「……どうして?」
「僕結構ここ通って長いんだよ。わかってるでしょ、そんなこと。ディーラーの癖だって知ってるさ」
「……ふふ、本当に女泣かせだわ」


 唐突に、ディーラーさんの口調が変わった。白い指が顔に伸びて、顔の淵にかかる。そこから、べりべりと、奇妙な音が聞こえて――顔が、剥がれた。
 下から出てきたのは、よく知る女性の顔。


「ベラじゃなくてごめんなさいね、Mr.? こっちも仕事なものだから」


 SOJ参謀担当――ルカさんだ。そこでバラすのかよ、と唇を尖らせているのはレン。確かに、ここでネタバラしは作戦になかったけど。でもその作戦を立てたのがルカさんだし、彼女が問題ないと思ったら別に口を出すことじゃない。


「確かにこのテーブルに選んだのは僕だけど。よく回り込めたね」
「だって他に女の子担当のテーブル、なくしておいたもの。いたとしても、ゲーム中だったでしょ」
「もし僕が交換言い出しても、あんたたちの息がかかった女にしたんだろうね」
「貴方が馬鹿勝ちするときは法則がある――ディーラーが全員女の子であること。その女の子たちはバラついてたから、きっとお店側はわからなかったのね。まさかこのカジノの女性ディーラー全員、味方につけてたなんて」
「探偵以外の全員が犯人――なんて、推理小説じゃ古典的じゃない?」


 にこりと、一見人畜無害な笑みを浮かべる男の子。一体どういう手を使って女の子全員味方につけたのかは知らないけれど、とりあえず距離をとっておこうと私は決めた。固く決意した。


「おまけに僕がよく使う手を俺相手に使ってさ。バレないほうがおかしい」
「ええ、別にバレても構わなかったの」


 あーあ、と男の子は笑った。


「いいよ。そろそろ潮時かと思ってたしね。次どこ行こうかなぁ」
「次は、うちに来る?」


 かつん、とハイヒールの音。言葉を発したのは、リンの隣にいたディーラーだ。
 ルカさんと同じように顔を剥げば、現れたのは涼やかな美人の我がリーダー。


「あんたみたいな手癖の悪いガキ、嫌いじゃないわよ」
「僕も、お姉さんみたいな美人、嫌いじゃないよ。でも『うち』って何してんの?」
「Statue of Justiceっていう団体」
「って、メイコさんこの人雇うの?!」


 驚いてメイコさんに詰め寄ると、何故か周りが苦笑した。


「まぁ、元々皆メイコに拾われたクチだしね」
「メイコの気まぐれには口ださねぇよ」
「使える人間なら、構わないわ。使えなくても使い道はあるけど」


 ルカさん、さりげなく怖い。


「……正義の肖像、ねぇ」


 ふと、男の子が笑った。どこか、からかうような笑み。それに合わせるように、メイコさんが目を細める。


「良い名前でしょ」
「ああ、気に入った。ミクもいることだし」
「へっ、私!?」
「あ、そういえばあんた、ミクに土下座で謝りなさいよ」
「嫌だよ、僕負けてないし。そっちが如何様したのが悪い。言うなりゃドローじゃない?」


 久々(と私には感じられた)に向けられた目に戸惑うけれど、男の子とリンがまたぽんぽんと会話を交わして、私はついに尋ねる機会を失った。
 どうして、私を知っているの、と。












20140614