Mis4 scene1 | ナノ





――scene 1



「もう、まったく……!」


 何故。何故私が……裏方だけじゃなかったのメイコさん……!
 内心の苛々を笑顔で押し隠して、私は少々乱暴にグラスを手に取る。もう、私本当に、こういうの無理なんだってば。顔に出るし、腹芸苦手なのよメイコさんの馬鹿。
 標的となったカジノ場で、私は店員として潜入させられていた。揃いのチェックの上下を着て、大人っぽく化粧をして(してくれたのはリンだけど)。とりあえず客あしらいだけやってればいいわ、ミクもそろそろ慣れないとね、なんてメイコさんは言って、そもそもそんな仕事内容聞いてないと私は反論したけど聞いてくれなかった。やるけどね。だってお給料もらってるし、住み込みで衣食住安定しててこんな良い仕事他にないし。
 それにちょっと制服可愛い。なんて。


「姉ちゃん酒くれや」
「げ」


 でも酔っ払いの相手は嫌になる。ていうか、ここ会員制のはずだから、こんな酔っ払いいることなんて滅多にない。実はここへの潜入は何回かしているから、そのくらいはわかる。
 今日は、本命の日だっていうのに。
 私は引き攣った笑みを浮かべながら、お酒に見せかけてただの水を手渡した。水じゃねえかという文句には、無色透明のお酒なんですよと返して無理矢理飲ませる。


「って、やっぱり水じゃねえか!」
「だってお客様、そろそろ水を飲まないと明日に響きますよ!」
「うっせぇ、俺は酒って言ったんだこのクソ×××!」
「きゃ、ちょっと暴れないで……!」


 急に手を取られて、思わず萎縮してしまうのは仕方がないと思う。だってこの親父、身体だけは無意味にでかいんだもの。ええと、手を掴まれたときはどうするんだっけ、手を開いてくるっと返す……リンに教わった護身術を思い返しながら、ああでも、今は潜入中なんだから、目立つことはしない方がいいわよね。どうしよう。


「お客さん、ここは酔っ払い禁止なんだ」


 聞こえた声は、聞き慣れない男の子のものだった。はたと顔をあげると、私の腕を捕まえた親父の手を握り締めた、男の子。
 あ、私と同じ。そう思ったのは珍しい緑色の髪。だけど共通点はそれくらいで、結構格好良いなんて思ってしまったのは内緒だ。レンよりも少し背が高くて、カイトさんより低いくらい。縞模様のシャツにベストを重ね、緩く結んだネクタイがやけに大人っぽい。黒いスラックスの所為か、やたらと足が長く見える。羨ましい。
 親父はいたたと悲鳴をあげると、やってきた警備員に呆気なくお持ち帰りされてしまった。多分、もうここには来れないだろう。


「君、だいじょう……」


 男の子が私を振り向きながら言って、途中で言葉を切った。何かと思って男の子の顔を見て、びっくりした。ううん、びっくりしていたのは男の子の方。私はそのびっくりした顔を見てびっくりした、と言う方が正しい。


「あ、あの……?」
「なんで、ここに……」


 何でって、仕事だからなんだけど。と言い返す気にもなれず、何を言って良いかわからないでいると、手を、取られた。さっきの親父みたいに力任せじゃなくて、そっと、でも放せないくらいの力で。


「え、ええと、あの、」
「ミク」


 どうして。どうしてこの人、私の名前を知っているの?
 真正面に来た顔をまじまじと眺めても、真剣な表情をしたその男の子に見覚えはない。前いた町にもこんな人いなかったと思うし。
 少し、怖い。


「ミク、きみ、」


 少し……怖い。










20140608