short | ナノ


ギルドにまだ幼い少年が加入してきたのは、つい最近の話だ。

確か、これまで最年少だったカナと同い年だと聞いている。
だが、少年が自分から話したのは名前と年齢のみ。
とはいえ、これ程幼くして一人でやって来たのだ。
何かどうしようもない事情があったのだろう。
それが、このギルドのメンバーの少年に対する認識だった。

その少年―――グレイが段々無茶な仕事ばかりをするようになったのも、つい最近の話だ。
何かを忘れたがるかのように、ただただ仕事に没頭しようとする様は、子供とはとても思えなかった。
しかも彼は、決して誰かを頼ろうとしない。
歳の近いカナが話しかけても、適当に追い払って終わっていた。

彼の瞳に、自分達は写っていない。
グレイを絶望させ、悲しませた何かだけが、こうして彼を縛っている。
その事に気付いたのは、やはり自分が、同じような人間を何人も見て来ているからだろう。
ギルダーツはそう思う。






その日は、雨が降っていた。
それもかなりの土砂降りで、仕事なんかに行くのはかなり危険な状態だ。
朝は降っていなかったからだろう、ギルドメンバーの殆どが、急に降り出した雨に戸惑い、雨が止むのを待っていた。

その中には当然、何処か陰のある表情で、外の風景を見詰めるグレイもいた。

憂い気な顔をしながらも、持ち前の脱ぎ癖は遺憾無く発揮しているようで、彼の足元にはくしゃくしゃになったTシャツが脱ぎ捨てられている。
そして、そんな心ここにあらずと言った状態のグレイに、カナが懸命に話しかけていた。
親世代の自分としては非常に微笑ましい光景だが、グレイの受け答えはやはりはっきりしない。
適当に返事を返すだけで、視線は外に固定されたままだ。
そんなグレイについに痺れを切らしたカナが、机をバンと叩いた。

「ねぇ、聞いてる!?」
「あ…?」

ようやく視線をカナに向けたグレイの瞳は、やはり何処か虚ろだ。

「―――…るっせーな……またお前か」
「なっ…」

カナの顔が赤くなっていくのが分かる。

恥ずかしさではない。
怒りだ。

やばいな。そう判断したギルダーツは、慌てて二人の仲裁に入った。

「おーい、喧嘩すんなって。お子様どうし、仲良くしろよー」
「お子様じゃ無いわよ!」

直ぐにこちらに意識を向けるカナ。だが、グレイは「面倒くさいのが来た」という顔でギルダーツを見てくる。

「お前もそんな顔すんなって。子供は子供らしく遊んでろ!ほらほら、親父命令だー」
「っ…」

少しふざけてみると、カナは何故か赤くなり、口篭る。その様子に「どうした?」と聞くと、「ううううっさい!」と真っ赤な顔で怒鳴られた。
内心首を傾げながら、ギルダーツはグレイの方を見た。
こちらには興味がなくなったようで、また窓の外を見ている。

雨は、少し落ち着いてきたようだった。

しかしこうして見ると、グレイはそれなりに整った顔立ちをしている。
あまり子供っぽさを感じないからだろう、何処か落ち着いた大人っぽさもある。
成長すれば、さぞかし立派な美青年になる筈だ。
同世代の子供達なら、こんなイケメンを放っておかないだろう。
それに靡かないカナも流石と言うべきか。
取り敢えず拾ったシャツを、グレイの方に寄越す。

「ほらよ、服は着とけ」
「あ…?あぁ……」

視線を再度こちらに移し、グレイはもぞもぞとシャツを着始める。
彼自身、脱ぎ癖には慣れているのだろう。

「―――それで?」

服を着終えたグレイは、こちらを胡乱気な目で睨んできた。その目に、子供のような若々しい光がないのを見て、ギルダーツはああやっぱりと心の中で溜息をつく。

「それでも何も、ギルドのガキに話し掛けんのに理由なんかいるかよ。同じギルドに居るんだ、家族も同然だろ?」
「……家族…ね」

ぽつりと呟いて、少年はかなり小降りになってきた雨を見遣る。

「ここに一人で来たんだ、お前にも何か訳があるんだろ?一人で抱え込む必要はねぇよ」

何処か諭すような口調で話す。どんな人間にも大して深入りしなかった自分が、こんな少年に説教とはな…と内心苦笑した。
だがしかし、グレイははっと馬鹿にしたような笑いを零した。

「抱え込む?……誰かに背負って貰いてぇなんか、思っちゃいねぇよ」

その言葉に、思わず眉を寄せた。

「同じ経験もしてない奴に、上辺だけの同情なんて、苦しいだけだ」

吐き捨てるように、グレイは呟く。
端でカナは、困ったように眉を寄せてその光景を見つめていた。

「所詮、他人の気持ちを分かるなんてこと、出来やしねぇんだよ」

この少年は、どれだけの傷を負ってきたのか。

どれだけの傷を負えば、こんな言葉が出てくるのだろう。

こんな目が、出来るのだろう。

気付いたら、ギルダーツはグレイを抱き締めていた。
グレイが驚いて身を強ばらせるのが、布切れごしに伝わってくる。
目の端で、カナがはっと息を呑むのが見えた。そのまま、他の輪へと加わっていく。
それを、ギルダーツは追わなかった。
今はただ、この少年の傷を、少しでも軽くしてやりたかった。
本当は、怖いのだ、この子は。
失うことが。

「そりゃ、他人に自分の気持ちなんか、分かりゃしねぇよ」

ゆっくりと、言い聞かせるように話す。

「所詮、他人は他人だからな」

雨は、既に上がっていた。

「……んなの、分かってんだよ…だから、オレは」
「でもよ、『他人の気持ちが分からない』と、『他人の気持ちを知りたいと思う』ってのは、ちょいと違うと思わねぇか?」

腕の中で、グレイの体が小刻みに震えていた。

「少なくともオレは、そう思うけどなァ」

あちこちに跳ねた髪を、そっと撫でてやる。大して手入れもしていないだろうに、意外にもその触り心地は優しいものだった。

「内に溜めてちゃ、減るモンも減らせねぇだろうよ」

グレイが、必死で涙を耐えているのが分かった。
きっとこの子は、飢えていたのだ、家族の愛情に。
急に途切れて、失われていったもの。

「吐けんなら、吐いちまえ。何もかも、全部」

震えが、一段と大きくなったのを感じた。



「……わりぃな、こんなの」
「お、落ち着いたか?」

胸板をそっと押して、両腕でぐいぐいと目元を拭う。
久し振りに、誰かの元で泣いた気がする。

「…迷惑、かけたな」

そう言うと、ギルダーツと言ったか、目の前の親父がガッハッハと豪快に笑った。

「迷惑ぅ?何言ってんだ、家族だろ」

その言葉に、じんわりと胸が暖かくなった。

「……そうだな」

ふと窓の外を仰ぎ見たギルダーツが、お!と声を上げる。

「おい見ろよ、グレイ!」

そう言われ、自分も外を見た。そして少しだけ、目を見開く。
あれ程までに土砂降りだった雨は、すっきりとした晴天に変わっていた。
子供のようにはしゃいで外へと飛び出たギルダーツを、知らず知らずの内に、自分の足が追っていた。

「珍しいな!虹だぞ、虹!」

ギルダーツの指差す方向には、七色の架け橋。

「ねぇグレイ、知ってる?」

いつの間にか隣にはカナが居て、思わずうぉっと叫んで離れると、彼女は何よ失礼ね、といった目でこちらを睨んできた。

「虹にはね、いろーんな言い伝えがあるのよ」
「言い伝えだぁ……?」

生憎オレは無神論者だぞ、と言い返そうとしたが、カナのキラキラとした目に思わず言葉が詰まる。

「そう!例えば、そうね…私が一番好きなのは…」

ぱっと顔を輝かせて、カナがこちらを見た。

「虹は、人と人とを繋いでくれる、希望の架け橋なの!」
「へぇ〜」

その会話に割り込んできたのは、ギルダーツだった。

「うわ…入ってくんな、オッサン」
「そうよそうよ」
「良いだろ、別にー」

ニコニコしながら言われてもと反応に困る。
しかしギルダーツは、そんな事は気にせずに、快活にカラカラと笑った。

「この空、随分お前の心を表してるみたいだな、グレイ」
「はぁ?」

カナと二人で声が重なった。


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