short | ナノ


グレイが、風邪を引いた。
かなり質の悪い風邪を引いた。
年中、真冬の雪山でさえ裸でいるような男が、風邪を引いた。

それはまあ、妖精の尻尾は相当な騒ぎだったという。
季節外れの大雪が降るぞとか、明日は嵐だなとか、誰か死んじまうんじゃねーかなんて物騒な事を考える奴もいた。

その日のグレイは、何処かぼんやりとした様子で、某火竜が挑発してきても全く乗って来なかったという。
それに違和感を覚えたミラジェーンとエルザが、余り周りの声が耳に入っていないらしいグレイの体温を強制的に測ったところ、結果。

39.2℃。

そんな訳で。

微妙に顔の赤いグレイを仮眠室に放り込み、家に持って帰るのも面倒だという事で(というか、ジュビアが看病すると煩かった)、ギルドを上げての看病大会が始まったのである。






@ナツ


「だっりぃ―――……」

ナツ・ドラグニルは今、人生で最大級の問題に直面していた。
本能のままに眠るのも許されないこの状況で、なんと喧嘩仲間の風邪の看病を任されてしまったのである。

最初に聞いたときは、あの裸野郎が風邪だぁ?と笑い飛ばしたのだが、周りの目を見ると、冗談では無かったようで。
しかもかなり、質の悪いものだという。
実際目の前にいる男は、赤い顔で苦しそうな息を吐いている。

何でオレなんだ、と散々抗議はした。
しかし、ギルドの女共はごめんねー、と手を顔の前にやるばかり。
とにかくエルザの視線が怖くて、相棒にも見放されて仮眠室に押し込まれる直前、異常に性能の良い我が耳が拾った言葉とは果たして。

『グレイがあんなになる位の風邪、移されたらたまんないわぁ』
『やはりこういうのは、体の丈夫そうな奴に頼むに限る』
『ジュビア行きたかったです……』
『だーめ。移ったら困るでしょ?ちょっとの辛抱よ』

等という、とてつもなく理不尽なものであった。

このまま戻っては、女が怖い。
本能がそう告げたナツは、ハッピーを恨みながら、渋々仮眠室に篭もり始めたのである。

に、しても。

「ひまだぁぁぁぁ―――……………」

これは、拷問だ。
する事が無い。
よし、グレイの観察でもしてよう。
そう思ったナツは、グレイの顔を見て、取り敢えず気付いた事を脳内で上げていった。

―――こいつ、意外と綺麗な顔してんだよなぁ……

…………………………は?

自分自身で考えた事に愕然とする。

いや待て、一体オレは何を考えているんだ。
そりゃまあ、普段より顔赤くて色っぽいとか、触ったらすべすべしてて気持ち良さそうだなとか、荒い息が守ってやりたくなるとか―――

―――はぁぁぁぁあ!?

待て。
これは、まずいぞ。

思わず、座っていた椅子からガタッと立ち上がる。
そのまま、仮眠室を飛び出す。


「おい、交代だ交代!誰か変われぇぇぇぇ―――!」





Aジュビア


「ああ、グレイ様……」

ジュビア、来ちゃいました!
ああ、熱に浮かされるグレイ様も素敵……!
ギルドの皆さんには散々止められましたけど、グレイ様の風邪が移るのなら本望です………!
恋する乙女とは、そういうものなのです!

でも、こんな普段は見れないグレイ様を見る事が出来るなんて、ああ眼福……!
ルーシィにも見せてやりたいです、この幸福感…
なんと保護欲をそそられるお姿……!
それでもこちらが守らせてくれない強さ、ギャップが堪りませんっ!
ああああ、妄想が膨らみます……
ジュビア、ルーシィ以上に恋愛小説は上手いと思います。絶対に。
今日だけと言わず、生涯ずっとこうやってグレイ様のお顔を拝見していたい……
でもグレイ様には元気になって欲しいのです………!
ど、どうしましょう、この矛盾した想い!
とにかく、何がなんでも、今日はずっと、グレイ様の側を離れはしません!

それで、それで、……………!

グレイ様……

ジュビアに、どうか一瞬の幸福を………………!




オレは、急に背筋がぞわりと逆立つのを感じた。
何だ、オレは確か今寝てて、ていうか今も眠くて、良く分かんねーけど、

生命の危機を感じる!!

思わずばっと手を前に出すと、何か柔らかい感触。
オレが掴んでいたのは、ジュビアの頬だった。

「なん、なっ……おま、何してるっ」
「あ、めははめあしはは、ふへいはま(あ、目が覚めましたか、グレイ様)」

ジュビアはにっこり。
開き直ったのか、急に飛び付いてきた。

「グレイ様ぁー!」
「やめろ、寝かせてくれ!」



「ジュビアに看病は向かないわねー」
「…………そうですねー」

仮眠室から聞こえてくる騒ぎ声に、溜息を漏らしたルーシィであった。





Bウェンディ&シャルル


「グレイさーん…大丈夫ですかー?」
「大丈夫でしょ、そんな大した事無いわよ」

心配そうに声を掛ける心優しい少女と、それとは対照的に遠慮の欠片も無い言葉を放り投げる白猫。

グレイが仮眠室に放り込まれて既に3日。
嫌々ながら女性陣に睨まれて看病する火竜と、無理矢理仮眠室に押し入ろうとする水女の苦労のお陰(?)か、グレイの容態も大分安定していた。
そんな時に漸く依頼から帰ってきた、妖精の尻尾唯一の治癒魔法の使い手、ウェンディ(とシャルル)。
今のグレイならば移りはしないだろうという事で、本日看病を任されたのはこの二人である。
勿論心優しいウェンディが断る筈も無く、時々治癒魔法を使いながら、グレイは今、久々の安眠に就いている所であった。

「にしても……」

ふとシャルルが声を上げた。

「年中裸の男が引く風邪って、どうゆう風邪なのかしらね」
「うーん……何か、でも…普通の風邪とは違うよ」

少し首を傾げるウェンディ。

「何か、魔力の流れが弱ってるみたい。魔導士特有の風邪……って、確か無かったっけ」
「あー、あったかもね」
「だから、正確には風邪じゃなくて、魔力の流れがその病気のせいで悪くなっちゃってる、って事だと思う」

でも、直ぐに私が直してみせるから。
そう言って、ウェンディは再び掌に魔力を集め始める。
恐らくその病気とやらは、一時的なものなのだろう。
現に、グレイの表情はかなり安らかだ。
その顔を見詰め、シャルルはふっと息を吐いた。

「黙ってれば、いい男なのにねぇ…」
「良いじゃない、グレイさんはグレイさんだもん」

こちらの呟きは、やはり天竜には聞こえていた様で。
そうね、と相槌を返し、シャルルは再び、頑張る少女と、その魔力を流し込まれる青年の整った顔を見詰めたのだった。





Cミラジェーン


グレイが熱を出して、4日目。

最近はウェンディの治癒魔法の甲斐もあってか、殆ど熱も無くなってきたらしい。
今は、赤みの引いた顔ですやすや眠っている。

それにしても、とミラジェーンは思う。
昔から一緒にいたから、弟みたいな子だなぁって思ってたけど。
最近は、すっかり男の顔になっちゃったけど。
寝顔だけは、いつもいつも幼くて。
可愛いのよねぇ。

頬をぷにりと抓って、ミラジェーンは微笑む。
ん……と少しグレイが顔を顰めたが、そこは無視。

この少年(ミラジェーンの中では何時までも少年なのだ)はめっきり、こうして容易に体を触らせてくれなくなってしまった。世話を焼かれるのを、嫌ってしまった。

何でもかんでも、一人で勝手に背負い込んで。
だから、こんな時くらい良いじゃないか。
甲斐甲斐しく、世話を焼いてやっても。

「ふふっ」

ぷにぷにと頬をつつきながら、ミラジェーンは笑みを零す。
何時までも、この可愛らしい寝顔を眺めていたい。
どうせ今しか出来ないんだから。
たっぷりたっぷり、世話を焼いてやろうじゃないか。

「まずは、何か食べ物を用意してあげないとねー」

風邪に良い食べ物は、なんだったかしら。
温かい飲み物でも持ってきてあげようと、ミラジェーンは部屋を出て行った。





Dルーシィ


「はい、あーん」
「だから、自分で食うって!」
「まだ力入んないんでしょー?零したらこっちが困るんだから、ほら!」
「…………ったく」

ついに観念したグレイが口を開けて、その中にミラさん特製シチューを流し込む。
諦めたように仏頂面でもぐもぐと咀嚼する彼を見て、ルーシィはくすりと微笑んだ。

「はい、次ー」
「………あと、どんくらいだ?」
「まだまだ!良いのよ、今はあたししかいないし、恥ずかしがらないでよね」
「いやそれでも抵抗が」
「何か言った?」

にっこりと笑うと、グレイの顔が少し引き攣った。
仕方なくまた口を開ける彼に、ルーシィは満足した気分で先程のやり取りを繰り返した。うん、偉い偉い。
何時もは妹扱いされてばっかりだけど、今日は自分がお姉ちゃんになったみたいで、何だか優越感を感じる。

グレイの体が動かないのは、事実。
ウェンディが言うには、どうやら魔力の流れが停滞しているらしい。
成程、それならば体が鈍るのは仕方がない。
ならば、今日は思いっ切り甘やかしてやろうではないか!
という訳で、このやり取りを繰り返しているのだが、グレイは一向に慣れる気配もなく。

「あーん」
「…………………ハイ」

かなり渋ってから口を開けるのである。
にしても、本当に可愛いなぁ…。
何時もが何処か大人っぽいイケメンなだけあって、ルーシィに従うしかない今の彼は非常に子供っぽくて、可愛らしい。

これはもう、ずっと見てても飽きないかも……。

そうして、何十回目かにグレイが渋々口を開けた時。
ルーシィの金の鍵の一本が、きらりと輝いた。
門が開かれる特有の感覚がして、ルーシィの後ろに立っていたのは。

「やあ、ルーシィ。随分楽しそうな事してるじゃない?」
「―――………ロキ!?」






Eロキ


「っもう、アンタは!まーた勝手に出てきてーっ」
「だって、こんな面白そうなイベント、見逃す訳にはいかないでしょ?」
「………面白くないし、見て欲しくもねぇ」

急に現れた獅子宮の星霊に、グレイがじとりとした目を向けると、ロキは「あぁ、ごめんごめん」と大して悪く思ってもいなそうな声で(形だけ)謝った。

「いやだって、こんな可愛いグレイ、今しか見れないし」
「誰が可愛いだ、誰が」
「えぇー、可愛かったわよ、口あーんって開けてさー」
「お前が言うか!それは仕方なくだな」
「体動かなくても、口は動くのよねー」
「ねぇルーシィ、僕にそのスプーン、ちょっと貸してくれないかな?」

「……………………………は?」


思わず目を見開くグレイを見て、ロキはにやりと口端を上げる。

「良いわよ、ハイ」
「いや何で」

ルーシィまでもが楽しそうな顔をしていた。これはやばい。

「はいグレイ、あーん」
「い、いいって」
「ほら、良いから」

どんどん迫って来る甘い顔が恐ろしい。
思わず反射的に口を開けると、ロキはしてやったりとばかりに笑って、シチューを口の中に―――

「グレイさーん!様子を見に、きま…し………」
「―――……うわぁ」

ドアをバタンと開いて、入ってきたのはウェンディにシャルル、そしてその他大勢のギルドメンバー達。
一瞬呆気に取られて、そして一瞬後には騒ぎ出す。

「ルーシィいいいい―――!ジュビアを差し置いて、グレイ様に何て事をッ」
「やってんの、あたしじゃなくてロキなんですけどっ」
「うっわ、グレイが何か可愛いぞ」
「今可愛いっつったの誰だぁー!」
「何でナツが怒ってんだよ」

ルーシィに制裁を下すジュビア。
騒ぎ出すナツ。
そこにツッコミを入れるメンバー達。
何時も通りの、騒がしいギルド。
グレイはふっと笑みを零す。
でもそこに、グレイは家族の影と、安らぎを感じるのだった。

「―――ありがとな」
「………?どういたしまして」


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